“全ての卓人は2種類に別けることが出来る。パンケーキを食す者と、そうでない者。”

(ムスタファ・ジャム・エルドアン AD:2012~)

 

パンケーキなどといったもの食べるということは、本来容易なことではある。

だが、稀に卓人の中にはそうでない者もいるのだ。

 

これを見て欲しい。



 

一体何に見えるだろうか。

 

何を隠そうこれは「パンケーキ」である。

驚きを隠せない読者の方もいるだろうが、これが真実である。

映画「マトリックス」でいう、「現実世界」である。

 

いつからか我々卓人は、全ての事柄において「卓球」という概念を通し、そして置き換え、自らの都合の良い世界を作り出し、そしてそこに生きている。

 

もう一度言う。

これは「パンケーキ」だ。

おそらくのところ、ラバー、補助剤、ファインジップに見えたのではないだろうか。

 

中にはそうした世界にいることに気づき、もどかしい思いをしていた者もいるのではないだろうか。

或いは、気づかないフリをしてぬるま湯に浸かっている感覚でいる者も。

 

人間とは哀れな生き物で、この目に映る世界というものの大半を理解せず認識すらしていない

そうでないと、辛く険しい人生に疲弊してしまうからだ。

これは脳の防衛本能でもあり、それに抗うことはできない。

我々卓人もそれは例外ではない。

 

だが安心して欲しい。君は一人じゃない。我々は仲間だ。

 

私はこれを食べてみた。

もちろん不安ではった。

 

あきらかに厚さは4mmを超えているし、補助剤もムラがひどい。

なによりファインジップは表面が乾いてダマになってしまうのではないかという焦燥感に襲われていた。

生クリームじゃあるまいし先に出しておくなんて考えられない。

こいつ素人か。

この感情は怒りにも似ていた。

 

落ち着けワイ、これはパンケーキというやつだ。

映えるやつで、こういうのをサラっと注文して綺麗に食べるのが今時のモテる男子なんだ。

お前なら出来る。

昔お母さんとふたりで一緒に作ったあの日を思い出せ。

汚れを知らない純粋無垢だった小3のあの日を。

 

母親は料理が得意で、家族が誰もいない時はよくふたりでドーナツやパンケーキを作ったのだ。

今思えばあの時のパンケーキは厚さ4mmどころか4cmはあり、ハチミツもドバドバ浸していた。

それが違反とも知らずに。

 

そんな事を想い出しながら、私はフォークとナイフでそれをカットし、口に含んだ。

ハサミじゃないのか、という感情は家を出る際に玄関に置いてきた。

 

美味しい・・・。

そしてこのファインジップも全くダマになっていない。

どちらかというとフリーチャックⅡに近い。

いや違う、フリーチャックⅡでもないんだ。

 

しっとりと口の中でほどけ、溶けていくこの物体は、まさしくパンケーキのそれであった。

 

これが世界か。

懐かしいにおいがした。

いつからか、遠い昔に忘れ去られていた感覚だった。

 

“私は生きている”

 

卓人である前に、ひとりの人間として。

 

そして尊敬の念を抱いた。

ラバー職人に抱いていたように、パンケーキ職人に。

 

 

またいつか、この世界を忘れてしまいそうになった時に食べようと思う。

 

ありがとう。いーい薬です。(棒読み)