サン・ラ&サラー・ラガブ - サン・ライズ・イン・エジプト (Sphinx, 2006) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ&サラー・ラガブ - サン・ライズ・イン・エジプト (Sphinx, 2006)
サン・ラ&サラー・ラガブ Sun Ra & Salah Ragab - サン・ライズ・イン・エジプト Vol.1, 2 & 3 Sun Rise in Egypt vols.1, 2 and 3 (Sphynx, 2006)
Recorded live in Cairo, Egypt, January 13, 1984
Released by Sphinx Records, Cairo, ECD 25735 (3CD-R), 2006
All Composition except as indicated and Arranged by Sun Ra
(Volume 1) 

1. Watusa - The Egyptian March (Dotson, Sun ra) - 13:04
2. Sun Ra Solo organ - 2:42
3. Sun Ra Speech - 2:40
4. The Shadow World - 8:13
5. Happy as the day is long (Harold Arlen, Ted Koehler) - 3:29
6. Day Dream (Billy Strayhorn) - 4:40
7. Blues House - 9:39
8. Take the A Train (Billy Strayhorn) - 5:03
9. West of the Moon (Brooks Bowman) - 4:32
(Volume 2) :  

1. Opening - 15:34
2. Unidentified Standard - 4:45
3. Opening - 11:48
4. Sun Ra Speech - 1:27
5. Opening - Love in Outer Space - Nuclear War - 18:12
6. Blue Lou (Edgar Sampson) - 2:03
(Volume 3) :  

1. 'Round About Midnight (Thelonious Monk) - 6:52
2. School you, about Jazz - 6:00
3. Opening - 10:44
4. Sun Ra Speech - 1:54
5. Opening - 17:57
6. Fate in a Pleasant Mood - 17:05
[ Sun Ra & Salah Ragab Arkestra ]
Sun Ra - organ, synthesizer
Salah Ragab - drums
John Gilmore - tenor saxophone, timbalets
Marshall Allen - alto saxophone, kora, flute, oboe, percussion
Danny Thompson - baritone and alto saxophone
Elo Omoe - bass clarinet, percussion
Ronnie Brown - trumpet, percussion
James Jacson - Egyptian infinity drum, bassoon
Matthew Brown - congas 

 またまた没後発掘ライヴ盤、しかも三部作・CD3枚組のヴォリュームにおよぶ本作は1984年1月にエジプト現地ジャズマン(ドラマー)、サラー・ラガブを双頭リーダーに迎えたカイロ公演の収録です。サン・ラのアルバムは生前発表・没後発掘発表と膨大な枚数が入り乱れてもいれば、録音(収録)年度と発表年、さらに1枚のアルバムにも年代の異なるトラックが混在している場合が多く、年代順にご紹介しようにもどの位置に置くのが妥当かややこしいのですが、本作はサン・ラ生前に発表されたラガブとの共演作『Sun Ra Arkestra Meets Salah Ragab in Egypt』(Praxis, 1983)の続編をなす没後発掘ライヴ・アルバムでもあります。同作は1983年5月の共演を収めていましたが、今回の『Sun Rise in Egypt vols. 1, 2 and 3』はサン・ラ・アーケストラ1983年10月~1984年4月に渡るヨーロッパ~エジプト~ギリシャ・ツアーから1984年1月13日のカイロ公演を収録しており、ラガブ自身のSphinx Recordsによって2006年にCD-R発売されました。Vol.1~Vol.3におよぶ3枚(各1時間収録)ですがレコード番号は同一であり、3枚セットで販売されたものです。ジャケットも1~3と数字が違うだけで同一のデザインを使用しており、CD-Rですからプレス枚数も把握できず、アーケストラ公式サイトではディスコグラフィーに公認していますが流通上は海賊盤と同様な扱いになっています。またサン・ラ・アーケストラのエジプト~ギリシャ公演は1984年2月23日のアテネのジャズ・フェスティヴァルでのライヴを収録した『Live At Praxis '84』Vol.I~Vol.IIIがサン・ラ生前の1984年、'85年、'86年に1枚ずつ発表されており、同作はサン・ラ没後の2000年にLeo Recordsから『Live At Praxis '84』として2枚組で初CD化されているので、3枚組の『Sun Rise in Egypt vols.1, 2 and 3』とアナログLP3枚分売だった『Live At Praxis '84 Vol.I~Vol.III』、さらにPraxis Recordsからサン・ラ生前発売された『Sun Ra Arkestra Meets Salah Ragab in Egypt』が同一音源の編集ヴァリアントと混同されがちです。実際には上記の通りで『Sun Ra Arkestra Meets Salah Ragab in Egypt』と『Sun Rise in Egypt vols.1, 2 and 3』『Live At Praxis '84 Vol.I~Vol.III』はまったく異なる公演の収録なので、曲目の重複はあっても別々の日時・会場のライヴであり、特に本作はラガブによる自主制作盤であるため入手しづらい上に聴いてみるまで内容がわからず、それを言えばやはりギリシャのレコード会社から発売されたため入手困難な『Live At Praxis '84 Vol.I~Vol.III』もアナログLPではVol.IのAB面が「Live At Praxis '84 Part 1」「Live At Praxis '84 Part 2」、Vol.IIのAB面が「Live At Praxis '84 Part 3」「Live At Praxis '84 Part 4」、Vol.IIIのAB面が「Live At Praxis '84 Part 5」「Live At Praxis '84 Part 6」とまったく曲目の記載がないため、ようやく正確に曲目がトラック分けされ記載されたイギリスのLeo Records盤の2枚組CDから聴き始めても、実物を聴かなければギリシャ盤『Sun Ra Arkestra Meets Salah Ragab in Egypt』や『Live At Praxis '84 Vol.I~Vol.III』と対応しているのかどうか分からない、とリスナー泣かせの仕様になっています。

 しかもLeo Recordsからの2000年の再発CD盤『Sun Ra Arkestra Meets Salah Ragab in Egypt』には本作の1984年1月13日ライヴの「Watusa」が追加収録されているので、それも同作の「Recording licensed from Praxis.」というクレジットによりPraxis Records盤がオリジナルの『Sun Ra Arkestra Meets Salah Ragab in Egypt』や『Live At Praxis '84 Vol.I~Vol.III』と本作の混同を招く原因になっています。サラー・ラガブが自主制作盤ではなくPraxis Recordsから本作をリリースしていれば、本作『Sun Rise in Egypt vols.1, 2 and 3』と『Live At Praxis '84 Vol.I~Vol.III』の混同は起こらなかったでしょうが、1984年創設のギリシャのPraxis Recordsは2002年にはアート・アンサンブル・オブ・シカゴのライヴ盤を最後に全カタログ22作を残して活動を終えているので、ラガブが本作を発掘発売しようにも、他社に安く買い叩かれるよりは自主制作のSphinx Records以外リリースの仕様がなかったのでしょう。せめてCD-Rリリースではなくプレス盤で出せなかったものだろうかと情けなくもなりますが、サターン盤が2010年代以降配信のみの再発売に切り替えているように、ラガブも通販や会場での手売り販売でしか流通を見こめなかったものと思われます。

 そうした具合に本作はサン・ラのライヴ盤、しかも生前発表ではなく没後の発掘リリースの中ではもっとも聴かれることの少ない、珍品扱いされても仕方のない、しがない発売をされた作品ですが、これがサン・ラとサラー・ラガブの双頭リーダー(ということになっていますが、実際はサン・ラ・アーケストラにラガブと数人のラガブ関係のエジプトのジャズマンがゲスト参加したものでしょう)名義にして、ライヴ環境の制限によるものかセットリストは前後するサン・ラ・アーケストラのライヴとそれほど大差がないのに、何とも珍妙な演奏が聴けるのが見落とせないアルバムになっています。おそらく曲順は実際のライヴの通りで、1時間ずつ均等に3枚のCD-Rに収められていますが、本作はサン・ラのアルバム、特にライヴ盤を多く聴いていればいるリスナーほど興味のつきない演奏内容になっています。サン・ラとアーケストラのライヴがパワフルなのはいつものことですが、本作の乗りはシコを踏んだ力士のようにどすこいなのです。

 もっとも顕著なのがVol.1冒頭に置かれたサン・ラ1970年からのライヴ定番曲「Watusa」からして尋常ではありません。この曲はサン・ラの弾くリフ(オスティナート)から始まってバンド全員が一丸となって奏でるマーチ曲ですが、リフが非常にパーカッシヴなため通常はピアノで弾かれます。1972年からのヴォーカル曲の代表曲「Space Is The Place」がオルガン、またはシンセサイザーによるリフで、ピアノがめったに用いられることがないのと同じですが、本作のサン・ラは電気オルガンとシンセサイザーのみの使用で、「Watusa」も電気オルガンから始まります。このオルガンの音色がこれまでのサン・ラからは聴いたことのない音声で、オルガンは鍵盤楽器とはいえ構造上は管楽器と同じ持続音の楽器ですが、ここで聴かれる電気オルガンはサスティンのほとんどない、チェレステや電気ピアノのフェンダー・ローズをしょぼくしたような、打弦楽器のピアノよりももっとパーカッシヴな打鍵楽器的音色です。このオルガンの音色が全編続き、またいつものアーケストラとはニュアンスが異なるサラー・ラガブのドラムスをフィーチャーしているため、本作のサウンドは非常に土俗的に聴こえます。アーケストラのメンバー、特に管楽器奏者は当然自前の楽器を演奏しているでしょうが、サン・ラはシンセサイザーを持参した以外にはライヴ会場(明記されていませんが、カイロの高級ジャズ・クラブ)備えつけの、おそらくメーカーの特定もつかないエジプト製の電気オルガンを使用したのでしょう。この電気オルガンが電気ピアノともつかない独特の音色で、サン・ラはこれを良しとして大々的に使用したものと思われます。当時のサン・ラはすでにミニ・ムーグを使用していましたが、海外公演で、しかもピアノやオルガンとなると会場備えつけの楽器を使用することが多くなりました。本作で聴かれる正体不明の電気オルガンは中でもとびきりチープで老朽化したものと思われ、またラガブとの双頭リーダー公演とのことで積極的にいつものアーケストラとは違うムードの立ちこめた、泥くさいニュアンスに富んだ演奏のライヴ内容になったと思われます。サン・ラ・アーケストラにはバンド創設以来のマネジメントだったアルトン・エイブラハムがシカゴのローカル・ジャズマンを使って制作した贋作アルバム『Song of The Stargazers』(El Saturn Chicago, 1979)もありましたが、シリアスなフリー・ジャズ系のアーケストラのサウンドを模した『Song of The Stargazers』よりも本作はサン・ラ・アーケストラ自身がエジプト人ジャズマン、サラー・ラガブを迎えて演奏したライヴながら、サン・ラ自身によるサン・ラ・アーケストラのパロディーのような真剣な諧謔味があります。それをCDアルバム3枚、トータル3時間に渡って聴けるのもサン・ラ・アーケストラならではであれば、代表曲てんこ盛りの豪華なセットリストかつ珍しいスタンダード曲演奏も聴け、これはこれで初めてサン・ラを聴くリスナーにも圧倒的な迫力を持って迫るアルバムでもあります。もうそれ以上何が言えるでしょうか。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)