人並みにこの曜日に休めるまでに30年も掛かるとは・・・。
今日も曇天だが構わない。
週末の過ごし方によって本日のゆとりは変化する。
迂闊に金曜日にマズイ事になりと
その影響が土曜日に及ぶ事となり結果的に精神的に追い込まれ
失った金銭以上にダメージが来る。
日曜日を有意義にモヤモヤせずに過ごす為には土曜日の過ごし方がカギを握る。
2014年の夏までは毎月1回日曜日にはラジコンカー大会が行われていた。
確か32歳頃までは自分も参加し走ってもいた。
身体上の事情や背景の変化などで引退した訳だが、繋がりだけは残った。
その残った繋がりの中で見出したのが、別な形での参加だった。
どんんあものにでも、盛況な時期と衰退の時期がある。
自分が去って暫くしてブームが過ぎたせいなのか?それとも別の原因か?
急激に参加者は減り、それでも組織や環境を残したいメンバーが
細々と運営を続けていたわけだ。
技術や知識、そして経験も当然重要なカギを握るラジコンカーレース。
競うのにはそれなりに人数もいなければならない。
そして、万が一のトラブル・・・・特にコースアウトなどをサポートする役回りもいなけれならない。
どうしてもと頼まれそれを続けてきた。
脇役は正直好きでは無いし、最前線で突っ走るのが 俺流 だったが
失ったもの・手放さざるをえなかった事にも意味があると考え参加してきた。
時は流れ、一歩踏み込んだ役割に就いてみた。
それが、レースの実況だった。
思いを口にするのは元々得意の1つだった。
だが、型に嵌った事が生まれつき苦手な自分は前任者の人達のような
やり方が出来るだろうか?それが一番の懸念。
最初は決められた情報の告知に徹する事にした。
実にギコチなかった・・・・。
パソコンに表示される順位やタイムを刻々と流れる時間の中で速やかにアナンスしたいところだが、経験も自信も無いので自分の持ち味もろくに出せなかった。
なんでもそうだが、場数を踏めば開き直りも含めプレッシャーも感じなくなる。
毎回のレースが楽しみになってきた。
得意の ぺしゃり力 を駆使して、場を盛り上げるのが楽しみになっていた。
F-1型の低パワーで共通バッテリーを利用したカテゴリーを始め
ミニクラスと呼ばれる若干小型の1メイクでコミカルに走るが奥が深いカテゴリー
残りがツーリングカーと呼ばれる箱型車両の低改造と改造車のカテゴリー。
これら4種目を脇で支えながら半日過ごす・・・・、
目立ちたがり屋の自分が地味なポジションでの参加なのだが
声は武器でもある。
マイク要らずの声量と独特なアナウンスは、アップされたYoutube映像を観てもなかなか面白い。回を重ねるごとにスピード感もプラスさせ自分なりのアナウンスを確立出来た頃終わりはやってきた。
室内常設コースでの運営となっていた大会は、大人の事情からその常設コースの継続賃貸が出来なくなってしまった。消防法の壁であった。
あれから数か月、参加していたメンバーは遠征してまでラジコンライフを続けている者もいる。
好きなもの・生甲斐を感じるものは手放してはいけない。
脳への報酬・・・・喜び・充実感は無形ではあっても、生きるのには必要なのだ~。
今はもう無いラジコンカーコースでの日々を思い出しながら、出掛ける準備。
日曜日・・・1回くらいはレースだよな~・・・・・。






