相対性理論では時間と空間は一律ではないらしいですが、時間については生活実感的には納得できます。
物理学で証明できる歪みなどは実感できない範囲ですから、別物だともいえます。
忙しいときは時間があっという間に過ぎ、つまらない講義の終了ベルはなかなかなりません。
昨日「人には皆24時間しかないからね、できることをやるだけさ」的発言をしている人がいました。
しかし、時計の針を目安に時間が誰にも公平に与えられていると考えて時間をこなしても何の役にも立たないと思います。
それでは、墓に入るまでの時間を時計を眺めて過ごすようなものです。
どれだけ楽しんだか、どれだけ事をすすめ たか、どれだけ熱中したか、それだけです。
そして、充実時間は使えば減るのではなくて、使えば逆に増えていきます。
Aさんの時間とBさんの時間は同じではありませんが、時計の針がAさんの時間とBさんの時間の交差を可能にします。
しかし、交差しても違うものは違います。
