こんにちは。
おびなた敦子です。
いつも読んでいただいて、ありがとうございます。
それにしても、毎日暑いですね。
私は、今まで、エコノミークラス症候群で死にかけても
卵巣がんになっても、
なんとなく、まだ、私は大丈夫、死なないって思っていました。
それが、ガラガラとくずれ、私、死ぬんだと思ったのが
再発と余命を告げられた時。
2021/8//23 婦人科受診、血液検査で、腫瘍マーカーがあがっていた
2021/9/3 造影剤CT検査
2021/9/6 診察でCTの結果から、再発がわかった
うっかり、9/6の診察で、あとどれくらいでしょうか?
って主治医に聞いてしまいました。
あとから、私がきかなかったら、告知されたんだろうか?
と、あとからもやもやしましたが、
聞いてしまったらしょうがない。
卵巣の摘出手術を受けた頃から、明細胞腺がんのステージ4の平均寿命は知っていました。
そうか、そうなんだ。
どう受け止めたらいいのかわからない。
どうしたらいいかわからない。
初めて、死というものが、自分ごととして襲ってきました。
家に帰ってからは、自分一人でいるときは、多分、ずっと泣いていたと思います。
家族にどこかで伝えたらよいのだろうけど、
自分の中である程度受け止めない限り、伝えても、相手も自分も困っちゃうだろうなと、
思うと、まだまだ直接伝えるのは無理。
ブログを書くとしても、家族は私のブログの読者だから、ブログでなく、直接つたえたいし。
結局、一人っきりで、ずーっと泣いているほかできませんでした。
だから、ずーっと、再発のブログを書くことができませんでした。
そんな時期
マリアトリニティでは、9/8は毎年八ヶ岳で、マリア様のお誕生日をお祝いするので、
私もセレモニーに参加しました。
参加者の方達が楽しそうにお祝いしているのに対し、私の頭は自分のことばかり。
あと、どれだけ八ヶ岳に行けるんだろうか?
あと、どれくらい、みんなでアヴェマリアトリニティを歌えるんだろうか?
お祝いというより、歌いながら、一人で泣いていました。
みんなは、まだまだきっと
生きるのに、私は、あと少ししか生きられないのか、と。
それでも、本当にあと何回来れるかわからないところに、これた、あと何回来れるかわからないから、これただけ、
貴重というか、来れてよかったなと思いました。
八ヶ岳から帰って、
きっと今は死と本気で向き合う時。
現状では、泣くことしかできないから、きっと泣く時。
感情そのままに、自分が感じて、それを出して、ある意味自分が今までできてなかったことをする機会なんだとも
思いました。
結局、2週間くらい泣いていたのかな?
つづく