ジャッキー・デシャノン - ウォーク・イン・ザ・ルーム (Rockbeat, 2011) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

ジャッキー・デシャノン - ウォーク・イン・ザ・ルーム (Rockbeat Records, 2011)
ジャッキー・デシャノン Jackie DeShannon - ウォーク・イン・ザ・ルーム When You Walk In The Room (Rockbeat Records, 2011) :  

Reissued by MSI Records MSIG1257, Japan, 2019
All tracks written by Jackie DeShannon, except as noted.
(Tracklist)
1. When You Walk In The Room - 3:34
2. Put A Little Love In Your Heart (Jackie DeShannon, Randy Myers, Jimmy Holiday) - 2:37
3. Bette Davis Eyes (Jackie DeShannon, Donna Weiss) - 3:44
4. Heart In Hand - 1:43
5. Come And Stay With Me - 3:43
6. Don't Doubt Yourself Babe - 3:03
7. Needles & Pins (Jack Nitzsche, Sonny Bono) - 3:04
8. Breakaway (Jackie DeShannon, Sharon Sheeley) - 4:06
9. What The World Needs Now Is Love (Burt Bacharach, Hal David) - 4:11
10. Bad Water (Jackie DeShannon, Randy Myers, Jimmy Holiday) - 4:03
11. Will You Stay In My Life - 3:04
[ Credits ]
Jackie DeShannon - vocals, acoustic guitars, producer
Steve Luxenberg - acoustic guitars
Jim Pierson - executive-producer
Glen Matisoff - producer, engineer
Ron McMaster - mastering
Blue Fondue - art direction
Herb Ritz - cover photography
Michael Ragogna - liner notes
(Original Rockbeat “When You Walk In The Room“ CD Liner Cover, inner Gatefold Cover & CD Label)

 ロカビリー時代の1958年に17歳で女性ロック歌手としてデビューした、ケンタッキー州へイゼル生まれのジャッキー・デシャノン(本名シャロン殿堂マイヤーズ、1941年8月21日生まれ)さんは早すぎた女性シンガーソングライターで、ブリティッシュ・インヴェイジョン後も第一線で活動を続けましたが、シンガーソングライターが脚光を浴びた1970年以降にも力作アルバムを発表しつつもあまりにデビューが早すぎたために半ば過去の人あつかいされ、地味な存在に甘んじていました。デシャノンさんの経歴は、上に引いた過去記事で日本語版ウィキペディアよりも詳しく紹介してありますので、そちらをご覧ください。

 現在82歳のデシャノンさんは主にラジオDJとして活動し、各種の音楽祭にゲスト出演するマイペースな音楽活動を行っており、昨年1曲の新曲配信シングルを発表しましたが、アルバムは通算22作目の本作が今のところ最新作になっています。内容はアコースティック・アレンジによる代表曲のセルフ・カヴァー・アルバムで、70歳とは思えない容貌と衰えのない素晴らしいヴォーカルにため息が出ます。デシャノンさんは65年(!)におよぶキャリアで全米トップ40シングルが3曲のみ(バート・バカラックからの1965年の提供曲「世界は愛を求めている (What the World Needs Now Is Love)」が全米7位、1969年の自作曲「恋をあなたに (Put a Little Love in Your Heart)」が全米4位、やはり同年の自作曲「命ある恋 (Love Will Find a Way)」が全米40位)、全米トップ200アルバム・チャート入りが2作のみ(1968年の『Put a Little Love in Your Heart』が全米81位、1972年の『Jackie』が全米196位)と実力に見合ったヒット実績がなかったアーティストで、所属レコード会社もデシャノンさんの作曲力を買ってデシャノンさん本人のシングル、アルバムにはプロモーションが積極的でなく、コンサート・ツアーも行われなかったようです。ザ・サーチャーズのヴァージョンが大ヒットした「ピンと針」「ウォーク・イン・ザ・ルーム」もデシャノンさん自身のシングルは全米トップ100の下位にぎりぎり入る程度でした。「ピンと針」はプロデューサーのジャック・ニッチェと当時セッションマンのソニー・ボノの共作名義ですが、実際にはボノが歌っていた鼻歌をニッチェが楽曲にまとめようと提案し、デシャノンさんがピアノで曲にまとめたという経緯だそうですから、実質デシャノンさん自身のオリジナル曲です。当時は女性シンガーソングライターの自作曲は軽く見られたのでニッチェとボノの共作として発表された、という背景があったわけです。

 所属レコード会社のリバティー/インペリアルは歌手としてのデシャノンさんの実力も買っていたので、‘60年代のデシャノンさんは自分のアルバムではカヴァー曲や提供曲が中心、自作オリジナル曲は他のアーティストに提供という方針を取らされていました。デシャノンさんの提供曲はブレンダ・リー、アーマ・トーマス、リッキー・ネルソン、マリアンヌ・フェイスフルらによってスマッシュ・ヒットになりました。デシャノンさん初の大ヒット曲が、バート・バカラックがディオンヌ・ワーウィック用に書くも没になった「世界は愛を求めている」(全米7位)になったのは皮肉です。その四年後デシャノンさんは実弟のランディー・マイヤーズ、友人のジミー・ホリデイと共作した自作曲「恋をあなたに」(全米4位)でようやく自作自演曲のヒットを飛ばしますが、同路線の「命ある恋」は全米40位、その2曲を含んだアルバム『Put a Little Love in Your Heart』は全米81位(デシャノンさんのアルバム中最大のチャート成績)と、相変わらず大ブレイクとは無縁でした。1970年代になってデシャノンさんより1歳年下のキャロル・キングのアルバム『つづれおり (Tapestry)』(A&M, 1970)の特大ヒットによってシンガーソングライターのブームが訪れ、デシャノンさんはアトランティック・レコーズに移籍しシンガーソングライター作品を3作制作されましたが、その力作『Jackie』も全米196位の成績に終わり、さらにCBSコロンビアに移籍するも1975年の『New Arrangement』1作限りで終わります。ただしこのアルバムで初発表された「ベティ・デイビスの瞳 (Bette Davis Eyes)」は1981年にキム・カーンズが鮮やかなアレンジでカヴァーし全米No.1ヒットを9週間、世界各国でも9か国でNo.1ヒットとなり全米年間チャート1位、1982年2月の第24回グラミー賞で最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞を受賞しました。最優秀楽曲賞は作詞・作曲家に贈られる賞ですから、デシャノンさんと共作者のドナ・ワイスさんは初の、そして現在までも、女性ソングライターとして唯一のグラミー賞最優秀楽曲賞受賞ソングライターになりました。

 新曲1曲(「Will You Stay In My Life」)を含む本作はデシャノンさん自身のプロデュースで、全11曲・37分の簡素なアルバムですが、聴けば聴くほど味わい深い、派手さは微塵もないながら若いアマチュアのギター弾き語り歌手の方にはぜひ聴いていただきたい、すでにキャリア50年を越えた女性シンガーソングライターのアルバムとは思えない瑞々しい佳作です。デシャノンさんはヴォーカリストとしても表現力が多彩で、黒人シンガーさながらのR&B曲も黒っぽく歌いこなせれば、白人ロック的なビート・ナンバー、カントリー、いかにもシンガーソングライター的なカジュアルなヴォーカル、AOR、フレンチ・ポップ的ウィスパー・ヴォイスまで見事に歌いこなす人でした。本作ではセルフ・カヴァーのアコースティック・アルバムという性格から、おそらくもっともデシャノンさんの自然なスタイルで歌っていると思われますが、地味ながら艶と張りがある声質は穏やかで滑らかな歌い口と相まって、とても70歳を迎えた初老の女性シンガーとは思えません。まだ30代後半と言っても通じるジャケット通りの声が聴け、さらに自作自演歌手ならではの深い解釈がどの曲も最高のパフォーマンスを生み出しています。ポップ・スターとしてもてはやされるキャリアを通らなかったのが、ジャッキーさんをエヴァーグリーンなアーティストにしたのだと思います。YouTubeで近年のテレビ出演映像などを観ると、本作から10年以上を経た、80代を越えた今でも容姿と歌声の衰えがないのは驚異的です。もともとライヴ活動に積極的でなかったデシャノンさんが健在なうちに来日公演をしてくれる可能性はまずなさそうですが、元ラヴィン・スプーンフルのジョン・セバスチャンや元ラスカルズのフェリックス・キャヴァリエ(ともに1944年生まれ)、モンキーズ唯一現存メンバーのミッキー・ドレンツ(1945年生まれ)ともども、どこか見識あるプロモーターが日本にお呼びしていただけないものでしょうか。