きょうだいがいれば孤独じゃないのにと思うことは、親さえいれば幸せなのにと思うことと同じだ。真ん中に生まれた子というのは能天気な性格でいることを期待されやすいので、帰省すると私はそのように振る舞っていた。
夫婦関係はとっくの昔に破綻しているので、母は何か困ったことがあると、父ではなく私に相談する。長子の兄でもなく、一緒に暮らす弟でもない。あの人は、男には家庭のゴタゴタを見せないのが善だと信じているのだ。そのことなら、△△さんより××さんに言ったほうがいいんじゃない。そのことなら、早めに話しあったほうがいいんじゃない、○○さんを連れていくのを忘れないようにね。間延びした声で、いかにも子供の思いつきですというような軽い口調を忘れない。これは子供の思いつきです、言うまでもないことだけど、もちろん決定権は親のあなたにあるんですよ。
帰宅した弟が夕食を作る母の手元をのぞきこみ、まずそう、だか、食いたくねえ、だかそんな意味の言葉を吐いた。やれやれ。自室にこもった弟は置いておいて二人で食卓につく。この家で自分の部屋を持てるのは男だけだ。私は家を出るまで母が部屋を持ったのを見たことがなかったし、自分でも中学三年生の一年間以外持ったことはない。
弟の言葉で母が気分を害したのを見ていたので、ことさらに料理をほめながら完食した。薬の副作用で食欲が落ちているので実は苦しい。腹が痛くて横になると、すぐ横になるね、若いのに、と言葉がとんできたが無視した。もう一ヶ月が過ぎたのに効果が出ないうえに副作用が少しきつい。こりゃ次の診察で変更になるな。立ちあがるのが辛い程度の、車酔いとか二日酔いみたいな感じだ。母や兄がすぐに騒ぐので決して顔にださない。「製薬会社の陰謀が」だの「医者は金もうけしか考えてない」だの「いいサプリがあるらしいんだけど」だの、妄言を深夜まで聞かされるのは御免だし、いつまでも怠けるなと殴られるのだって御免だ。
翌朝父が帰宅した。一日一食、仕事から帰ると、ぼそぼそと酒を飲んで、つまみを食う。母が作ったものには手をつけない。弟と同じ、頬のこけた栄養不足ふうの顔をして、母の料理にはめったに手をつけない。意味が分からない。「人がせっかく作ったのに」と愚痴を聞かされるのは私なのに。
夕方出勤する父と入れ違いに母が帰宅して、網戸の修繕をしようと言いだした。父の部屋の網戸だ。ベランダに出て見ると、ほころびのない箇所のほうが少ない。これ、どうにかしてよ、と母が言う。何の冗談かと思う。この家の女が自室を持つことはかなわない。けど網戸の修繕は女の仕事。その方法を考えるのはたまにしか帰らない私。何の冗談だよ。
世帯主である父は母に実務をあずけ、その母は私の言うことなら何でも当たるとまで言っている。あなたが夫として果たすはずだった義務は、私が負っている。あなたたち二人が果たすはずだった親という役割は、私が担っている。この報いはいつか必ず受けてもらおう。私は親に育てられた覚えなんかない。間違いを犯したときにそれを教えてくれる人なんか、生まれてこのかたいない。