クラフトワーク(12) 人間解体 (Kling Klang/EMI/Capitol, 1978) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

クラフトワーク - 人間解体 (Kling Klang/EMI/Capitol, 1978)
クラフトワーク Kraftwerk - 人間解体 The Man-Machine (EMI/Capitol, 1978) 

Kraftwerk - Die Mensch-Maschine (Kling Klang/EMI Electrola, 1978) :  

Released by Capitol Records EST 11728, March 1977
German "Die Mensch-Maschine" Released by Kling Klang/EMI Electrola 1C 058-32 843, May 1977
Engendered by Joschko Rudas & Leanard Jackson
Produced by Ralf Hutter & Florian Schneider
All Lyrics by Ralf Hutter except "The Model", lyrics by Hutter and Emil Schult., All Compositions by Ralf Hutter, Florian Schneider & Karl Bartos
(Side 1)
A1. ロボット The Robots (Die Roboter) - 6:11
A2. スペースラボ Spacelab - 5:51
A3. メトロポリス Metropolis - 5:59
(Side 2)
B1. モデル The Model (Das Model) - 3:38
B2. ネオン・ライツ Neon Lights (Neonlicht) - 9:03
B3. マン・マシーン The Man-Machine (Die Mensch-Maschine) - 5:28
[ Kraftwerk ]
Ralf Hutter - voice, vocoder, synthesizer, keyboard, Orchestron, Synthanorma Sequencer, electronics
Florian Schneider - vocoder, Votrax, synthesizer, electronics
Karl Bartos - synthesizer, electronic drums
Wolfgang Flur - electronic drums
(German Kling Klang/EMI Electrola "Die Mensch-Maschine" LP Liner Cover, Gatefold Inner Cover & Seite A/B Label)

 国際盤『人間解体 (The Man-Machine)』に2か月遅れて前々作『放射能 (Radio-Activity)』'75以来恒例のドイツ語盤『Die Mensch-Maschine』も発売された本作は、前々作『放射能』、前作の『ヨーロッパ特急 (Trans-Europe Express)』'77に続いてクラフトワーク自身のクリング・クラング・プロダクション制作、配給はEMIレコーズ(国際盤はEMI/Capitol)からリリースという体制になってからの3作目に当たります。『アウトバーン (Autobahn)』'74以前の初期3作のアルバムは録音エンジニア兼プロデューサー、コニー・プランクが手がけたものでしたが、クラフトワークは『アウトバーン (Autobahn)』を最後にプランクの許を離れたので、クラフトワーク自身の本格的なオリジナリティの確立はむしろプランクからの独立以後にあることがわかります。本作は『放射能』『ヨーロッパ特急』からさらに精度を高め音数を切り詰めたもので、代表曲A1、B1を聴いただけでもその洗練度には驚嘆します。前作にはまだ残っていた生楽器の音色は、本作ではついにエフェクトを通したヴォイス、ヴォーカルにしか残っていません。楽曲構成の定倍数でのシークエンス化も徹底したもので、曲名やアルバム・ジャケット、メンバーの匿名的ファッション・コンセプトまで機械の音楽を演奏する機械人間グループというイメージを徹底しました。ヴィジュアル・イメージはナチス政権下のドイツの構成主義を基調としており、'70年代にあっては共産圏の全体主義社会体制を連想させるものでしたが、ジャケットのメンバーたちは東(共産圏)ならぬ西向きのポーズをとっています。そうした政治的暗喩も発表当時は話題になりました。また本作は電子パーカッションのカール・バルトスが初めてヒュッター&シュナイダーと同格に楽曲を共作し、リズムの精度が飛躍的に高まったのが高い完成度につながりました。『放射能』以降クラフトワークの音楽は精度の追究の音楽になり、現代音楽でもポピュラー音楽でもごく一般的な偶然性や蓋然性、即興性とはまったく異なる発想を持ち、しかもポピュラー音楽として成立するという前人未踏の領域に踏みこみました。本作はその完成型としてクラフトワーク作品中でも前作『ヨーロッパ特急』とともに頂点をなすアルバムです。そうしたクラフトワークの特異性は、初リリース当時には新奇すぎて一般のリスナーの理解を超越していましたが、にもかかわらず圧倒的なインパクトによって多くのポピュラー音楽のミュージシャンとリスナーをねじ伏せたのです。

 本作が日本盤LPで昭和53年に発売時、ライナーノーツ(解説書)は伊藤政則氏が執筆しており、氏の評価はプログレッシヴ・ロックの超克というクラフトワーク観からでした。当時のSF映画ブーム(『スター・ウォーズ』や『未知との遭遇』)との関連からのクラフトワークの電子音楽への注目というのもあながち曲解ではないので、本作で非ロック的な電子音楽ポップスの頂点に達するまでのクラフトワークをも含めた大きなプログレッシヴ・ロック観を前提とすれば、イギリスのロック・バンド然としたプログレッシヴ・ロックだけがプログレッシヴ・ロックではなく、ドイツの実験派ロック勢の中で本作のクラフトワークが究めたほどスタイルを突き詰めたグループはなく、同時代的にそうした動向を追ってきた氏にとっては、アルバム『人間解体』は'70年前後の実験的なプログレッシヴ・ロックの数々の流派の中から、'70年代終わり近くに突出して達成されたポスト・プログレッシヴ・ロック、としたのも正統な評価と解するべきで、後のテクノポップ~テクノからさかのぼった評価ではない同時代的な見方がそこにあります。しかし完成型というのは模倣の対象にしやすいことにもなるので、前作と本作でクラフトワークが示したスタイルはあっという間に多くのフォロワーを生むことになりました。それが次作『コンピューター・ワールド (Computer World)』'81までの3年の空白に反映されたのにスタイルの創始者であるクラフトワークの苦汁があります。また伊藤氏が本作で激賞したクラフトワークのテクノ・ポップ観は「機械化された現代社会への警鐘」という観点が基調です。「もはや、クラフトワークの音空間の表現力は、プログレッシヴ・ロックでもエレクトリック・サウンドの洪水でもなく、ポップさの中に秘めた説得力ある人間の叫びに他ならない。68年に初めて宇宙に発った彼らの音が、今その宇宙のはるか彼方で屈折し再び地球の彼らのもとに帰ろうとしている。故に、より人間性の回復に近い音として僕らの耳に響く。その音が地球に届く日はそう遠くはない……!」というのが「78.4.11.伊藤政則」と文末に記された伊藤政則氏のライナーノーツの結びです。伊藤氏らしい熱っぽい(ただしあまり論理的な整合性はない)名調子の楽しめる名文で、リマスター盤発売以前の日本盤CDにはLP時代のこの伊藤氏のライナーノーツがそのままインサート解説書に転載されていたのですが、これは従来のカウンター・カルチャー的なロック観に足を取られたもので、クラフトワークの意図について明らかな読み違えが見られます。クラフトワークのアルバムで最短収録時間(約29分)でありながら一点の隙もなく充実した本作は、伊藤氏の激賞するような「人間性の回復」ではなく明らかに「非人間性と機械化への意志」をテーマとしたものであり、本作の画期性も衝撃度も、またフォロワーの追従を許さない究極的な完成度も人間的な精神性を一切切り捨てた作品性至上主義にあり、肉体性の機械化はすべてその目的を達成するためのものです。そうしたクラフトワークの真意は一旦テクノ・ポップの流行が過ぎた1980年代半ばにようやく正当に再評価されることになるので、本作は'60年代のビートルズのアルバムのように発売即最大の瞬間風速を'70年代の音楽シーンにおよぼしたアルバムでした。複製人間のようなメンバー写真のジャケット、AB面にほぼ均等な時間配分の楽曲が3曲ずつ、という本作の毒は速効性と持続性をともに備え、今なお超えられないエレクトリック・ポップの金字塔としてそびえ立っています。それは『アウトバーン』ではまだ萌芽だったものであり、この究極のスタイルを、クラフトワークはほとんど独力で打ち立てて見せたのです。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)