カン(14) ライト・タイム (Mercury/Mute, 1989) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

カン - ライト・タイム (Mercury/Mute, 1989)

カン Can - ライト・タイム Rite Time (Mercury/Mute, 1989) :  

Released by Mercury Records, Mute 838 883-8, October 1989
All tracks by Can
Produced by Holger Czukay and Michael Karoli
(Side 1)
A1. On the Beautiful Side of a Romance - 7:27
A2. The Withoutlaw Man - 4:18
A3. Below This Level (Patient's Song) - 3:44
A4. Movin' Right Along - 3:28
(Side 2)
B1. Like a New Child - 7:36
B2. Hoolah Hoolah - 4:31
B3. Give the Drummer Some - 6:47
(CD Additional Track)
8. In the Distance Lies the Future - 4:00
[ Can ]
Holger Czukay - bass, French horn
Michael Karoli - guitar
Jaki Liebezeit - drums
Irmin Schmidt - keyboards
Malcolm Mooney - vocals
(Original Mercury/Mute "Rite Time" LP Liner Cover & Side 1 Label)

 今回がカンの公式オリジナル・アルバムでは最後になります。未発表録音集のうち『Can Live』(Spoon, 1999, 2CD)と『The Lost Tapes』(Spoon, 2013, 3CD)には言及しただけでリンクをご紹介していませんが、未発表ライヴについても未発表スタジオ録音についても、ライヴは未編集のハーフ・オフィシャル音源の方が演奏・選曲・音質どれも断然優れており、未発表スタジオ録音も先発の『Unlimited Edition』と『Delay 68』『Prehistoric Future』『Outtake Edition』で優れたものは出尽くしているので『The Lost Tapes』はカンの全アルバムを聴いていなければあまり(ほとんど)意味がありません。そこで実質的にカンの最新作、ミヒャエル・カローリ、ホルガー・シューカイ、ヤキ・リーベツァイト、ダモ鈴木没後の現在ではもう再々結成はあり得ませんから、この『Rite Time』がカンの新作公式アルバムとしては最後のアルバムになります。本作はマルコム・ムーニーがヴォーカルに、ホルガー・シューカイがベースに復帰、1969年以来20年ぶりにデビュー作と同一メンバーによるアルバムです。ただし録音は1986年に完了しており、発表を急がずカン再評価と過去のアルバムのCD再発売に合わせて、最終的にデビュー作の1969年からちょうど20年、解散アルバム『Can (Inner Space)』(EMI-Harvest, 1979)発表から10年というキリの良い年に発表されることになりました。そして本作はヴァージン/ハーヴェスト時代の後期カンをしのぐ、カン最新作にふさわしい、カン流変態ポップスの最高傑作と言える会心作になりました。

  本作の制作に当たってはダモ鈴木にも打診して断られたと伝えられますが、20年ぶりにマルコムが復帰したアルバムということで期待値が高かったため、このアルバムが発表されると案の定、評価は賛否両論に分かれました。否定的評価では、過去のマルコム在籍時のカンとは音楽性も違いすぎれば緊張感もない、コマーシャリズムに乗った作品とされましたし、賞賛的評価ではカン解散後の各メンバーのソロ・アルバムに見られた指向性をほどよくコンテンポラリーなポップスの潮流と調和させた作品とされました。どちらの評価も納得できるだけの根拠がありますが、留意すべきは過去のカンのアルバムは同時代においてもヨーロピアン・ロックという付加価値をつけて聴かれていたことでしょう。それが1980年代末ともなると、新作であれ幻の名盤の復刻であれ、ようやく内容本位で聴かれる時代になりました。カンの新作もソニック・ユースやプライマル・スクリームの新作と並べて聴くのが当たり前のようになっていました。そうした意味で現在形のカンには過去の作品との比較は不当ですし、賞賛も実際はカン解散後のメンバーのソロ・キャリアを経た作品という留保が条件になります。『Rite Time』はそういう性格のアルバムでしたが、今ではようやく正当に聴かれるようになった作品です。

 本作はアナログLPでも発売され、全7曲(CDでは全8曲)中、A4、B3の各面のラスト・トラックはいずれもアルバム中のハイライトといえる会心の楽曲です。その2曲だけでも本作1枚を制作するためだけの1度限りの再結成アルバムの感触は伝わってきます。同時にカンのドキュメンタリーも制作され、マルコムと、アルバムへの参加は辞去しまたが自分のバンドで音楽活動を再開しているダモ鈴木が談笑している姿も観られますが、このアルバムで聴けるカンの音楽からまず感じるのは適度に洗練された(ややシニカルな)暖かみで、それは新旧ヴォーカリストのマルコムとダモ鈴木の仲の良さと同じように、ほど良く距離感を保った大人の友情に似ていることに気づかされます。

 今回もカンの基本はソウル/ファンクとラテン/エスノ・ビートの折衷で、マルコム在籍時の1969年にはカンのファンクはまだ発展途上でダモ時代に完成しましたが、後期メンバーのロスコー・ジー(ジャマイカ出身)やリーバップ(ガーナ出身)も黒人メンバーながらアフロ・アメリカンのマルコムのようには声質がソウルではありませんでした。本作は音楽性ではダモ脱退直後の『Soon Over Babaluma』(United Artists, 1974)と、次の『Landed』(Virgin, 1975)の折衷から発展させたものが感じられ、『Landed』の次作『Flow Motion』(Virgin, 1976)までの3枚が創設メンバーのホルガー、イルミン、ヤキ、ミヒャエルの4人だけで作ったアルバムでしたから、あのサウンドに専任ヴォーカルの声が欲しかった、とマルコムとダモの両方に一時的再結成の声をかけた(ダモには断られましたが)のもわかります。もっとも『Soon Over Babaluma』はともかく、『Landed』や『Flow Motion』にマルコムやダモが入ったサウンドは想像がつきませんが、もしマルコムやダモが在籍していたらあり得たサウンドのひとつが『Rite Time』なのではないか、との感も抱かせます。'80年代エレクトリック・ポップのようなふりをして、案外マルコムが歌ってみた『Soon Over Babaluma』を意図していたのではないか、とも思えます。本作はアルバム・ジャケットも『Soon Over Babaluma』を思い出させるものです。
 LP初回プレスは銀箔印刷で濃紺の空を背景にした雪山が描かれていた『Soon Over Babaluma』ですが、今回も銀箔ではないにしろ濃紺に女性モデルの加工ポートレイト写真、とジャケットのアイディアに一貫性があります。『Soon Over Babaluma』はダモ脱退でマルコムを呼び戻そうとしたものの、その時は断られたバンドが創設メンバー4人だけで初めて完成したアルバムで、音楽性はマルコム~ダモ時代のままのものでした。それからカンは『Flow Motion』までちょくちょくヴォーカリスト探しをし、マイケル・カズンズというイギリス人ヴォーカリストをテストしたライヴや渡英していたティム・ハーディン(!)とのリハーサル音源を残していますが、結局優れた演奏メンバーを増員してヴォーカル兼任にするのに落ちつき、ロスコー・ジーとリーバップを加入させています。専任ヴォーカリストとしては、マルコムやダモに匹敵する逸材は見つからなかったということです。『Soon Over Babaluma』『Landed』『Flow Motion』では主にミヒャエルがヴォーカルを取りましたがヴォーカル・パートは1作ごとに減少し、ロスコーとリーバップの加入後は『Saw Delight』(Virgin, 1977)、『Out of Reach』(EMI-Harvest, 1978)ではジーとリーバップ、ラスト・アルバム『Can (Inner Space)』(EMI-Harvest, 1979)は再びミヒャエルで、ミヒャエルのヴォーカルもやっとサマになってきたところでした。

 カンが創設メンバーだけで作ったアルバムでは、ミヒャエルよりむしろイルミンの変態的な粘着低音ヴォーカルが光っていました。カンのサウンドと相まってデイヴィッド・シルヴィアン(JAPAN)の先取りのようでもあり、『Landed』のミヒャエルのヴォーカルは『Soon Over Babaluma』のイルミンのヴォーカル曲から学んだ唱法なのではないかと思えますが、イルミン本人が歌う「Babylonian Pearl」(『Flow Motion』収録)にはかないません。創設メンバーでは作曲はイルミンとミヒャエルが中心だったと思われ、イルミンは'60年代末~現在まで膨大な映像作品のサウンドトラックを手がけてきて作風の幅が広く、本作『Rite Time』に近いのはカン解散後のイルミンのソロ・アルバムでもあります。プロデュース・クレジットがホルガーとミヒャエルなのは、ホルガーとイルミンの共同プロデュースでは張り合いになってしまうからでしょう。唯一ソロ活動が頓挫していたミヒャエルを立てた可能性もあります。ホルガー抜きのイルミン、ヤキ、ミヒャエルの3人は2000年にカン・プロジェクトとして来日予定でしたがミヒャエルの体調不良で中止となっており、晩年はダモ鈴木バンドのライヴにレギュラー・ゲスト出演していたと伝えられますが、1ステージにウィスキーをボトル1本空けるほどのアルコール依存症に陥っており、2001年に逝去しています。作詞は従来通りヴォーカルのマルコム、作曲と編曲はイルミン主導で行われたと思われ、ミヒャエルのクレジットは経済的救済措置の面もあったのではないかと思われます。

 カン解散後にホルガーとヤキはエスニック要素とダブに感化された音楽に向かいましたが、イルミンは現代音楽風サントラを多作するかたわら、何とも形容し難い変態的な頽廃ヨーロピアン・エレ・ポップのヴォーカル・アルバムに進みました。イルミンの作曲をヤキとホルガーのビートで土台を作り、イルミンとミヒャエルの編曲でカラーリングし、マルコムがヴォーカルを乗せ、最終的にホルガーのセンスで音像をまとめ上げれば『Soon Over Babaluma』と『Landed』の過渡期のカンの音作りにマルコムが加わったサウンドになります。『Future Days』(United Artists, 1973)までのカンはバンド全員の即興セッションから編集・統一して楽曲に仕立てていましたが、さすがに効率の問題からもそこまでは戻れなかったのでしょう。本作はメンバー個々のスケジュールで、パートごとにオーヴァーダビングして制作していったと思われます。ミヒャエルの共同プロデュース・クレジットはホルガーの助手として制作進行を担当した貢献によるものとも推察されます。最年少メンバーとしてミヒャエルは他の創設メンバー同士にはあった音楽的エゴの対立からは免れており、バンドの仕切り直しアルバムだった『Landed』がミヒャエルをフィーチャーしたアルバムだったのもホルガー色やイルミン色に傾かないようにするための、一種の妥協案だったと思えます。

 ですが今回は創設メンバー全員に愛されていたマルコムが帰ってきました。イルミンのキーボードもヤキのドラムスもホルガーのベースとサウンド処理も、パーツ単位でならかつてのカンのままで、楽曲と音色は'80年代後半風になっています。カンにそれが似合うかと言えば微妙に気持悪いのですが、それならかつての「Spoon」や「I Want More」などのシングル・ヒットもずいぶん変な曲でした。また、アルバム制作に合わせて長編ヒストリー・ヴィデオの制作が行われましたが、前述の通りダモ鈴木もこれには参加しているのも、どちらかといえばドキュメンタリー制作が主であって、その副産物として新作アルバムが企画されたのかもしれません。ザ・ビートルズの『Let It Be』がレコーディング・セッションのドキュメンタリー映画用に制作されたアルバムだったように、主客転倒した制作というのもあり得ます。当時ビートルズは解散寸前で、バンド立て直しのための企画だったのですが、かえって解散を促進させてしまったのが『Let It Be』でした。しかしカンは、『Rite Time』で再び存在感を示して再解散することで、確実に1990年代の再評価の地盤を固めました。バンドの生き残り術という点でも、カンはかなり特異な延命を重ねつつ評価を高めてきた稀有な存在に思えます。ヴィム・ヴェンダースの映画『夢の涯てまでも (Until the End of the World / Bis ans Ende der Welt)』(Warner, 1991)はロック好きのヴェンダースがサウンドトラックにパティ・スミス、エルヴィス・コステロ、トーキング・ヘッズ、デペッシュ・モード、ルー・リード、ニック・ケイヴ、クライム&シティ・ソルーション、R.E.M.、ジュリー・クルーズ、ジェーン・シベリーなどそうそうたるアーティストの映画用新曲を依頼した映画でしたが、テーマ音楽に元SPKのグレアム・リーヴェルを起用するとともに、英語圏以外のバンドでは唯一カンに新曲を依頼しています。サウンドトラック盤『Until the End of the World』(Warner, 1991.12)でもカンの新曲は圧倒的に他のアーティストより飛び抜けた出来で、カン最高の名曲と言っていい突出した楽曲です。マルコム・ムーニー参加曲ということからも『Rite Time』セッションのアウトテイクかもしれませんが、これならせめてもう1枚フルアルバムの新作を残してほしかったと思わせる、1991年にしてなおカンの新しさを痛感させる楽曲です。
Can - Last Night Sleep (Malcolm Mooney, Jaki Liebezeit, Michael Karoli, Irmin Schmidt) (MV from the album "Until the End of the World", Warner, 1991.12) - 3:35 :  


(旧記事を手直しし、再掲載しました。)