My Journal -126ページ目

電気通信術試験廃止

http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban09_01000016.html


知らなかった……


まだ施行されてないけど、今年度中、たぶん10月に施行されるだろうとのウワサ。


でもね。1アマ・2アマ受けるわけじゃないから関係無いっていうねww

日本の思想を考察する。

この本では、日本の思想は時代ごとに分かれており、それらが互いにどのように干渉しているかは
大抵の場合分かりえないと書いているが、僕はこれに対し反論を述べたいと思う。

日本という国は、江戸時代以前の日本、江戸時代における日本、江戸時代以降敗戦までの日本、
戦後日本の4つに分けることが出来るであろう。それぞれ、非常に強烈な個性を持っており、
全然共通点が無いように思われるが、そんな訳は無い。日本は島国であり、
大陸にあるような他国から他の民族が大量に流入してきたという歴史は無い。
であるから、この日本と言う場所に住んでいるのは太古から同じ『日本人』なのであり、
何らかの共通点はあるはずなのだ。

その最たる物が『天皇』という考え方であろう。鎌倉時代だろうが江戸時代だろうが昭和時代だろうが、
ずっと存在してきた共通の存在である。

『天皇』は別に思想とは関係無いだろうと言うかもしれない。どうだろうか?
僕は『天皇』というのは思想の一種と考えて良いと思う。
『天皇』は大昔から神様的存在として見られてきた。
天皇の人間宣言が行われた現在であっても、我々一般市民にとって『天皇』は人間というより
自分ら一般人とは何かが違うんだけれども何が違うのか良くわからない、
けれどもとにかく偉いらしい存在という感じのものであろう。
あくまで未だ『天皇』という存在なのであり、天皇という役職の人であると考える人は少ないであろう。

つまり、天皇というのは思想、我々日本人が作り出した空想の一つなのである。

そういった『天皇』という考え方のように日本人は自分たち人間が作ったものを
自然が生み出した約束事のように考える傾向がある。

今回の東日本大震災を例にとってもそうである
人間が決めた一般が浴びても大丈夫な放射線量というのを超えていないかどうかばかり気にしていたが
あの基準値年間1ミリシーベルトはお偉い様が決めたものであって自然が決めた物では無い。
別にその基準値の100倍である100ミリシーベルトを浴びても健康被害は無いし、
もっと言えば5ミリシーベルト以下なら一気に浴びようが徐々に浴びようが関係無く
どんな浴び方をしても問題無いことが実験等から分かっている。
現に現場で働いている作業員の方々は250ミリシーベルト程度の放射能を浴びている。

このように、日本の思想というか、日本人の考え方として人間が考えたことを
変えることのできない自然の摂理であるかのように考える悪い所がある。

大分、話の本筋から逸れてしまった。話を戻そう。古い日本の思想と新しい日本の思想とで
共通点はあるとはいえ、古い物から新しい物へきれいに変化しているとは言い難く
雑居性が存在することは否めない。

こういう状態なのであろう。

昔から日本人の根底に横たわるものがあり、その上にある思想が混沌としているという状態。
日本人はある事象が提起されると、それについて全力で取り組むのだが、
そこにまた新しい事象が現れると、気が付いた時には前の事象を誰も気にしておらず
次の事象に取り組んでいるのである。

マスコミがいい例だろう。
ある事件を取り上げる。その事件の解決まで報道されることは無く、別の事件を取り上げる。
その事件の解決まで報道されることは無く、別の事件をまた報道している。
事件を報道するというのは、大勢の目に触れるということであるから先ほどの『事象が提起される』というの

同義であると言えるだろう。

つまり言い換えると、事象が提起されてある程度するとまた別の事象が提起されという
無限ループの状態なのである。このような状態であるから、もちろん思想は混沌とした状態になる。
思想が混沌としていると言うと聞こえが悪いが、別に一意に悪い事でもない。
さまざまな事象が提起され議論され、捨てられるわけではなく、それがボキャブラリーとして
保存されるのであるから。

日本の思想は土の上の水たまりのようである。
雨のように大量の物事や考え方といったものが入ってくる。
その中には流されていってしまう物もあるが、ほんの一部は長い年月をかけて
作り上げられた土に吸収されていく。
そうして日本の思想の土台は築き上げられている。
日本の思想の西洋的な部分を、伝統的では無いとして日本の思想と見なさない考え方もあるようだが
それは違うと僕は考える。
長年かけて作り上げられた土台に入ってきたものなのだから
日本の思想に不可欠なもの有益なものであるのだろう。

以上をまとめると、日本人が多少の変化はあるものの昔も今も持っている思想の土台なるものがあり
その土台の上に時代の流れとともに大きく変化する思想というのがある。
『日本の思想』はそういう形だと僕は考える。


段落数:15

文字数:1896字(原稿用紙換算5枚)

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スカスカな頭で、結構、熟慮したつもりでつ。


『(『天皇』について)偉いらしい存在という感じのもの』とかね。


あえて漢字を使わなかった。"物"でも"者"でも無いからね。


あとは、例を大量に使用した。


「たとえばさ。」で始まる発言は説得力が出るからね。


他にも色々あるけど、そんなことは誰も気にしないし、これを読む国語科教員も気にしないww


けど、まぁ、「くちゃくちゃポイッ」は嫌なので『天皇というのは空想の一つなのである。』なんて書いて


「はぁ!?」って思わせて読んでもらおうとする工夫は入れてますけども。


まぁ、こんな文章なんて自己満足で書いてますから(笑)


あ、でもこの文章、めっさ読んでもらいたい人がいるんですよ。


来いよ!!ぽぽたん!!


ええ。彼の考えと多分、対局にあるものだと思うんですよね。僕の考えって。


ちょっとコメしていただきたい。よろしく。


ちなみに、この記事は以下の本の第1章を読んで意見を書くという学校の課題です。

日本の思想 (岩波新書)/丸山 真男
¥735
Amazon.co.jp

それから、こういう文章を書くとき以下の本を重宝します。

日本語使いさばき辞典―時に応じ場合に即し/現代言語研究会

¥2,940
Amazon.co.jp

僕、言葉のボキャが少ないんで自分の思いを何の言葉にすればいいのか困ることがあるんですが

この本があると「そうか!この言葉を使えばいいのか!」と分かるので非常に助かります。

以上、本の紹介でした。



IE9製品版は4月26日から提供開始

日本マイクロソフトは6日、東北地方太平洋沖地震による震災の影響で、

通信インフラへの負荷を考慮しリリースを延期していた最新版のWebブラウザ

「Internet Explorer 9」製品版を4月26日の午前0時から提供開始すると発表した。


もともと予定されていた提供開始日時は3月15日の午後1時で、各国語版は既に提供されている。


また、同日実施を予定していたベータ版・製品候補版ユーザー向けの自動更新は、

ネットワーク負荷を考慮して、後日段階的に実施される予定。


(引用元:http://codezine.jp/article/detail/5874 )


ktkr!wktk!待ってました!


今ね、Internet Exproler 8にIE 7 Proを無理矢理ぶち込んで使ってんだけど


無理矢理だから、不具合でオートフォームの機能とかが暴走するんだよねw


んでさ、IEやめよっかなぁって思ってる所にIE9製品候補版が出てktkrってことでダウンロードしたんだけど


デザインとか色んな物の配置とかが大幅に変更されてて使いづらいったらありゃしないって感じだったんだよ。


そこでふと「じゃFireFoxに乗り換えたらIEに慣れてるから使いづらいかな」と思って


乗り換えるのをやめたんだよね。


でも、使いづらい。「やっぱり乗り換えるか」って思った所にIE9製品版の登場ですよ。


これで使いやすくなってたらIE9使うし、使いづらかったら火狸に乗り換えようかと思います。


IE7Proで重宝してる機能はマウスジェスチャ機能・広告ブロック機能・オートフォーム機能の3つ。


火狸のプラグイン使えば、たぶん同じ環境を再現できると思うんだよね。


だから、現状だと『この機会に火狸に乗り換えようかな』って気持ちの方が優勢です。


さて、この一ユーザーを獲得することが出来るのか、それとも離れられてしまうのか。


MicroSoftは、火狸にユーザーを一人取られてしまうのでしょうか。


注目の一戦ですね(笑)


あ、そうそう。


『日本の思想を読んでwwwwwww』って記事、書きなおすことにしましたw


あまりにも適当すぎだったので。


んで、書き直してたら力をかけすぎてしまったようです。


まぁ、それは後ほど。


今日中にうpしたいと思います。


では。