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量子の波

この時代を生きぬくために

記憶・分析・統合のプロセスを繰り返していると、それが一連の技になります。


例えて言えば、柔道の技です。


何度も何度も、投げて投げられて技を磨いて来たかどうかです。


運動能力が高いかどうかではありません。


それは、問題解決能力が頭が良いか悪いかの問題でないのと同じです。


ただ、柔道は道場に行けば安全に練習できる環境があり指導者もいて、努力すれば必ず昨日の自分より強くなれると考えます。


問題解決能力については残念ながらそういう道場は簡単には見つかりません。


道場に月謝を払うよりもずっと高い授業料を、実生活で払うことになるのが現状です。


安全な環境も指導者も確保されていないのが現実です。


あきらめる人が続出しても不思議ではありません。


結果として、問題を解決する一部の人と、誰かが問題を解決してくれるのを待つ多くの人がいるのです。

問題の対象をしっかり観察する、と書きました。


この観察から得られた情報や印象を、記憶し分析し統合する一連の行為が問題を解決する切り札になります。


人により、大きな差が出るところです。


記憶・分析・統合を繰り返していると、それが問題解決に大きく役立つことがわかります。


すると、次回ももっと力をいれてこのプロセスを繰り返します。


その結果、問題解決能力に長けた人になります。


わかりやすく逆のパターンを言えば、記憶・分析・統合なんか意味がないとあきらめる人です。


その能力が育っていないので、他の人が記憶・分析・統合で何をしているか想像もできません。


「仕方がない」という言葉を使います。


頭が良いとか悪いとかでは決してありません。


脳の中にツールがあることに気が付いて、それを使う技に磨きを掛けるだけです。

以前にアップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏のことを書きましたが、その伝記本の中にあった言葉を思い出しました。


確か"Journey is the reward"と言っていたと思います。


彼のオリジナルなのかはわかりませんが、良い言葉だと思います。


「結果ではなく、そこに至る過程でもう報酬を受け取ってしまっている」というような意味合いだと理解しています。


「成否はどうでも良い」というのとは違います。


ジョブズ氏自身は結果にものすごく執着しましたし、結果にこだわらなければその道程は本当に報いのあるものにはならないのだと思います。


では、結果にこだわりながら、報酬を道程から得るとはどういうこどでしょうか?


道程を楽しむという意味だけではありません。


それは、自分の生き様を自分自身が丸ごと受け入れることだと思います。


過去と現在、そしてその行き着く先も含めて。


今現在の自分を真に生きることができれば、自分を受け入れられます。


そしてそれは無限の喜びをもたらします。


結果と道程から来るダブルボーナスを自分のものにすることができればお得です。