両目の視力が0.1を切ってて、うっかり裸眼で外出すると本当に物が見えない。
昼夜逆転でパソ叩いてスマホいじって本読んでるからなのか。でもやめられない。

以下「君の名は。」のほぼ殴り書きの感想です。ネタバレ等配慮なしのちょっとした長文なので、まだ観てない方は注意してください。





音楽が評判いいけどオープニングが一番好み。映像も綺麗。

印象深いのは父親の発言でした。以下うろ覚えの引用です。
「妄言は宮水の血か」
あなたが宮水を憎んでいることなんて誰の目にも明らかなんだからそれを言ってはいけなかった。
「僕が愛したのは二葉です。宮水神社じゃない」
子供でもなかったのかもしれない。二葉がいなくなった宮水は憎いだけの脱けがらで、宮水の血を引く子供のことも憎かったのかもしれない。
親権争いに負けて出て行ったんだろうけど、仮に三葉と四葉を連れて出たとしても、あの「宮水の血か」的な接し方は大して変わらなかったんじゃないかな。

親権争いに負けたんだろうって想像には根拠がないのだけど、なんでそんな想像をしたんだっけ、て考えてみたら、御神体の壁画から瀧くんが三葉の人生を見るシーンで、市原悦子の演技が怖かったからだった。

あの囲い込むようなプレッシャーをかけるような声って、「父親に見捨てられた子供をあわれんで現実を見せまいとする保護者の声」では決してない。「辛くも親権を勝ち取ったが子供がいつ父親のもとに戻りたがるようになるか恐怖している」「よそ者の男の血を引いた子供を憎んでいる」声だ。怖いわ。

あと真意はともかく、馬鹿にしやがって、ってネクタイ引っ張ったのはよかったね。
父親がお前三葉じゃないなって突然立場を翻すようなことを言ったのが気になる。妄言じゃなかったんかい。
婿養子の神主から町長になったんだっけ。
もし二葉との入れ替わりが起きていたと考えるなら、あの発言は入れ替わり体験のフラッシュバックが起きて混乱したのもあったんだろう、ということで一応筋は通るんだけど、設定知らないし、この辺は謎。

瀧くんにとって三葉はどういう存在なんだろうか。三葉より糸守の風景や彗星に惹かれてるように見える。登場人物の中でいちばん恵まれた生神様的な才能をフル活用しているし、父親が愛したのが二葉なら、瀧くんが愛したのは糸守または彗星なのかもしれんなーとか。

面白かったかどうか、一言でいうと面白かったです。登場人物の発言やささいな仕草から想像の先走りをさそわれる感じ。

エンドロールで気づいたけど瀧くんって下の名前なんだ。どっかで名字出てたのか。出てたんだろうな。



映画を観に行ったり、シリーズ物の小説に最新刊手前まで追いついたり、気に入ったドラマのBOXを手に入れて喜んだり、連続起床時間の自己ベストを更新したりしていました。40時間を超えたころから「もう二度と寝なくても大丈夫なのでは?」みたいな気分になる。頭いたい。

ハヤカワ文庫の『熊と踊れ』(アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ/ヘレンハルメ美穂&羽根由・訳)を買う。スウェーデンで実際に起きた3兄弟の連続銀行強盗事件をもとにしたという小説。
熊っていうと『慟哭の谷』と「レヴェナント」を思い出すな。
私もレビューを見て手にとったんですが、『慟哭の谷』はおすすめします。ヒグマの食害事件を書いたノンフィクションとして非常に興味深かったです。襲撃時の描写が本当に恐ろしい。

スウェーデン語の教科書が手元にあったらよかったんだけど以下ウィキを見ただけで書いてみる。
原題は『BJORNDANSEN』(つづりはちょっと間違い。スマホだとOの付加記号が出ない)。DANSENは名詞なので直訳は「熊のダンス」。

タイトルの由来については本編中で言及があって、「敵の中で一番強い奴の負かし方」みたいなことらしいです。正面から急所にいれたら誰でも怯むし、一番強い奴を負かしたら、その他全員に勝ったことになる、という。
強敵の象徴になるくらいなので熊の中でもヒグマかな。
(→追記。bjornには英語でいうcub「幼獣」の意味もあるので、そちらを取るなら「熊」は強敵ではなく主人公3兄弟を「凶暴だけど幼い子供」と表しているとも取れます。「強敵に向かうこと」と「熊の子のつたない足取り」って全然ニュアンスが違う。例のシーンからすると前者っぽいけど。どうなんだろう。気になって寝るに寝れん)

ビョルン・アンドレセンの名前と同じっぽい。
まだ頭のほうだけどなかなか面白そう。このまま積読より優先して読み進める。


「なあ。このほうが、ずっとましだろ? 仲間に加わって、ちゃんと……わかったほうが。家でソファーに座って、なにもわからずにいるより、ずっと」
pp.30-31

3兄弟は上から24歳、21歳、17歳。三男がまだへろへろに頼りないから役割分担が既にして偏りつつあるなあ。そこをどう回していくのかな。
次男のキャラはまだ分からないので、それも楽しみに。

スウェーデンの地名の響きがいいな。ボートシュルカ、イェートリュッゲン、リリエホルム。外国の地名をこつこつ覚えるのも楽しい。



「君の名は。」の感想を書いたらちょっとした長文になりました。少し寝かせます。

登場人物の言動の一貫性ばかりが気になって、とりあえず説明がついたから満足はしたんだけど、結局作品の一番おいしいところは見落としてるような気がする…。



「この世界の片隅に」が気になるんですが、まだ見に行けてません。去年は見のがした映画が多かった。それだけ面白そうな作品がたくさんありました。


「大学4年間でなるべく広い分野の学問を覗いてみたい」という目標は、「大学の図書館の分類(8が言語とか9が文学とかいうアレ)の、第2階層を網羅する」という小目標を立てることで代わりとしました。
「8言語」や「9文学」よりもうひとつ細かい分類を基準にして「すべての分野」で本を読むか講義をとるか、どちらかをこなす、という計画。
これはだいたい達成したはず。でも軍事とかあやしいから卒業までに何か読んどこう。(クラウゼヴィッツあたり)


ほとんど白に近いピンクベージュのマニキュアを塗ったら好評だったので、似た色で他にもさがそうと思います。
あと深緑。パール入ってるのがいい。暗い藻みたいな色がないかな。

自分の趣味って読書や音楽や映画や舞台でジャンルがかたよってて、どれかに飽きがきたら連鎖しそうなのが微妙に不穏な気がしてたんだけど、そういえば爪をいじるのも好きだし、ポーカーも好きだ。オンラインポーカーもやってみたいけど、パソコンが壊れたのでしばらくお預け。

家族でやるときのルールを途中まで書いたけどあきらめました。一言でいうと「一応ホールデムに則ったポーカーを麻雀っぽくやろうとしたら役のインフレを引き起こしたから思いつくかぎりの制限をつけたよ」って感じの煩雑きわまるローカルルールです。

ローカルルールを作る→煩雑さを増すほうへ向かう→あまりにも面倒になるとある日だれかが飽きて無効宣言が出る→また一から作る→以下ループ
いまのルールも、これ何個めなんだろう。
最初に決めておくんじゃなくて、何回かプレイするうちに慣習的に作り上がっていくから、説明しにくい。
でも楽しいです。体調が最悪に近いときで、程よく2時間ぐらいで切り上げられる。正式なルールで腕を上げたいなあ。


・・・・

こないだ鏡をみて気づいたこと。
顔が兄に似てきた。
この顔どっかで見たなって思ったんだよ。自分の顔だけど。

私たちは、ほかの家族よりも目が薄い茶色で、
頬骨が高くて、顎が小さい。
よく似ている。

髪切ろうか迷ってるんだよなー。前回縮毛かけてそんなに経ってないし、パーマはとりあえずいいや。シャンプーとドライヤーの時間が長くて面倒になってきたから多少切りたいけど、長さは…またあとで考える。そろそろ寝たい。




父のことをどう思っていたか、1つのいっそどうでもいいようなエピソードで説明できる気がする。

赤いコートを着ていたから、小学校低学年の冬のこと。

遠出の帰り(父の実家からのUターン中だったかもしれない)、車の後部座席、私の右隣に父が座った。
私は疲れてうとうとして、首がすわりきらずに舟をこいでいた。
ときどき父の肩に頭をあずけようとする。

人にもたれて眠るのは好きじゃなかったので、肩にふれたと思うとはっと目が覚める。
それでもまた舟をこぎ始めて、だんだん肩にふれてから跳ね起きるまでの時間が、長くなっていく。
そんなことを5、6回もくりかえしたころ、父が、「別に気にしなくていい」「もたれて寝ればいい」みたいな意味のことを言った。
私は言質をとったつもりになって、「言ったな?」と思いながら、とうとう眠った。

目が覚めてみると家に着いていて、本当に私は父の肩を借りて寝ていたし、父のほうも肩をかして全然平気でいたのだった。
狐につままれたような夢を見ていたような、「何だコイツ?」「どーいうつもりだ?」とでもいいたい気持ちが半分。相手が兄で両親の目がなかったなら拳がとんできていたはずなので、「本当に肩をかして全然気にしないなんて、すごくいい人だ」という気持ちが半分。
どっちかというとああいう意味のわからんことは二度と御免だ、と、そんなふうに思った。親切をしてくれたのに、悪いけど。
それから私はそう思った通り、どこか遠出の帰りに車中で電池切れになって眠り込んでも、全く姿勢をくずさなくなった。


父がいい人に見えたのは確かだけど、「あの中では」「比較的」と注をつけなきゃいけないのも確か。
母や教師がどう思っていたかは知らないけど、だから私は自分のことをとても騙しやすい子供だと思うし、そのぶん気をつけている。
むこうに騙す気がまるでない場合でも、相互作用ってことがあるし。