
佛都有火/佛家小子
英題:The Boxer from the Temple
製作:1979年
●ある日、少林寺の前に1人の赤ん坊が捨てられていた。不憫に思った館長は、この子を寺で育てる事を決める。それから十数年が経ち、赤ん坊はやんちゃ坊主の呉元俊へと成長した。
功夫が習いたくて仕方ない呉元俊は、館長の計らいで十八羅漢拳の修行を受ける。しかし兄弟弟子とトラブルを起こしたため、彼は一時的に寺から追い出されてしまう。
その後、呉元俊はとある小さな町に流れ着き、悪事を働く關鋒の一派を追い払った。町の人々に賞賛された彼は食道の店主となり、關鋒の経営する娼館から逃げてきた黄薇薇を保護。關鋒一派の反撃をいなしつつ、程なくして呉元俊は彼女と結ばれた。
だが、關鋒一派が殺し屋の劉鶴年を呼び寄せたことで、事態は急変する。劉鶴年によって黄薇薇とその弟、さらには呉元俊の部下だった劉晃世までもが殺されたのだ。激怒する呉元俊は、下山する際に館長から言われた戒めを破り、復讐に燃えるが…。
本作はショウ・ブラザーズがコメディ功夫片ブームにぶつけた便乗作の1つですが、終盤で思いっきり失速してしまった作品です。
ストーリーは典型的なコメディ作品のパターンで、途中から主人公がヒロインと結婚するという、ほんわか幸せなシークエンスへと突入します。このへんの和やかな雰囲気は悪くありませんが、劉鶴年が登場した途端に陰惨な方向へとシフトしてしまいます。
「積み重ねた雰囲気を壊して血生臭い展開に走る」…これと同様の作風を持った作品に『癲螳螂』(伝説の大怪作)がありますが、本作はそこまで鮮烈な印象は残せておらず、単に後味が悪いだけの作品と化しています。普通にコメディに徹していれば亜流なりに面白くなっていたはずなのに…。
ショウブラ作品なのでセットやエキストラは豪勢ですが、作品自体がこんな出来なので援護には至らず。これまで取り上げてきたショウブラ産コメディ功夫片の中でも、本作は特にマズい出来だったと思います。
一方の功夫アクションについても、袁和平(ユエン・ウーピン)を意識した…というかマネた立ち回りを見せていて、やや個性に欠けていました。しかし、クライマックスでコメディ色が無くなると同時に、作中のアクションは一段と激しさを増していきます。
ザコの棍棒をかわし、蹴り技を放つ劉鶴年を跳ね除け、最後は扇子を振るう關鋒と激突!この一連のファイトシーンでは、七小福出身である呉元俊の伸びやかな動きが生かされ、華麗な激闘が繰り広げられていました。
この他にも、本来は武術指導家である劉晃世や黄薇薇も活躍するのですが、コメディ演出をやめた途端にアクションレベルが上がるとは、なんとも皮肉な話です(ちなみに武術指導は本家『酔拳』の徐蝦と、ショウブラ系の元&徐發)。
とはいえ、本作が失敗作であることに変わりはありません。同じ羅馬(ロー・マ)の監督作なら、私は『唐山五虎』のほうが好きですね。