サン・ラ - ダンス・オブ・イノセント・パッション (El Saturn, 1981) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - ダンス・オブ・イノセント・パッション (El Saturn, 1981)
(Reissued Enterplanetary Koncepts Front Cover)サン・ラ Sun Ra and his Arkestra - ダンス・オブ・イノセント・パッション Dance of Innocent Passion (El Saturn, 1981) :  

Recorded live at the Squat Theater, New York, 1980
Released by El Saturn Records Sun Ra 1981, 1981
Reissued by Enterplanetary Koncepts, 4 x File, FLAC, May 8, 2015
All Composed and Arranged by Sun Ra
(Side A)
A1. Intensity - 6:12
A2. Cosmo Energy - 18:10
(Side B)
B1. Dance of Innocent Passion - 11:36
B2. Omnisonicism - 6:10
[ Sun Ra and his Arkestra ]
Sun Ra - organ, synthesizer
Walter Miller - trumpet
Michael Ray - trumpet
Vincent Chancey - french horn or fluegelhorn
Ray Draper - tuba
Marshall Allen - alto saxophone, flute, oboe
John Gilmore - tenor saxophone
Danny Ray Thompson - baritone saxophone, flute
James Jacson - basoon, flute, Ancient Egyptian Infinity Drum
Skeeter McFarland - electric guitar
Taylor Richardson - electric guitar
Richard Williams - bass
Harry Wilson - vibraphone
Damon Choice - vibraphone
Luqman Ali - drums
Reg McDonald - drums
Eric "Samurai Celestial" Walker - drums
Atakatune (Stanley Morgan) - percussion 

(Original El Saturn "Dance of Innocent Passion" LP Front/Liner Cover & Side A/B Label)

 1980年度のサン・ラはライヴ録音が続きますが、本作も『Voice of the Eternal Tomorrow』と同じニューヨークのスクワッド・シアター公演でのライヴ・アルバムです。ただし『Voice of~』が9月録音と判明しているのに対して、本作の収録月日は1980年録音という以外不明で、メンバーや楽器編成も異なっていることから同日録音ではないようです。大きな違いはエレキ・ギターが二人おり、さらに珍しく有名人ゲストが加わってフィーチャーされていることで、有名人といってもレイ・ドレイパー(チューバ)ですが、ドレイパーは'50年代後期にモダン・ジャズのチューバ奏者現ると話題を呼び若干16歳でデビュー、ジョン・コルトレーンやジャッキー・マクリーンとの共作アルバムを作り、マックス・ローチ・クインテットに迎えられた人でした。しかし'60年代にはジャズの仕事もなくなりアート・ブレイキー宅に空き巣に入ったり、ロック系のセッションマンとなってミック・ジャガーをカツアゲしてイギリス追放になったりしたそうで、1982年に借金取りとケンカして殺害されたそうです(享年42歳)。つまり本作は晩年のドレイパーが聴ける数少ない(他にもあるのか不明ですが)貴重なアルバムでもあります。こういう人を平気でゲストに迎えるのがサン・ラの懐の空より広く海より深いところで、世の中にはドレイパーのように刹那的に生きてみたい人も多いでしょう。ひょっとしたらドレイパーの遺作になった作品かもしれないと思うと(重複表現ですが)ますます感慨ひとしおです。

 また本作のオリジナル盤はジャケットの適当さにも磨きがかかっており、別ジャケットもさらに2種類が確認されています。というより無地ジャケットと手製ジャケット2種類のどれがオリジナルか判別できず、メンバーとスタッフ、ファン有志が分担してバラバラに制作したものと思われます。Enterplanetary Konceptsからの配信再発売ではどのジャケットも採用せず、当時のサン・ラのステージ・ショットをあしらったかっこいい新規写真ジャケットに変更しています。今後はCDジャケットの方が標準になるでしょう。内容の充実と真逆に真っ逆さまに低下していく粗悪ジャケットもサン・ラらしく、ここまで来ると公式ブートレッグどころではない茶目っ気すら感じます。しかもレーベルのAB面が逆に収録されています。ドレイパーさんのようなやばい人をゲストに迎えて大々的にソロをとらせる態度と一貫した姿勢を感じます。『Voice of~』の回でも触れましたが、スクワッド・シアターはニューヨークに移住してきたハンガリー動乱難民によるマイノリティのためのコミュニティ施設であり、前衛演劇や前衛美術に門戸を開いて商業的演目などほとんどやらなかったと言います。客層も少数民族系のインテリ白人が大半だったでしょう。サン・ラは黒人文化至上主義者でしたが排他的な差別主義者ではなく差別撤廃主義者でした。サン・ラはいつもそうですが、自分の音楽を特別なメッセージと見做していました。アーケストラの音楽が強烈な訴求力を持つのは演奏の底流に熱烈な切迫感があるからです。スクワッド・シアター公演のような演奏環境ではいつにも増して聴衆に対峙した高い精神性が発揮され、それが本作の過激なサウンドを説得力あるものにしています。

 本作のサウンド傾向は『Voice of the Eternal Tomorrow』と共通したものですが、アンサンブルは2ヴィブラフォンをフィーチャーした『Voice of~』よりも2ギターを導入した1980年末のデトロイト・ジャズ・センターの一週間公演のライヴ『Beyond the Purple Star Zone』『Oblique Paralax』により近いものです。ただし抽象度の高さは『Voice of~』との姉妹作ならではの実験性を感じさせ、オルガンとシンセサイザーの用法はおそらく年末の『Beyond~』『Oblique~』よりさらに前面に出ています。完全即興であろうにもかかわらずサン・ラのキーボードがリードする有機的なアンサンブルはスクエアなイン・テンポで展開する局面も多く、1970年代初頭の実験派ジャーマン・ロック=クラウトロック的なサイケデリック系プログレッシヴ・ロックを思わせる面もあります。つまりカンやアモン・デュールIIに似ていなくもありませんが、ジャーマン・ロック勢からはクラウス・シュルツェを例外に'70年代中期には実験性もサイケデリック性も薄れてしまったので、本作と前後するアーケストラのアヴァンギャルド路線にはサン・ラの意地を見る思いがします。そういえばシュルツェもドイツの元祖シンセサイザー大魔神と呼ばれた人ですが、シュルツェのシンセサイザー使用はセカンド・アルバム『Cyborg』'73以降ですのでサン・ラより数年遅れています。ジャズマンのサン・ラの方がロック畑のミュージシャンよりシンセサイザー使用(しかも実験的)が早かったのはもっと注目されていいことです。電気楽器奏者としてもサン・ラのキーボード使用は同時代に類例を見ないもので、'60年代中期から多様な特種キーボードを楽器本来の音色から大胆に電子変調させて成果を上げてきました。

 このアルバムも前後作同様、フル編成のアーケストラでありながらビッグバンド的なフル・アンサンブルではなく、またバップ的にフィーチャリング・ソロを回すのでもなく、少数の楽器が入れ替わり立ち替わり絡み合う展開になっています。集中力はいつもながら素晴らしく、伏線を撒くだけ撒きながら全然回収しないB級サスペンス映画のようなインスピレーションに満ち溢れています。A面でシンセサイザー/オルガンと一騎打ちするテナー、長いパーカッション・パートもいいですが、本作の白眉はB1のアルバム・タイトル曲「Dance of Innocent Passion」に尽きるでしょう。この曲はバロック的な激しいサン・ラのソロ・オルガン前奏の後にマイルス・デイヴィスの1974年のアルバム『Get Up with It』収録曲「Maiysha」に似た曲想になり、ギターとチューバの同時ソロがオルガンに包まれて進行する美しい演奏になります。メンバーはマイルスを参照したかもしれませんが、このトロピカル路線はもともとサン・ラには'50年代からあったものです。「Maiysha」でオルガンを弾いているのはマイルス本人です(当時マイルス・バンドにはキーボード奏者不在でした)。楽曲の発表年では逆ですが、これではマイルスがサン・ラみたいではありませんか。というより、マイルスがサン・ラにもっとも接近したのが1969年の『In A Silent Way』から1975年の『Agharta』『Pangaea』までの時期でした。むしろこの時期のマイルスをサン・ラを連想せずに聴く方が困難です。
◎Miles Davis - Maiysha (from the album "Get Up With It", 1974) :  


(旧記事を手直しし、再掲載しました。)