カン(15) ゾースト1970冬ミクスド・メディア・ショウ (TV Broadcast) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

カン - ゾースト1970冬ミクスド・メディア・ショウ (TV Broadcast)
カン Can - ゾースト1970冬ミクスド・メディア・ショウ Soest, 1970, Winter Mixed Media Show (TV Broadcast) :  

All written and composed by Can.
(Tracklist)
1. Sense All of Mine - 4:38 (0:04:50)
2. Oh Yeah - 18:30 (0:23:20)
3. I Feel Allright - 13:20 (0:36:43)
4. Mother Sky - 6:28 (0:43:09)
5. Deadlock - 5:09 (0:48:17)
6. Bring Me Coffee or Tea - 20:15 (1:08:28)
7. Don't Turn the Light On, Leave Me Alone - 4:45 (1:13:35)
8. Paperhouse - 11:08 (1:24:30)
[ Can ]
Holger Czukay - bass
Irmin Schmidt - keyboards
Michael Karoli - guitar
Jaki Liebezeit - drums
Kenji "Damo" Suzuki - vocals

 本作は文句なしにカン最高のライヴ映像で、アルバム『Tago Mago』の制作が1970年11月~1971年2月ですから、このテレビ番組「Rockpalast」収録のコンサートはまさにアルバム制作中に企画・撮影されたことになります。『Tago Mago』は1971年2月に完成されて同月発売されましたが、他のバンドなら異例なことでもマスターテープやジャケット原版までバンドが完パケで制作していたカンなら(ひょっとしたら初回プレスのカッティングまでバンドが行ったかもしれません)、完成即発売というより、発売月まで手を入れていたということかもしれません。ここまでアーティスト側がアルバム制作を自主管理する例は、もっと小規模で1980年代のポスト・パンク以降に散発的に行われたに過ぎません。7作目で英ヴァージンに移籍後は多少レーベルとの調整が入りますが、1979年の12作目『Can (Inner Space)』を最後に解散するまで、また1981年の発掘盤『Delay 1968』や1作限りの再結成アルバム『Rite Time』(Mute, 1989)まで、カンのアルバムはすべてバンドによる自主制作マスターが音源でした。中心メンバー3人がすでに30代のプロ・ミュージシャンだったとはいえ、原盤をバンドが自主制作することで音楽的自由と原盤権の保有、高い印税率を確保する、という発想は商業ロックやインディーズでも10年は先を行っていました。

 ユナイテッド・アーティスツ(リバティ)からアルバム発売されていた初期6作のカンは、友人の古城主の画家から無償でバンド専用スタジオを設置させてもらい、民生用機材でバンド自身によるエンジニアリングとエディティング、ミキシング、マスタリングを行っていました。テープ編集はシュトックハウゼン門下生のホルガーが専門家でした。『Soon Over Babaluma』まですべて2トラックのオープンリール・デッキで録音されたというのも驚かされます。7作目『Landed』はイギリスのヴァージンに移籍することになり、バンドは世界市場を意識して16トラックのデッキに買い替えています。ヴァージンから3作(さらに6作目までの2LPアウトテイク集)、ハーヴェストから2作を発表してカンは解散しました。ですが解散から2年して、カンとメンバーの全アルバムをリリースするためにカンのマネジメント担当のイルミン夫人ヒルダがスプーン・レーベルを設立、ユナイテッド・アーティスツ時代のアルバムはすぐにスプーン盤で再発売され、発掘盤『Delay 1968』も話題を呼びます。ヴァージン~ハーヴェストは原盤権をバンドとレーベルが共有していたようで、後期カンのアルバム再発売は多少遅れましたが現在は容易に入手できます。また『The Peel Sessions』(Strange Fruit, 1995) ,『Can Box』(Spoon, 1999),『Can Live』(Spoon, 1999),『Can DVD』(Spoon, 2004),『Tago Mago 40th Anniversary Edition』(Spoon, 2011),『The Lost Tapes』(Spoon, 2012)、最新のリリースでは創設メンバー4人に戻った専任ヴォーカリスト不在の時期のライヴですが『Live in Stuttgart 1975』 『Live in Brighton 1975』(ともにSpoon / Mute, 2021)など未発表映像・発掘音源のリリースもあり、カン再評価の波に乗って発表のたびに話題を集めています。

 回りくどい書き方をしましたが、それだけ発掘ライヴがリリースされても、スプーン・レーベルから正式発売されていない素晴らしいレア音源や映像が最高音質・最高画質でまだまだ多く残されており、『Can Live』よりも良い内容の正規の放送用ライヴ録音が少なくとも9枚あります。『Can DVD』はカラー映像で伝説的な長編ドキュメンタリーを収録していますが、ライヴとしてはこの『Soest, 1970, Winter Mixed Media Show』がB&Wながら画質・アングル・編集も良く、選曲・演奏ともに数等優れます。テレビ収録用の観客入りスタジオ・ライヴですが、『Tago Mago』制作真っ最中のバンドのクリエイティヴィティがライヴ・パフォーマンスにも反映しています。20歳のダモ鈴木の存在感も圧巻です。日本ではカンはヴァージン時代から本格的に認知されましたが、ダモ鈴木時代はなんだかカンの恥ずかしい過去、という風潮がありました。鈴木慶一氏がホルガー・シューカイの「Persian Love」をラジオでオン・エアした際に、「カンといえばダモ鈴木、イヤなやつでしたね」と実感のこもった証言をしていましたが、同年輩のダモ鈴木が日本のロック・ミュージシャンに傲慢な態度で面識していたとしても、これだけのライヴ・パフォーマンスを映像で観せられては納得しないではいられません。

 それほど『Soest, 1970, Winter Mixed Media Show』のダモは強烈なロック・ヴォーカリストで、1970年といえば9月にジミ・ヘンドリックスが、10月にジャニス・ジョプリンが亡くなっています。ジム・モリソンの急死が1971年7月なのを思い合わせても、カン、そしてダモ鈴木はかれらに一歩も譲らず、しかもさらにカン自体が創造力を高めている時期でした。ジミ、ジャニス、モリソンらを引き合いに出したのは実際にアメリカの'60年代末のロックの尖鋭性を引き継いだのは英米の'70年代ミュージシャンよりもクラウトロック勢と言える面があり、カンやアモン・デュールIIは本場アメリカから登場する可能性はないアナクロニズムのバンドでもありました。ほとんど軌を一にしたアナクロニズムが同時代の日本のロックにもあったことが'90年代以降再発見され、ジュリアン・コープの『Krautrock Sampler』『Japrock Sampler』などの独・日ロック研究も生まれています。カンのヴァージン移籍後のアルバムが現在評価が低いのは、6作目まであったアナクロニズムの強みからコンテンポラリーな工夫にバンドの姿勢が変化したからとも思えます。

 カンの発掘音源・映像への需要も再評価とともに高まりましたが、先に言及した『Can Box』に収録された1972年のドキュメンタリー『Free Concert』はインディー・フィルムでしたからライセンスの取得も容易だったのでしょう。英BBC放送用ライヴ『The Peel Sessions』はBBC直営レーベル、Strange Fruitからのリリースで全曲未発表曲になり、'73年2月(1曲)、'74年1月(1曲)、'74年10月(2曲)、'75年5月(2曲)を収録しており、ダモ在籍時の録音は73年2月の1曲のみで、18分弱もあるこの1曲で元はとれたとも言えますが、おそらくカンの『The Peel Sessions』完全版はこの2~3倍になると思われます。ダモ参加曲もフェイドアウトに終わっていますが、流出版では42分間のテイクがあります。これはBBCが版権を押さえているためにスプーンで完全版の発売ができないものと思われ、他にラジオ放送音源ではダモ在籍時の'71年のコンサート収録1種(73分)、'72年と'73年のスタジオ・ライヴ1種(74分)、'73年に別のスタジオ・ライヴ1種(36分)、コンサート収録2種(92分・68分)、ダモ脱退後の74年のスタジオ・ライヴ1種(22分)、イギリス人専任ヴォーカリストを迎えての76年のコンサート収録1種(43分)、77年にロスコー・ジー加入後のコンサート収録1種(75分)、さらにリーバップ加入後のコンサート収録1種(90分)があり、公式アルバム化されているラジオ放送音源はこのうち『The Peel Sessions』収録分(列挙したものとは重ならない)と、77年の音源から1曲が『Can Live』に収録されているにすぎません。

 あとは『Tago Mago 40th Anniversary』のボーナス・ディスクのライヴが、
1. Mushroom - 8:42
2. Spoon - 29:55
3. Halleluhwah - 9:12
 と48分もの'72年の絶頂期のライヴで、音質も演奏も良好ですが(スタジオ盤では4分の『Spoon』に30分もかけています。もっとも中盤は「Vitamin C」の原型、ラスト8分は素晴らしい出来の「Bring Me Coffee or Tea」のメドレーです)、実は『Free Concert』と同じ音源で、ぐっとありがたみは下がります。ダモ在籍時のライヴは、在籍末期になりますが1973年のコンサート収録2種(4曲92分・5曲68分)の方が凄まじい出来です。『The Lost Tapes』でも3曲分1972~1973年のライヴが聴けて出来もいいテイクですが、小出しにしないでフルアルバムにしてもらいたいところです。『Prehistoric Future June 1968』も、前記しなかった(ラジオ放送用音源ではないため)初期~後期のスタジオ・アウトテイク、リハーサル、ライヴもCD4枚におよぶレアトラック集として流出しており、『Tago Mago』アウトテイク1曲36分(フェイドアウト)、『Ege Bamyasi』アウトテイク1曲37分(フェイドアウト)というとんでもない代物もあります。1973年の92分ライヴは未発表曲37分、あとはアルバム収録曲で9分、32分、14分と大きく引き延ばされ、原曲とはまるでアレンジが違います。ダモ鈴木在籍最後のライヴになったという68分のラジオ放送音源はコンサート中盤からになるようですが、全5曲未発表で、カンの一連の素晴らしいアルバムは実際はとんでもない埋蔵量のアイディアから選び抜かれ、磨きぬかれたものとわかります。

 ロックパラストはドイツ国営放送の名物テレビ番組で、1971年に番組「ビート・クラブ」で1曲『Paperhouse』のスタジオ・ライヴを披露したカラー映像は各種オムニバスで商品化され、『Can Box』『Can DVD』にも収録されていますが、ロックパラスト映像版権はスプーンには買えない状態なのでしょう。先に公式盤未CD化のラジオ放送音源を列挙しましたが、版権がラジオ局にあるものはアーティスト側が出したくても版権を借りるか、買い取るかしなければ出せません。このロックパラストのライヴも、B&W映像とはいえおそらく16㎜フィルム撮影が原盤か、画質は鮮明で照明も適切な加減になっており、最小限のマルチ・カメラでバンドの動きをていねいに追っており、1970年にして大型クラブ規模の会場にスクリーンを張ってライヴ映像を拡大映写しており(Mixed Media Showと名銘っているのは、このライヴ映像映写システムが当時最新だったのでしょう)、おかげで非常にライヴの全貌が観やすい映像です。放映されたのはダモ鈴木在籍最後の年、1973年とされていますが、イギリスとフランスでも絶大な反響を呼んだというダモ鈴木在籍時のライヴ映像が、ほぼフル・コンサート(テレビ収録前提として、通常よりコンパクトに構成を変えたと思われますが)で観られるのはこれしかありません。インディー映像らしくドキュメンタリーながらアート・フィルム風な映像処理がかえって邪魔な『Free Concert』より、普通のコンサート・フィルムとしてオーソドックスに撮影・制作された『Soest, 1970, Winter Mixed Media Show』の方がカンの魅力を伝えてくれる映像作品として優れています。音楽をサウンドトラックだけで聴くなら『Free Concert』は『Tago Mago』発表後~『Ege Bamyasi』制作準備中の時期のカンのライヴの演奏内容を伝えてくれますが、『Soest, 1970, Winter Mixed Media Show』はまさに『Soundtracks』発表後、『Tago Mago』制作中というダモ鈴木参加最初の年のカンで、『Soundtracks』からの最新曲「Deadlock」「Mother Sky」「Don't Turn the Light On, Leave Me Alone」をやっている上、『Tago Mago』発売に先行して「Oh Yeah」「Paperhouse」「Bring Me Coffee or Tea」をやっており、発売済みの『Soundtracks』収録曲がアルバムと同程度か、「Mother Sky」のようにコンパクトな長さになったのに較べ、『Tago Mago』収録予定曲は3曲ともアルバム収録ヴァージョンより2倍以上長い演奏です。ことに「Oh Yeah」はかなり構成が異なっており、アルバム・ヴァージョンではキーの異なるテイクと合成して仕上げた制作過程が類推できます。

 また、その後もアルバムに未収録になった曲が、全8曲中に4分50秒の「Sense All of Mine」と13分23秒の「I Feel Allright」の2曲もあります。全8曲中3曲は『Soundtracks』で発表済みですから、この時点で観客が未発表の新曲として聴いたのは5曲で、そのうち『Tago Mago』にもそれ以降のアルバムにも入らず捨てられた(「Sense All of Mine」はのち、歌詞違いでアルバム未収録シングル「Turtle Have a Short Legs」の原曲になったと思われます)のがこの2曲になり、確かに『Tago Mago』収録曲と較べると単調さを免れず、これにアイディアを投入して質を高めるよりは別の曲をアイディアの器に選んだ方が良い、と考えたのもわかります。それは前述した数多くのライヴ放送音源やレアトラック集にも言えて、次々と作っては使えるものを精選してきたのがカンのやり方だったのもわかります。マルコム・ムーニーやダモ鈴木の在籍時には楽曲に注ぎ込むアイディアは無尽蔵なほど出てきましたが、ダモ脱退後の初のアルバム『Soon Over Babaluma』ではアイディアというよりもコンセプトが楽曲に先行するようになっています。ヴァージン移籍後から最終作までのカンはアルバム毎にコンセプトを設けるようになりましたが、それがダモ在籍時のカンからはどれだけバンドの性格を変えてしまったか、この初期ライヴ映像を観るとつくづく惜しまれもしますし、かといってダモ鈴木在籍のままヴァージン移籍をなしとげたカンも想像できません。カンは時代にうまく乗ったバンドなのか、時代に流されたバンドなのか、その善し悪しも含めどちらとも言えない面がありますが、本作は『Moon in Paris / May 12, 1973』と並ぶ、しかも映像で堪能できるカン最高のライヴです。2010年代にリマスター再放映されただけあって映像・音声ともに最上で、演奏だけ聴いても極上な本作は、ひょっとしたら公式アルバムをしのぐカン最高傑作ではないかと思われる必見のライヴ映像になっています。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)