十一月の記事の後書き的に。
タイトルにしたのはむかし母が言った台詞で、このあと「なんか勝手に大人になってた気がする」と続いた。
母は「子供の頃どんなに毎日死にたいと思っていたか」「その子供時代よりもどんなに辛い気持ちで働きながらお前たちを食わせてやっていることか」を小学生(どうかすると低学年)だった私に鬱々と語り聞かせてはリフレッシュ、というような心理的ケア以外に、
高校に上がって以降は、その辺で拾ってきた小遣い稼ぎの話がマルチ商法かどうか?という常識的なことの判断も、私に委ねていて、
心理面でも判断面でも逆転した親子関係でやって来たので、お互いそんなふうに感じてて自然なんじゃないかと思う。
そんなわけだったから、カウンセラー役の私は「お前がいないと家が回らない」「あたしの味方はお前だけ」と依存されたし、大人になり代わって詐欺商法に無駄金を遣うなと注意していた私は「何でもそう疑って心が汚い」「お前みたいな人間になったらオシマイ」と罵倒された。どちらも母のような人にはよくある反応だ。
そんなふうに親の役に立ってみても喜べなかったのは、
多分、何かそういうことをすると、
「子供なんて役に立って当然。
宿と飯を与えてやってる恩に比べたら、
それくらいのことが何なの?」
って感じの反応が返ってきたせい。
役に立ったかどうかの判定も気まぐれなら、役に立ったことを褒めるかどうかも気まぐれ、あるいは「一応褒めてやるが大したことじゃないってことを忘れるなよ」という感じの、およそヒトのしつけとは思えない育て方。
こういう親に付き合って無力感を重ねていくより、外の世界を見て生きたほうがいいだろうなあ。
個人的に思うに、解毒のやり方には大まかに二通りあって、
1、親への恨みや親と似てしまったところを棚卸しする。それら認知の歪みなどと呼ばれるもののうち、どれを正してどれをそのまま抱えるかは自由選択。
2、外の世界でまともな価値観や楽しいものを学んで相殺する
このうちどちらかが欠けるとあまりよろしくないのではないか。
母はこのうち2のやり方で若い頃頑張ったらしいのですが、1については全くおろそかにしたため、「幸せでいることより幸せなふりをすることのほうが大事」という態度が抜けず、毒を増やして子供に肩代わりさせてしまった感じ。
そんな母に反発する私としては、1に力が入って2がおろそかになってるなーと、そこまで分かってりゃ世話ねぇな。
あと、私は自分が何歳なのかよく分からず混乱しているところがあって、それも多分向こうの両極端な態度、
親の親代わりを務めるときには「親より賢い子」扱いだったり、逆に向こうの自尊心が揺らいでて何かをけなさないと自分を保てないらしいときには「ほとんど幼児と変わらない、何もできない奴」扱いだったりと、不安定な接し方が原因にあると思う。
親にとっては、そういう自分の心の不安定さに気づくよりも、私のことを賢いんだかバカなんだか分からない変なやつ扱いするほうが楽だったんだろうな。
私はずっと「良識を持った親と人間らしい会話がしたい」と願っていたけど、それができる日は多分永遠に来ないので(来るとしても失うものが多すぎるので)、これ以上向こうにかまって再起不能になるより、自分が幸せになることを考えたほうが良さそうだ。
親との関係にどうけりをつけるかについて、だいたいの意思は固まった。最近気づいたことが象徴的なので書いてみる。
小中のときは(多分ろくにペンを持たなかったために)気にならなかったことだが、高校から受験期以降、右手がやけに痛むことがあった。模試のときは特に、休憩を挟むとはいえ、ペンを持つのが苦痛で汗をかいていたほど。
骨にくるような、嫌な痛みなので、当時母に言ってみたら、「お前が小さいときに怪我をした痕だろう」と言った。
向こうの話をまとめると、どうやら母の不注意で右手の一部をドアに挟んで骨が逝った後、放置されたらしい。ので、受傷後二十年経ってもいまだに痛むという。そういうことをけろりと言ってのけた母も母だが、当時どうとも思わなかった自分も自分だなぁと。
大学四年間も、授業がふたコマも続いたら辛くなってたのに(つまりほぼ毎日)、スルーしてしまった。
色々こじらせたけど、結局私たちは子供を愛せない親と親を愛せない子供で、それだけのことなんだろうな。
好きになれないものを、嘘をついてまで好きなふりをする必要はない。そういうマイナスの努力に注いでいたエネルギーを前向きなことのために使うのがいい。
思うんだけど、周囲の誰一人として私の痛さ辛さに関心を持たなかったとしても、むしろだからこそ、自分では分かっているべきだったんじゃないかな。
私の好きな大人はみんな、ちゃんと分かってた。悲しいとか腹立たしいとか申し訳ないとか、ごまかしたりしなかった。だから自分にとって何が大事なのかも分かっていた。
私にはそうする権利と義務があったんだよ。
その権利を踏みにじられたことと、自分で義務を放棄したことを、容易く許したりはしない。