ジョージ・ハリソン - 電子音楽の世界 (Zapple, 1969) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

ジョージ・ハリソン - 電子音楽の世界 (Zapple, 1969)

Released by Apple Records/Zapple Records 02/ST-3358, May 9, 1969
(Side 1)
A1. マージー壁の下で Under the Mersey Wall - 18:42
(Side 1)
B1. 超時間, 超空間 No Time or Space - 25:07
[ Personnel ]
George Harrison - Moog Synthesizer, cover design
with assistant
Rupert and Jostick, The Siamese Twins (A1)
Bernie Krause (B1)
(Original Zapple “Electronic Sound” LP Front and Liner cover, Inner Sleeve & Side 1 label)


 ジョージ・ハリソン(1943~2001)がまだビートルズ在籍時の、『不思議の壁 (Wonderwall Music)』(Apple, 1968.11.1)に続くソロ・アルバム2作目。『不思議の壁』の方はジェーン・バーキン主演映画『Wonderwall』のサウンドトラックでしたのでA面10曲・B面9曲(CD化の際同セッションから3曲追加)と1曲平均2分のインストルメンタル曲(時折わずかにヴォーカルが入りますが)と、ジョージ得意のサイケデリックなラーガ・ロック調の断片がインド人奏者12人、エリック・クラプトンやリンゴ・スターも匿名参加したイギリス人ミュージシャン9人がかりのいかにも映画サントラらしいアルバムでしたが、アップル・レコーズ社がサブ・レーベルとして創設したザップル・レコーズからジョン・レノン&ヨーコ・オノのセカンド・アルバム『未完成作品第2番 ライフ・ウィズ・ザ・ライオンズ (Unfinished Music No. 2: Life with the Lions)』(Zapple 01, 1969.5.9)に続いてリリースされた(そしてザップルからの最後のアルバムになった)本作は、アメリカの現代音楽家バーニー・クラウス(1938~)から開発されたばかりのモーグIIIシンセサイザーの指導を受け(B1)、ルパートとジョスティックのタイ人兄弟をアシスタントに(A1)、あえて調律しないモーグ・シンセサイザーの即興演奏と多重録音を行った、本格的な実験音楽です。A面曲「マージー壁の下で (Under the Mersey Wall)」は18分42秒、B面曲「超時間, 超空間 (No Time or Space)」は25分7秒といずれもアナログLPのA面B面各1曲という大胆な構成で、一般的にはジョン・レノン&ヨーコ・オノの『未完成作品第1番』『未完成作品第2番』『ウェディング・アルバム』同様、前作『不思議の壁』ともども音楽アルバムには数えられず、通常ジョージのソロ・アルバム第一作はビートルズ解散後の大作3枚組大ヒット・アルバム『オール・シングス・マスト・パス (All Things Must Pass)』(Apple, 1970.11.27、全英・全米1位)と目されています。

 本作はビートルズのメンバーのバンド存続時のアルバムなので廃盤にならずカタログに残っていますが、中古市場ではアナログLPもCDもほとんど叩き売り状態で、手近なところでAmazonのユーザー・レビューを見ても星一つや、せいぜい星二つの酷評が並びます。しかし本作は近年再評価されており、ルー・リードの実験音楽作品『メタル・マシン・ミュージック (Metal Machine Music)』(RCA, 1975.7)に比較され、総合音楽サイトallmusic.comでも五つ星満点で★★★★と、意外なほど注目され、復権の声が上がっているアルバムです。試聴リンクに引いたYouTubeへのアップロードへのコメントでも初期クラフトワークを具体的に上げてクラウトロックの先駆的位置づけや、『メタル・マシン・ミュージック』やブライアン・イーノとの類似、ノイズ/インダストリアル・ミュージックを代表するスロッビング・グリッスルやホワイトハウスのやエイフェックス・ツインに代表されるハウス、トランス、アンビエントの源流と、ほぼ10年周期で現れる実験音楽とポップスの融合を予言したアルバムという評価が高まっています。「(『オール・シングス~』ではなく、本作こそ)ジョージ・ハリソンの最高傑作」という評者までいます。それほど従来の評価を覆す人気は広いリスナー層には定着しないでしょうが、先入観なしに聴いて本作が今でこそ楽しめるアルバムになっているのは確かです。

 ビートルズ時代、またソロ・アーティストになってからジョージが送り出してきた数々の名曲の素晴らしさは疑う余地がありませんが、モーグIIIシンセサイザーで遊んでいるだけのような本作は楽曲性への期待や実験音楽という先入観にとらわれず聴けば、意外なほどポップなサウンドが聴けるアルバムです。モーグ・シンセサイザーはそもそも楽器の体をなしておらず、音色どころか音程まで演奏者が設定しないと音楽演奏に使いようのない音響発振器でした。ウェンディー・カルロスの大ヒット・アルバム『Switched-On Bach』(Columbia, 1968.10)以降に先鋭的なジャズマンのポール・ブレイやサン・ラ、ロック畑ではキース・エマーソンがそうしたモーグ・シンセサイザーならではの特性を生かしてシンセサイザー奏者の第一人者になったのですが、キース・エマーソンより早くモーグ・シンセサイザーを使ったジョージ・ハリソンの本作は一言で言えばカン一発でモーグという音響発振器からユニークなサウンドを引き出したアルバムになりました。厳密な意味での調律は意図的に放棄されていますが、そこはジョージほど熟練のミュージシャンだけあって、不安定な音程の中にもドミナント・モーションがある「調子外れの調性音楽」が、ちゃんと聴けばリズムの継続性のあるタイミングで奏でられます。いわば心地よくうたた寝している時に聴こえてくる環境音、または母胎の中で胎児に聴こえる音響に近いので、雑音と言えば雑音ですが、ノイズの三分類(ホワイト・ノイズ、ピンク・ノイズ、レッド・ノイズ)で言えば適度な心地よさがあるピンク・ノイズに該当します。本作はジョージ自身がのちに「あれは駄作」と切って捨てたアルバムですが、ビートルズ末期の緊張した環境からの息抜きのように電子音による快適なサウンドスケープに挑んで、見事に成功したアルバムです。A面もB面もいわゆる「楽曲」ではないので全編44分間同じように聴こえますが、本作のようなトリップ/トランス・ミュージックの場合そこがいいのです。