
「八百羅漢」
原題:八百羅漢
英題:Arhats in Fury
製作:1985年
●中国四川省・峨眉山のふもとに建つ報国寺は、厳しい戒律によって支配されていた。これに異を唱える者も少なからず居たが、僧正と保守派の僧侶たちは断固として戒律厳守を主張。寺の頂点に立つはずの住職でさえ、異論を挟むことが出来ずにいた。
そんな中、戒律を破った罰で荒行に出ていた劉振嶺とその師匠は、村々を荒らしまわる金王朝の軍勢と遭遇する。彼はこれを撃退するが、石頭の僧正一派は師匠を罰に処してしまう。
やがて寺に王朝軍が攻め入り、立ち向かおうとした反乱軍もピンチに陥るが、劉振嶺の活躍によって事なきを得た。しかし、それでも戒律至上主義を改めない僧正一派は、「独断専行した劉振嶺の手足を切れ!」と命じるのだった。
この一件は反乱軍の高鴻萍が介入したことでウヤムヤになったが、このことを憂いた劉振嶺の師匠、そして住職が相次いで自決。その後、ボロボロになっていたところを村人に助けられた劉振嶺は、悪逆非道の王朝軍に立ち向かうことを決意する。
彼と反乱軍の共同作戦で痛手を受けた王朝軍は、激怒して報国寺へと進軍した。劉振嶺と高鴻萍は、反乱軍とともに王朝軍のリーダー・親王を追撃するが…。
前回に引き続き、今回も『少林寺』フォロワー作品の紹介です。こちらは中国・香港の合作で、峨眉山に実在する報国寺を舞台としています。ロケは本物の峨眉山などで行われていますが、実際に本作のような事があったのか、功夫の修行を行っていたのかは不明です。
本作を語る上で無視できないのが、あまりにもあんまりなストーリーの無残さでしょう。作中における報国寺は一部の僧によって牛耳られ、その内情は監獄そのもの。寺を守るという名目で民間人を見捨てようとするなど、描写は最悪の一言に尽きます。
功夫アクションについては、『還我少林』と同じく特徴的な技はありません。とはいえ、演者のほとんどが中国武術のチャンプなので、殺陣の内容は『還我少林』を遥かに圧倒。フォロワーとしては及第点の内容だったと思います。
しかし、陰湿でグダグダな物語はいかんともしがたく、味方に邪魔なキャラがいるという点では『燃えよジャッキー拳』(主人公の父親が最悪すぎる映画)を彷彿とさせます。本当にスケールだけは壮大なんですけどねぇ…。
それにしても、こんな心象を悪くするような作品を見て、報国寺の関係者はどんな感想を抱いたのでしょうか?(爆

還我少林
英題:Shaolin VS Manchu
製作:1984年
●満州族の軍勢は目障りな少林寺を潰すべく、密かにスパイを潜り込ませていた。折りしも少林寺では次期館長を選抜する評議の真っ最中。若き青年僧侶が最有力候補とされていたが、あるトラブルにより彼は寺を追放されてしまう。
繰り上がりで次期館長は第2候補の李建興に決定したが、実はこの男こそがスパイだった。彼は病気で弱っていた現職の館長を暗殺し、まんまと館長に就任。満州軍を手引きして少林寺に攻め込ませ、僧侶のほとんどを殺害せしめた。
青年僧侶は逃げ出してきた友人の僧侶とともに、捕まっていた仲間の孫國明(スン・コクミン)らを救出する。が、肉を食わされるなどの辱めを受けた彼らは、これ以上関わりたくないと協力を拒否…残された2人は途方に暮れるのだった。
一方、館長の証である黄金の器を奪った李建興は、精鋭部隊と共に少林寺へと進撃していた。紆余曲折を経て団結した青年僧侶と仲間たちは、憎き李建興と対決の時を向かえる!
本作は、かの有名な李連杰(リー・リンチェイ)の『少林寺』に便乗したフォロワー作品です。英題にあるManchuとは満州族のことで、少林寺と悪らつな満州軍との戦いが描かれています。
なんとなく話が『少林寺 怒りの大地』に似ていますが、製作年度はギリギリで本作が先。偶然の一致なのか、それともプロットをパクったのかは定かではありませんが、少なくとも出来に関しては本作の方が遥かに劣っていました(爆
まず目に付くのがキャストの地味さです。名の知れたスターは武術指導も兼ねている孫國明くらいで、主役から脇役に至るまで無名の俳優ばかり。かなりの低予算作品であろうことは窺えますが、いくらなんでもこれは…。
アクションシーンも頑張ってはいるものの、本作独自といえるような要素は皆無。主人公の切り札がただの酔拳というのも地味すぎます。やっぱりフォロワー作品というものは、多少ムチャをやった方が良いのかもしれませんね(苦笑
ちなみに監督の李超俊(マールーン・リー)は、師父仔という名で『酔拳』にも出演しています(ジャッキーの悪友の1人)。本作で酔拳がフィーチャーされているのは、このへんに関係がありそうです。

「スティーヴ・オースティン 復讐者」
原題:RECOIL
製作:2011年
●アメリカのとある片田舎に1人の男(スティーヴ・オースティン)が降り立った。彼は町を支配するバイカーギャングの一団に立ち向かい、あっという間にボスの弟を殺害。激怒したボス(ダニー・トレホ)は復讐に燃えるが、スティーブの進撃は止まらなかった。
果たしてギャングと戦うスティーヴの目的とは?そして彼とトレホの間に隠された意外な因縁とは?戦いが激しさを増していく中、遂に2人の男は雌雄を決する時を迎える!
様々な格闘俳優と共演を重ね、マーシャルアーツ映画の新たなスターとなりつつあるスティーヴ・オースティン。本作はそんな彼が製作を兼ね、対戦相手にあの『マチェーテ』のダニー・トレホを呼び寄せた作品です。
ストーリーはかなりシンプルな復讐もので(どことなく『死神の使者』に似てます)、作中に散りばめられた謎も大したものではありません。しかし、ザックリとした脚本に寡黙なスティーヴの人物像が不思議とマッチしており、作品の持つ雰囲気はとても良好でした。
一方、作中の格闘アクションは派手な動きを極力減らした、無骨な殴り合いがメインとなっています。こう書くと「殴ってはフラフラしてばかりの格闘戦」を連想してしまいますが、立ち回りはテンポ良く展開されるので、あまり冗長さを感じさせませんでした。
注目のVSトレホでも、握手をした状態で交互に殴りあったり、武器を持ち出したり(トレホが一瞬だけマチェーテを手にするシーンあり・笑)と工夫が凝らされています。本格的な格闘俳優でないトレホをどう強く見せるかという点に関しても、本作は上手く描写できていたと思います。
『スティーヴ・オースティン S.W.A.T.』で戦ったキース・ジャーディンとのリターンマッチなど、見せ場には事欠かない本作。シンプルすぎる作風は評価が分かれるところですが、個人的には結構気に入っています。こうなるとセガールと共演した『沈黙の監獄』、ドルフと対決する『マキシマム・ブロウ』にも期待が膨らみますね。

「少林拳王子」
原題:少林傳人/少林辣撻大師
英題:Shaolin Prince/Death Mask of the Ninja
製作:1983年
▼皆さんご無沙汰です。現在、私事で重要な出来事が起こっており、ブログにタッチしにくい状況が続いています。しばらくは以前よりもスローな更新になると思われるので、どうかご了承下さい。
さて今回紹介するのは、かの秀作『少林羅漢拳』を手掛けた武術指導の大家・唐佳(タン・チァ)の監督作です。本作が作られた1983年は、『プロジェクトA』や『悪漢探偵2』などが公開され、香港映画全体が急速な勢いで発展していました。
本作はそれらの作品と比べると、ちょっと時代遅れ気味です。しかし内容に関してはとても優れていて、あと3年早く公開されていたら『少林羅漢拳』ともども大ヒットを飛ばしていたかもしれません。ですが、時代は淡々と…そして容赦なく変革の時を迎えてしまいます。
■時の皇帝が逆賊・白彪(バイ・ピョウ)とその軍勢によって討たれた。残された2人の皇子は臣下たちに救い出され、1人は宰相の谷峰(クー・フェン)に、もう1人は少林寺の戒律院を守る3人の変人和尚(笑)に託された。
それから20年あまりの時が経ち、宰相のもとで育てられた皇子は爾冬陞(イー・トンシン)へ、少林寺に預けられた皇子は狄龍(ティ・ロン)へと成長。一方で白彪は甥を皇帝に仕立て上げ、影で国家を牛耳っていた。
そんな中、白彪は皇子たちが生きていているのではと疑念を抱き、同時に少林寺に収められた秘術・易筋経を手入しようと画策していく。爾冬陞も仇討ちのために易筋経を求めていたが、肝心の易筋経は変人和尚たちを介して狄龍に伝授されていた。
さっそく少林寺を尋ねた爾冬陞だが、少林僧でありながら朝廷の犬に成り下がった李海生(リー・ハイサン)たちによって窮地に陥り、狄龍ともども脱出せざるを得なくなってしまう。
かくして、2人は打倒・白彪を誓って一致団結。意見の相違により対立することもあったが、最終的に互いが兄弟であることを知り、少林寺に攻め入ろうとした白彪に立ち向かっていく。果たして勝つのは2人の皇子か、邪悪な反逆者か!?
▲『少林羅漢拳』が謎解き要素の強い話だったのに対し、本作は2人の皇子が悪を討つという単純明快な筋立てとなっています。登場人物たちも個性豊かで、オカルトからホッピングまで飛び出す展開の奔放さも魅力の1つといえるでしょう(ちなみに脚本はあの王晶!)。
アクションシーンもボリューム満点で、中盤の羅漢陣との激闘は圧巻の一言。『少林羅漢拳』でも似たようなシークエンスはありましたが、ワイヤーワークの縦横無尽さでは本作も負けていません。
さらにラストバトルでは、白彪が変形しまくる御輿に乗り込み、ハチャメチャな暴れっぷりを見せています。こういうギミック重視のアクションは唐佳の得意技ですが、この一戦は御輿と白彪の死に様(見てのお楽しみ)のせいで完全にギャグと化していました(爆
本作が公開された2年後、本作の製作元であり業界最大手だったショウ・ブラザーズは、経営不振により映画事業から撤退します。ショウブラの衰退は1つの時代が終わった事を意味し、新たな風が香港映画界を包み込んでいきました。
しかし、たとえ変革を経て時代遅れになろうとも、ショウブラ作品は決して輝きを失ってはいないのです。当ブログでは、こうした作品を今後も紹介していきたいと思っています。

「金城武の死角都市・香港」
「死角都市・香港」
原題:無面俾/摩登笑探
英題:Don't Give a Damn/Burger Cop
製作:1995年
▼90年代初頭に撮影された『痩虎肥龍』で、洪金寶(サモ・ハン・キンポー)は昔ながらのコミカルなスタイルを貫き通し、ユニークな作品を作り上げました。本作はそれから5年後に製作されたものですが、さすがにここまで来ると80年代スタイルも通用しません。
そこで洪金寶は80年代的な演出を極力控え、ニューフェイスの金城武を準主役にすることで作品の近代化を講じたのです。それに加えて、元彪(ユン・ピョウ)を始めとした昔馴染みの俳優たちも結集している…んですが、残念ながらこれらの目論見は頓挫してしまいます。
■洪金寶は刑事課に所属するドジな刑事。今日も密輸局の捜査官・元彪と捜査でかち合ったりしていたが、そんな彼の部署に2人の新顔が赴任してきた。1人はエリート刑事の金城、もう1人は新人の周海媚(キャシー・チャウ)だ。
スカした感じの金城は、さっそく刑事課の面々を率いて麻薬の取引現場を急襲。日本人の組織が売りさばこうとしていた大量の麻薬を押収する。一方、洪金寶は元彪と親睦を深めたり、周海媚と良い仲になったりするのだが、水面下で組織による麻薬奪還計画が進行していた。
組織は配下の外人グループを使い、警察署を爆破して(!)麻薬を奪い去った。ところが、その過程で外人グループのリーダーの弟が拘束され、さらには組織が彼らを切り捨てようとしたため、両者の関係は決裂してしまう。
外人グループは周海媚を誘拐して弟の引渡しを迫った。洪金寶・元彪・金城は彼女を助けるために敵陣へ向かい、組織も外人グループが持つ麻薬を狙って動き出していく。果たして、この三つ巴の戦いを制するのは誰なのか…!?
▲本作で監督を務めた洪金寶は、コメディの代わりに恋愛描写を濃くし、安易にギャグに頼らない姿勢を打ち出しました。しかし、年を食った洪金寶と周海媚のラブストーリーは不自然極まりなく、元彪の恋愛模様も中途半端な形で終わっています。
登場人物も個性に乏しく、洪金寶・元彪・金城のトリオが全員揃うシーンも数えるほどしかありません。ではアクションの方はどうなのかというと、こちらも中途半端。作品に合わせて派手な演出を避けたつもりでしょうが、完全に裏目に出ていました。
特に致命的なのがラストバトルで、立地条件(暗い倉庫の中)が災いしてアクションが見辛くなっています。Vシネマではよくある事ですが、まさか洪金寶作品でこんなミスに巡りあうとは…。
また、元彪が雑魚っぽい外人に苦戦したり、金城が役立たずだったりと、キャストの扱いの悪さ目立っていました。洪金寶は倪星(コリン・チョウ)やロバート・サミュエルズと戦いますが、両者とも洪金寶に直接倒されないため、こちらも中途半端な印象を残しています。
時代に合わせようと無理をして、映画そのものが微妙な出来になってしまった失敗作の典型。90年代における洪金寶は低迷期の只中にあり、本作の次に撮った『ワンチャイ/天地風雲』が(監督作の中では)最後のヒット作となりました。
現在の彼は役者として、或いは武術指導者として活躍していますが、監督としては2009年の『響箭』(何故か異様に情報が少ない謎の作品)を最後にメガホンを置いています。個人的には、また昔のようにコミカルな作品を監督して欲しいと思っているのですが…う~ん。