カープ再生論(2) | アツキココロ

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広島県在住の経営コンサルタント・児玉学の熱血ブログ。

「マネー・ボール」の主役は、オークランド・アスレチックスのGMビリー・ビーンと言う人。

元メジャーリーガーですが選手としては大成せず、27歳にして華やかな競技人人生に幕を引き、最後に所属していたアスレチックスで事務職に転向。当時、チーム5人目の外野手という位置づけであったため、フロントはその「常識では考えがたい申し出」に対し理解に苦しみながらも採用しました。


最初の役割はアドバンススカウトでしたが、熱心な仕事ぶりが注目を浴びやがてフロント入り。このときのGMは、ハーバード出身の弁護士で野球のことなどこれっぽっちも知らないサンディ・アンダーソン。しかし知識欲が旺盛で、野球の仕組みを理解しようと独自の努力を続けていました。このアンダーソンの下、ビリーはデータに基づく新しい価値観を吸収していきます。その理論の中心は、野球に客観的な視点を持ち込むべきだ、ということ。選手時代に教え込まれた既成概念をひとつづつ捨て対応していった彼は、1997年アンダーソンに代わってアスレチックスのGMに就任。


そこから彼の独自性は見事なまでに花を咲かせます。


細かな内容は省きますが、その最も重要なポイントは「資金力=戦力」という図式を覆したこと。資金力に劣るアスレチックス(年俸総額は全メジャーチーム中下から2番目)が、なぜか年々金銭面では分が悪くなっていくのに、勝ち星は逆に増えていく。アスレチックスの様々なマーケティング調査によれば、ファンが一番重視するのはやはり勝ち星。これが「無名選手を集めて勝利する」→「ファンが増えていく」→「やがて無名選手が有名選手になる」→「陽の当たらない選手たちを緻密な軍団に育ててスターが誕生していく様子を眺めることができたファンは単に勝利する以上の満足感を持つ」→「貧しい球団を経営する者にとっても至福の喜びとなる」→「更なる独自性に磨きをかける」という好循環を生み出したのです。


・・・。まさにかつての広島カープじゃありませんか?

オークランドアスレチックスに出来て、広島カープに出来ないわけは無い。


1975年に初優勝してから最後に優勝した1991年までの赤ヘル黄金期。そして15年も優勝から遠のき、下位を定位置にする元の弱小球団に戻った現在。この差を生んだ原因は多くの人から「ドラフトの形骸化とFA制度」だと思われていますが、はたしてそうでしょうか?メジャーリーグにも金満球団に有利なFA制度はあります。ドラフト制度は日本と違い、貧しい球団や弱小球団に有利な制度になっている違いはありますが。


このドラフト制度の改革は、日本プロ野球の生死に影響を与えることだと考えますが、まずはそれは置いておきましょう。

その前に、自らが出来ることを考える。これが経営の基本です。環境が悪い、制度が悪い、と嘆いていても仕方が無い。弱小ながら出来ることを考える。大手やカネを持つライバル相手に、いかに差別化を図るか?まさに広島カープ再生論は、中小企業再生論と同じなんです。


(つづく)