サン・ラ・アーケストラ・ミーツ・サラー・ラガブ (Praxis, 1983) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ・アーケストラ・ミーツ・サラー・ラガブ (Praxis, 1983)
(Reissued Golden Years Of New Jazz GY1 Front Cover)
(Original Praxis LP Front Cover)サン・ラ・アーケストラ・ミーツ・サラー・ラガブ Sun Ra Arkestra Meets Salah Ragab in Egypt (Praxis, 1983) :  

Track 1 & 2 by The Sun Ra Arkestra with Salah Ragab, recorded at El Nahar Studio, Cairo/Heliopolis, May 1983.
Track 3 by The Sun Ra Arkestra, recorded live at Il Capo Jazz Club, Cairo/Zamalek, January 13, 1984.
Tracks 4 & 6 by by The Cairo Jazz Band, recorded between 1972 and 1974. 
Track 5 by Salah Ragab Quintet, recorded 1974/75.
Track 7 by The Cairo Free Jazz Ensemble, recorded live at Nile Hall, Cairo, February 14, 1971.
Recording licensed from Praxis.
Reissued with two bonus tracks previously unissued ("Watusa" and "Music for Angela Davis").
Originally Released by Praxis Records Praxis CM 106, Greece, 1983
CD Reissued by Leo Records, Golden Years Of New Jazz GY1, UK, 1999
(Reissued GY CD Tracklist)
1. Egypt Strut (Sun Ra) - 6:42 :  

2. Dawn (Sun Ra) - 12:15
3. Watusa (Dotson, Sun Ra) - 18:52
4. Ramadan (Eduard Vizvari) - 4:19
5. Oriental Mood (Salah Ragab) - 4:48
6. A Farewell Theme (Eduard Vizvari) - 10:02
7. Music For Angela Davis (Hartmut Geerken) - 13:01
[ Original Plaxis LP Tracklist ]
(Side 1)
A1. Egypt Strut (Sun Ra) - 6:42 :  

A2. Dawn (Sun Ra) - 12:15
(Side 2)
B1. Ramadan (Eduard Vizvari) - 4:19
B2. Oriental Mood (Salah Ragab) - 4:48
B3. A Farewell Theme (Eduard Vizvari) - 10:02
[ The Sun Ra Arkestra with Salah Ragab ]
Sun Ra - organ
Salah Ragab - drums, percussion (expect Track 3)
Ronnie Brown - trumpet, percussion
Marshall Allen - alto saxophone, kora, percussion
Eloe Omoe - alto saxophone, p
John Gilmore - tenor saxophone, percussion
Danny Ray Thompson - baritone saxophone, percussion
Rollo Radford - electric bass
Clifford Jarvis - drums
James Jacson - Ancient Egyptian Infinity drum, percussion
Matthew Brown - conga
Myriam Broche, Gregory P. Pratt - dance
[ The Cairo Jazz Band ]
Salah Ragab - leader, conga
Sun Ra - keyboards, Hohner melodica
Tyrone Hill - trombone
Marshall Allen - alto saxophone, flute
John Gilmore - tenor saxophone
Danny Ray Thompson - baritone saxophone
Leroy Taylor (Eloe Omoe) - bass clarinet
James Jacson - bassoon
Eric "Samurai Celestial" Walker, Chris Henderson, Claude Broche - drums
[ Salah Ragab Quintet ]
Salah Ragab - drums
Toto Abdel Hamid - ney (nay, aka Persian flute)
Zaky Osman - piccolo flute
Khamis El Khouly - piano
Esmat Abbas - bass
[ The Cairo Free Jazz Ensemble ]
Hartmut Geerken - conductor, gong, percussion
Ibrahim Wagdi, Khalifa Ismail - trumpet, percussion
Mahmoud Ayoub, Sadeek Basyouni - trombone, percussion
Mohammed Abdel Rahman - tuba, percussion
Farouk Abdel Rahman - alto saxophone, percussion
Fathi Abdel Salam - tenor saxophone, percussion
Abdel Hakim El Zamel, Moohi El Din Osman - bass, percussion
Salah Ragab - drums 

(Original Praxis "Sun Ra Arkestra Meets Salah Ragab in Egypt" LP Liner Cover & Side 1 Label)

 サン・ラのアルバムを録音順に追うと、前回ご紹介した'82年録音のライヴ盤『Ra To the Rescue』の後にはアルバム『Just Friends』が1983年にサターン・レコーズからリリースされますが、内容は1950年代録音の既発表曲が大半で新録音テイクは2曲のみのあまり重要性はないアルバムで、YouTubeの試聴リンクも引けないためご紹介は見送ります。そこで今回ご紹介するのは、1983年3月~5月のヨーロッパ・ツアーでツアー終盤に制作されたとされる、エジプトのジャズマンでパーカッショニスト/バンド・リーダーのサラー・ラガブとのジョイント・アルバム『Sun Ra Arkestra Meets Salah Ragab in Egypt』(Praxis, 1983)になります。オリジナルLPではA面2曲がラガブを迎えたサン・ラ・アーケストラのスタジオ録音、B面の3曲のうちB2はラガブがリーダーのエジプト人バンドによる1974年か1975年の録音で、B1とB3は1972年~1974年のヨーロッパ・ツアー中にラガブをリーダーにサン・ラ・アーケストラがサン・ラごとバックを勤めた「The Cairo Jazz Band」の演奏という構成になっています。1999年の初CD化ではラガブが参加しないサン・ラ・アーケストラのみの3「Watusa」、ラガブが参加したハルトムート・グリーケンがリーダーのThe Cairo Free Jazz Ensembleによる1971年録音の「Music For Angela Davis」が追加されました。「Watusa」は1970年のライヴ『世界の終焉(It's After the End of the World)』以来アーケストラの代表曲ですが、初期には3分程度に凝縮されたテーマ・アンサンブルのみの演奏だったのが本作では19分近い爆発的な長尺演奏で聴けるのが魅力です。またカイロ・フリー・ジャズ・アンサンブルによる13分あまりにおよぶ1971年録音のトラック7「Music For Angela Davis」はエジプトのジャズ・シーンの初期フリー・ジャズをとらえた記録的価値があり、この曲はジョン・レノン&ヨーコ・オノ1971年のアルバム『Sometime In New York City』でも歌われている、ニューヨークの黒人女性政治活動家アンジェラ・デイヴィスの不当逮捕に抗議を表明したもので、軍事政権下に近かった1971年当時のエジプトでは音楽的・政治的にも、もっとも危険で先鋭的な姿勢による楽曲だったでしょう。本作のオリジナルLPはギリシャ盤のPraxisレコーズ、イギリスで初CD化された際もPraxisから未発表の3、7を提供されており、1971年12月にサン・ラ・アーケストラは初のエジプト公演を成功させていますから、サラー・ラガブとの交友はその頃から始まっていたと思われます。本作に収められているラガブ関連の音源はサン・ラとラガブの出会い以降の演奏なので、ラガブがもともとレコードを通してサン・ラに影響を受けていたミュージシャンなのか、サン・ラとの交友以降サン・ラからの影響の強いミュージシャンになったのかは、本作だけではわかりません。ただしサン・ラの側でもラガブの音楽的指向性は大いに認めていたのが、ラガブをリーダーにしたアーケストラによるThe Cairo Jazz Bandによる2曲からも伝わってきます。サン・ラ・アーケストラは多彩な音楽性を持ったバンドですからラガブのレパートリーだったとおもわれるエドゥアール・ヴィズヴァリ作の曲「Ramadan」「A Farewell Theme」も見事にこなしていますが、おそらくこの2曲はラガブのバンドと共演した際にサン・ラ・アーケストラのセット内でラガブを迎えて演奏されたのでしょう。サン・ラの楽曲ではなく、ラガブをリーダーに立てただけでこれもアーケストラの演奏と言われれば一応納得もいきますが、いつものアーケストラとはかなり違う、どこか蒸し暑いサウンドはサン・ラも含むアーケストラの演奏ながら、別のバンドと言われればそれでも通ってしまう印象を受けます。

 またラガブのバンドによる「Oriental Mood」や、ラガブがメンバーとして参加しているThe Cairo Free Jazz Ensembleによる1971年録音の「Music For Angela Davis」もそうですが、サン・ラのアルバムに紛れこんでいたならこういう演奏もアーケストラの作風かと錯覚してしまうくらいアーケストラの多彩さの一端に近いサウンドながら、やっぱりアーケストラとは違うなあと少し聴き進めると痛感します。アーケストラのアルバムにシカゴのサン・ラのマネジメントが地元ジャズマンを集めて制作した贋作と推定されている『Song of the Stargazers』(El Saturn, 1979)がありましたが、全曲新曲オリジナルとクレジットされた同作も熱心なマニアの検証によってほぼ贋作の定説が立ったように、なかなか似せてはあるものの、本家サン・ラ・アーケストラとはどこか毛色の違うアルバムでした。甚大な影響力を誇るチャーリー・パーカーのフォロワーがパーカーに似せてもどこか違うように、アーケストラほど多彩なバンドならこういう演奏もありかと思えそうで、本家とは似せても似ないサウンドの癖が感じられます。パーカーとサン・ラ・アーケストラでは全然作風は異なりますが、本家の楽曲や演奏は自然で十分な緩急があり、せせこましかったり詰めこみすぎていない、緊張感と余裕がともに感じられる、無理な力も入っていなければそれでいて充実した聴きごたえと聴き飽きない流露感があります。一方フォロワーの演奏にはどこかくどく作為的な誇張があり、味つけに癖が感じられ、何か下敷きになっているものの継ぎ目が見えるような気がしてきます。カイロ・フリー・ジャズ・アンサンブルの「Music For Angela Davis」で言えば、サン・ラの『ナッシング・イズ』(『Nothing Is...』ESP, 1966)に加えて、ペーター・ブロッツマンの『マシンガン』(The Peter Brotzmann Octet『Machine Gun』FMP, 1968)やフレッド・ヴァン・ホーフの『レクイエム・フォー・チェ・ゲバラ』(Fred Van Hove『Requiem For Che Guevara』MPS, 1969)を重ねて連想しないではいられません。いずれも‘60年代フリー・ジャズの名盤として上げられるアルバムですが、『ナッシング・イズ』と『マシンガン』、『レクイエム・フォー・チェ・ゲバラ』はそれぞれまったく異なる作風なのに、カイロ・フリー・ジャズ・アンサンブルの演奏はそれらが継ぎはぎになっています。サラー・ラガブ・クインテットの「Oriental Mood」にもそれが言えて、こちらは小編成の時のサン・ラとアート・アンサンブル・オブ・シカゴを合わせてもっと土俗的にしたような演奏で、ペルシャの民族楽器の横笛(フルートの一種)ネイをフィーチャーしているのは面白く聴けますが、ラガブの音楽を本家サン・ラ・アーケストラが演っているカイロ・ジャズ・バンドの「Ramadan」「A Farewell Theme」とも1、2度聴くともういいやという気になります。

 ギリシャのPraxisレコーズはこれらの音源を保管していて、1983年にエジプト公演を行ったサン・ラ・アーケストラの最新録音「Egypt Strut」「Dawn」をLPのA面に、B面にはサン・ラとラガブの親交を示す‘70年代の旧音源を収録し、さらに1999年のCD化ではアーケストラ単独の1984年1月のエジプト公演ライヴからの「Watusa」19分、13分ものラガブの在籍した1971年のカイロ・フリー・ジャズ・アンサンブルの「Music For Angela Davis」を加えてよりアーケストラとサラー・ラガブ~エジプトとの関係を強調したアルバムに仕立てたわけですが、結果的にサン・ラ・アーケストラはサン・ラのリーダーシップあってこそのバンドであり、ラガブの参加でラガブを立てると一本調子なサウンドが気になり、またラガブのバンドや参加バンドはアーケストラやヨーロッパのフリー・ジャズからの直接的影響から発して、オリジナリティを打ち出すほどのレベルには達していなかったのも示すアルバムです。本作発表の1983年には民主化が進んでいたとはいえ、‘70年代のエジプト、ギリシャは社会主義国を建て前にした軍事独裁国家であり、Plaxisレコーズ側としては発表したくてもできなかった音源をサン・ラとラガブの接点からまとめてみようという意欲的なリリースだったでしょう。しかし本作はオリジナルLPではサン・ラのスペース・ファンク路線の名曲と呼べる新作オリジナル曲「Egypt Strut」「Dawn」に尽き、増補版CDではLPなら片面全面にもおよぶ19分もの「Watusa」までの3曲で、結局純粋にサン・ラ・アーケストラによるトラックがずば抜けて良いというアルバムになっています。またラガブをドラマーに迎えた1984年のアーケストラのエジプト公演はPraxisから1984年~1986年にリリースされた『Live at Praxis 84』Vol.I~Vol.IIIの三部作にまとめられ、さらに発掘ライヴ『Sun Rise in Egypt』Vol.1~Vol.3 (Sphynx Records, 2006)もリリースされましたので、本作の「Watusa」はスペシャル・サンプラー的な追加曲にとどまります。しかし本作のオリジナルLPのA面に収められた新作オリジナル曲「Egypt Strut」「Dawn」はライヴでは演奏されておらず、またラガブ中心に編まれたLPのB面3曲、CD追加トラックのカイロ・フリー・ジャズ・アンサンブル「Music For Angela Davis」によって本作はオリジナルLP、再発売CDともサン・ラとラガブ~エジプトのフリー・ジャズ・シーンの対照が際立つ独自のコンセプトを持っており、贋作アルバム『Song of the Stargazers』よりもフェアに楽しめるアルバムです。マニア向けではありますが、一聴して損はなく、またCDは実質2in1CDほどの分量で、名曲「Egypt Strut」「Dawn」にCD追加トラック「Watusa」だけでサン・ラ・アーケストラのエジプト録音アルバムとして十分な満足感の得られる、あとの半分はラガブのアルバムとしてエジプトのジャズに触れられるアルバムです。オリジナル・アルバムとしても企画アルバム(コンピレーション盤)としても一見中途半端に見えて、本作もサン・ラのディスコグラフィー上無視できない、あなどれない内容を備えたアルバムです。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)