チョコレート・ウォッチバンド(3) ワン・ステップ・ビヨンド (Tower, 1969) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

チョコレート・ウォッチバンド - ワン・ステップ・ビヨンド (Tower, 1969)
チョコレート・ウォッチバンド The Chocolate Watchband - ワン・ステップ・ビヨンド One Step Beyond (Tower, 1969) 

Released by Capitol / Tower Records ST5153, 1969
Produced by Ed Cobb
(Side 1)
A1. Uncle Morris (Gary Andrijasevich, Mark Loomis) - 3:10
A2. How Ya Been (Danny Phay, Gary Andrijasevich) - 3:08
A3. Devil's Motorcycle (Gary Andrijasevich, Sean Tolby) - 2:59
A4. I Don't Need No Doctor (N. Ashford-V. Simpson) - 4:00
(Side 2)
B1. Flowers (Danny Phay, Gary Andrijasevich) - 2:48
B2. Fireface (Sean Tolby) - 2:49
B3. And She's Lonely (Mark Loomis, Sean Tolby) - 4:16
(Bonus Track)
8. Blues Theme (Mike Curb) - 2:09 (by The Hogs, Hanna Barbera 511, 1966)
[ The Chocolate Watchband ]
Danny Phay - lead vocals
Sean Tolby - lead guitar
Mark Loomis - rhythm guitar, backing vocals
Bill Flores - bass guitar
Gary Andrijasevich - drums, backing vocals
with featuring guest
Jerry Miller - lead guitar (on A3) 

(Original Tower "One Step Beyond" LP Liner Cover & Side 1 Label)

 チョコレート・ウォッチバンドのアルバム紹介も第三作の本作『ワン・ステップ・ビヨンド ( 一歩後退)』が最後になりますが、なぜか先にご紹介した前二作の記事はそれなりに大勢の方が目にとめてくださったようで、欧米でも熱心なガレージ・ロック・リスナーにしか聴かれておらず日本での知名度や人気は皆無のこのバンドについての記事がなぜそんなにお目にとまったか不思議ながら、おそらく「チョコレート・ウォッチバンド」というバンド名が目を惹いたものと思われます。さて、第一作『ノー・ウェイ・アウト (出口なし)』'67では28分半全10曲中チョコレート・ウォッチバンドのメンバー全員による演奏が2曲しかなかったように(他8曲はスタジオ・ミュージシャンによる即席バンドやプロデューサーが連れてきたゲスト・ヴォーカリストの参加曲でした)、セカンド・アルバム『ジ・インナー・ミスティーク (内なる神秘)』も27分半全8曲中4曲はスタジオ・ミュージシャンによる即席バンドの演奏でチョコレート・ウォッチバンド自身の演奏は4曲、そのうち1曲はまたもやプロデューサーが連れてきたゲスト・ヴォーカリストが歌っていたありさまでした。西海岸の'60年代後半のロック・シーンでチョコレート・ウォッチバンドは最凶のライヴ・バンドとして一部の熱狂的ファンに支持されていましたが、レコードはキャピトル傘下の半自主制作盤レーベル、タワー・レコーズからしか出せず、しかもトップ10ヒットになったアメリカ初のガレージ・ロックのヒット曲とされる「Dirty Water」(ザ・スタンデルス、1965年11月)の実績のあった独立プロデューサーのエド・コブはチョコレート・ウォッチバンドを流行のサイケデリック・ロックのバンドとして売り出そうとしたので、元来ガレージ・パンクな演奏しかできないチョコレート・ウォッチバンドはみすみすコブのプロデュースに従ってしまいます。その結果チョコレート・ウォッチバンドのアルバムなのにスタジオ・ミュージシャンの覆面バンドがサイケデリック・ロック風の演奏をしているのが収録曲の大半を占めた、というのがデビュー・アルバムとセカンド・アルバムでした。しかもしょせんは即席バンドのやっつけ演奏(ながら腕の立つスタジオ・ミュージシャンによるためにモンドなサイケデリック・インストとしてはなかなかの出来)の上にチョコレート・ウォッチバンド自身はライヴでは演奏できない、ライヴのチョコレート・ウォッチバンドの音楽と全然違う、という弊害も出てきます。セカンド・アルバム発表後バンドの状態はジリ貧になっていました。本来のバンドのファンまで離れてしまったのですから当然です。また、チョコレート・ウォッチバンドの純粋なガレージ・パンクの音楽性が初期シングルの1966年頃ならともかく、この頃にはすっかり時代遅れになっていたのもありました。

 そしてバンドはサード・アルバム『ワン・ステップ・ビヨンド (一歩後退)』でついに全曲バンドによる歌と演奏によるアルバムを実現します。しかし内容はといえば、メジャー・デビュー後のヴォーカリストのデイヴ・アギラー参加前の、前身バンドのザ・ホッグス(ボーナス・トラック参照)時代のヴォーカリストのダニー・フェイ在籍時のデビュー・アルバム以前のデモ録音に、フェイが一時復帰した5人のメンバーでヴォーカルや演奏のリテイク、リミックスをし直したものでした。つまり本作はデビュー作前の3~4年前の録音を今さら引っ張り出してきたもので、アシュフォード&シンプソン作のレイ・チャールズの名曲「アイ・ドント・ニード・ア・ドクター」(のちにハンブル・パイが再ヒットさせます)のカヴァー1曲を除いてメンバー自作曲で固めた初のアルバムでもあるのですが、元の録音自体がデビュー・アルバム以前のマテリアルです。これだけのオリジナル曲がありながら前2作はなぜメンバー自作曲がないのかも不思議ですが、デビュー・アルバムがAB面28分半全10曲、セカンド・アルバムがAB面27分半全8曲と'67年~'68年のアルバム(アナログLP)としても収録時間が少なかったのに、サード・アルバムではAB面全7曲23分弱とさらに貧弱になっています。7曲まとめてもLPの片面に収まる収録時間です。当時のビートルズやストーンズのLPの片面分にもおよびません。A面13分、B面は10分もありません。バンドをめぐる環境がジリ貧状態の上にデビュー・アルバム前の音源の手直し(A3にはモビー・グレイプの名手ジェリー・ミラーのゲスト参加リード・ギターが聴けますが、ほとんどのリスナーにはセールス・ポイントにならないでしょう)とは実に思い切ったことをやったもので、またジェリー・ミラーの参加のみならず本作の作風はメンバー自作曲の曲想もあってモビー・グレイプに近いもので今聴けばなかなか良いのですが、モビー・グレイプも当時にあっては商業的惨敗を舐めたバンドでした。

 本作は収録時間(収録曲)の少なさ、1969年とは思えないアナクロで時流外れの内容もあってまったく評判にならず、セールスも激減し、バンドは翌年解散に追いこまれてしまいます。また1999年の再結成以降の活動はデイヴ・アギラーを中心にデビュー・アルバムとセカンド・アルバム時のレパートリーを中心としているため、本作は顧みられることの少ないアルバムになっています。しかしサード・アルバムでようやく全編バンド自身の演奏、しかもデビュー・アルバム以前の音源の焼き直し、さらにそれがラスト・アルバムとは当時の数々のバンドにあっても似た例が思いつかないので、オリジナル・チョコレート・ウォッチバンドは3作アルバムがあっても実態のつかめない謎が残ります。出演映画(劇中バンドとしての出演)こそインディー映画の『サンセットストリップの暴動 (Riot on Sunset Strip)』1作がありますが、映像はおろか、全盛期の発掘ライヴ、純粋なスタジオ・ライヴ音源すら少ないので、バンド全盛期を知るロサンゼルスのオールド・ファンにロンドン・パンクなど偽物だとさえ言わしめた全盛期の最凶のライヴ・バンドぶりは想像するしかありません。それには3作のアルバムと再結成後に編まれた‘60年代ロック研究の第一人者アレック・パラオさんとバンド自身の監修による2枚組CDの'60年代の全音源集『Melts in Your Brain...Not On Your Wrist! : The Complete Recordings!』(Big Beat, 2005)、わずかな映像しか手がかりがないのです。その謎めいた存在感ゆえに今なおチョコレート・ウォッチバンドはアメリカ西海岸ローカルのリスナーのみにカルト的人気を誇るバンドです。かく言う筆者もカンタベリーだかRIOだか何だか知りませんが、しゃらくさいインテリ気取りのアート・ロックよりよほどチョコレート・ウォッチバンドのようなうさんくさくも一本気なバンドに、何度聴いても飽きない魅力を感じます。デビュー作のA1「Let's Talk About Girls」1曲でチョコレート・ウォッチバンドはヴァン・ダー・グラーフだかキング・クリムゾンだかヘンリー・カウだかアレアだか知りませんが、有象無象の「一流」アート・ロック・バンドの全キャリアを粉砕します。この永遠の落第生バンドの秘める謎に行きついてこそ、知覚の扉は開けます。ぜひお聴きください。そして存分に「これのどこがいいのだろう?」とお悩みいただきたいものです。代表曲「Let's Talk About Girls」の初録音のスタジオ・ヴァージョン、50年あまり(!)を経た近年のライヴをお聴き較べください。またスタンデルスらも登場しサントラ盤もリリースされた1967年の映画『Riot on Sunset Strip』(Tower  LP5065, July 1967、デビュー作『No Way Out』の2か月前リリース)のサウンドトラック盤からの2曲(ともに単独アルバム3作には未収録のバンド自作曲かつヴォーカルにアギラー参加後のバンド自身の演奏で、この本来の荒々しいバンド自身のオリジナル曲2曲の路線と水準で全12曲のアルバムが作られていたら本物の必聴の名盤が生まれていただろうと唸らせます)と映画のワンシーンでの絶頂期のチョコレート・ウォッチバンドのガレージ・パンクそのものの出演場面(映画ですから観客は整然と踊っていますが、チョコレート・ウォッチバンドのライヴは暴動寸前で身の危険を感じるほどだったという伝説を裏づけるものです)、セカンド・アルバムでカヴァーしたキンクスの怒りと悲しみに満ちた(いじめられっ子の語り手が、路地裏で袋だたきになりながら「おれは誰とも違うんだ!」と必死にこらえる情景を描いた名曲です)「I'm Not Like Anybody Else」の貫禄あふれる2018年のライヴ映像も引いておきます。2000年代の再結成以来、バンドはロック史研究家(ゾンビーズ全集『Zombie Heaven』、イギリス盤GSコンピ『GS I Love You』シリーズ、スパイダースのイギリス盤ベスト・アルバム『Let's Go Spiders!』などを手がけた)にしてミュージシャンのアレック・パラオをベーシストかつプロデューサーに迎えて活動していますが、年齢相応に容貌には肥満が目立つとはいえ、このチョコレート・ウォッチバンドの今なお瑞々しい現役感は、ストーンズやキンクスどころではありません。
◎The Chocolate Watchband - Let's Talk About Girls (Tower, 1967) :  

◎The Chocolate Watchband - Let's Talk About Girls (Live in Seattle, 2018) :  

◎The Chocolate Watchband - Don't Need Your Lovin' (D.Aguilar) (from the album "Riot on Sunset Strip", Tower, July 1967) :  

◎The Chocolate Watchband - Sitting There Standing (Loomis, Flores, Tolby, Aguilar, Andrijasevich) (from the album "Riot on Sunset Strip", Tower, 1967) : 


(旧記事を手直しし、再掲載しました)