これはきっと航空自衛隊の能力を低く見せる高等戦術に違いない | ほたるいかの書きつけ

これはきっと航空自衛隊の能力を低く見せる高等戦術に違いない

…なんて思ってしまうぐらい、トンデモな人物である、田母神俊雄ってのは。
 そう、アパグループが募集していた(今回の件があるまで知らんかったけど)、アパグループ第一回「真の近現代史観」懸賞論文 で「最優秀藤誠志賞」*1 を獲得した、前・航空幕僚長の田母神氏のことである。この「論文」―どう贔屓目に見てもカッコつきでしか論文とは呼べないだろう―なるもの、全文が上でリンク張ったページから読めるので、眺めると面白い。

 内容についてはいちいち触れない。バカバカしい。詳細な批判はおそらく専門に近い方がされると思うが、『東京新聞』11/1付のこの記事 で評価については十分だろうから、ここに引用しておく。
  
『小学校から勉強を』 「低レベル」論文内容 識者らあきれ顔

 「わが国は日中戦争に引きずり込まれた被害者」という田母神俊雄航空幕僚長の文章に、近現代史に詳しい学者らはあきれ顔。内容をことごとく批判し「レベルが低すぎる」とため息が漏れた。

 「小学校、中学校から勉強し直した方がいいのでは」と都留文科大の笠原十九司(とくし)教授(日中関係史)は話す。空幕長の文章は旧満州について「極めて穏健な植民地統治」とするが、笠原教授は「満州事変から日中戦争での抗日闘争を武力弾圧した事実を知らないのか」と批判。「侵略は一九七四年の国連総会決議で定義されていて、日本の当時の行為は完全に当てはまる。(昭和初期の)三三年にも、日本は署名していないが『侵略の定義に関する条約』が結ばれ、できつつあった国際的な認識から見ても侵略というほかない」と説明。「国際法の常識を知らない軍の上層部というのでは、戦前と同じ。ひどすぎる」と話す。

 「レベルが低すぎる」と断じるのは纐纈(こうけつ)厚・山口大人文学部教授(近現代政治史)。「根拠がなく一笑に付すしかない」と話し「アジアの人たちを『制服組トップがいまだにこういう認識か』と不安にさせる」と懸念する。

 「日本の戦争責任資料センター」事務局長の上杉聡さんは「こんなの論文じゃない」とうんざりした様子。「特徴的なのは、満州事変にまったく触れていないこと。満州事変は謀略で起こしたことを旧軍部自体が認めている。論文は『相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない』というが、満州事変一つで否定される」と指摘する。

◆文民統制揺るがす

 小林節・慶応大教授の話 田母神論文は、民族派の主張と同じであまりに稚拙だ。国家と軍事力に関する部分は、現職の空自トップが言っていい範囲を明らかに逸脱した政治的発言で、シビリアンコントロール(文民統制)の根幹を揺るがす。諸国に仕掛けられた戦争だったとしても、出て行って勝とうとしたのも事実で、負けた今となって「はめられた」と言っても仕方がない。現在の基準や戦争相手国の視点で見れば、日本がアジア諸国を侵略したのは間違いのない事実だ。世界史に関する“新説”を述べるのは自由だが、発表の場にも細心の注意を払い、学問的に語るべきだ。

◆一行一行、辞職に値

 水島朝穂・早大教授の話 航空自衛隊のイラク空輸活動を違憲とした名古屋高裁判決に「そんなの関係ねえ」という驚くべき司法軽視の発言をした空幕長とはいえ、閣僚なら一行一行が辞職に値するような論文で、アジア諸国との外交関係を危うくするのは間違いない。自衛隊法は自衛官に政治的な発言を過剰なまでに制限し、倫理規程は私企業との付き合いも細部にわたって規制している。内容のひどさは言うまでもないが、最高幹部が底の抜けたような政治的発言をして三百万円もの賞金をもらうのは資金援助に近い。

もう少し詳しく知りたいという方は、kojitakenさんがエントリを上げてらっしゃる ので、そちらが参考になるかもしれない。


 さて、何が問題なのかというと、これがもう色々問題なわけだが、一つは内規違反を空自トップが違反と承知しながら犯したことだろう。政府の公式見解とも異なる内容でもある。問題の質はだいぶ違うが、旧軍が上層部の命令を無視して中国侵略に突き進んでいき、「功績」を挙げることで不問に付させるという構図を思い浮かべてしまった。規律が最も重視されるべき組織において、トップがこれでは国民としても困るのである。

 次に空自トップの知的レベルの話である。この「論文」なるものはは一目見ればわかるように、体裁から何からまったくなってない。引用の仕方(文献の表示の仕方とか、そういう初歩的な話ですよ)からしてなってない。このエントリのタイトルに書いたようなことを思ってしまうほど、内容以前になってないのだ。なんというか、見ていてこちらが恥ずかしくなるレベルだ。このヒトの前職は統合幕僚学校という将官育成学校の校長であったという。そんな立場にいた人が、こんな程度の低い論文を書いているとは、普通に考えたら「自衛隊の知的レベルはこの程度なんだろうな」となるだろう。そうでないとは思うけれども。一体どんな教育をしているんだ、とは思う。

 そして、内容の問題である。事実誤認と陰謀史観のオンパレード。これでちゃんと作戦たてられんのか?と実に不安になる。そして侵略の美化だ。旧軍が起こした陰謀も陰謀と認めず、むしろ相手による陰謀だったのだと開き直る。旧軍との連続性を強調する連隊 (これは陸自だが)までいるわけで、そりゃあ周辺各国は警戒するだろう。
 また、これは過去だけの問題ではない。実際に戦地に行っているのだ、空自は。違憲判決を出されながら も。「そんなの関係ねえ」と言いつつ、ね。
 こいいう人が学校長をしていたくらいだから現状では期待できないとはいえ、やはり戦争責任を引き受けるつもりがあるならば、ちゃんと歴史の定説に沿った近現代史の教育を、少なくとも幹部にはすべきではないのか。

 「国益」という言葉は好きではないけれども、敢えて使うとするならば、これはやはり「国益に反する」行為だろう。どうもこういう人物であることは知ってて幕僚長に任命したようなので、そのあたりの任命責任も問題にするべきではないか、とも思う。


 さて、最後になぜこんな論文が最優秀に選ばれたのか、ちょっと邪推してみたい。
 審査員長はかの渡部昇一センセイだという。渡部昇一といえば、その発言もムチャクチャだし、船井幸雄と共著の本を書いたりするぐらい、トンデモに近い人物でもある。その程度の人物だから、この程度の論文でも、自説に近いということで純粋に支持したという可能性は十分にあるだろう。
 ただ、それだけなのだろうか。こんな論文を公表したら、クビになるのは容易に予想できただろう。裏でなにか話があったのではないだろうか。現役の空自幕僚長が論文を出した、ってのは、彼らにとってはウリになる。クビになっても、おそらく彼らにとっては武勇伝として、逆に「良い話」となるのだろう。そして、そういう経歴の人にこの手のトンデモ歴史観を語らせる。田母神氏にとっても、アパグループにとっても、おいしいことがきっとあるのだろう、と思ってしまう。

 いやもちろん証拠もなにもないのだけれども、いくらなんでもその程度のことを考えずに突っ走るほどのアホが空自のトップだったとは思いたくないので、ね。


*1 「藤誠志」というのは、アパグループ代表・元谷外志雄氏のペンネームである。「正論」でそのことを自ら語っている 。氏のエッセイは、アパグループのウェブサイト内 や、「小松基地金沢友の会 」のウェブサイト内で読める。