カン(13) ディレイ1968 (Spoon, 1981) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

カン - ディレイ1968 (Spoon, 1981)
カン Can - ディレイ1968 Delay 1968 (Spoon, 1981) :  

Released by Spoon Records Spoon 012, 1981
All tracks by Can
(Side 1)
A1. Butterfly - 8:20
A2. Pnoom - 0:26
A3. Nineteen Century Man - 4:26
A4. The Thief - 5:03
(Side 2)
B1. Man Named Joe - 3:54
B2. Uphill - 6:41
B3. Little Star of Bethlehem - 7:09
[ Can ]
Holger Czukay - bass
Michael Karoli - guitar
Jaki Liebezeit - drums, percussion
Irmin Schmidt - keyboards
Malcolm Mooney - vocals
Can -  Prehistoric Future June 1968 (Tago Mago, 1984) :  

Mono Recording, Tape edited and mastered by Holger Czukay
Released by Tago Mago Magazine Tago Mago 4755 as Cassette Tape Edition, Paris France, Autumn 1984
(Side 1) 15:40
(Side 2) 14:00
[ Can ]
Holger Czukay - bass, tapes
David Johnson - flute, tapes
Michael Karoli - guitar
Jaki Liebezeit - drums, percussion, flute
Irmin Schmidt - piano, organ
with Manni Lofa (Guest) - vocals, percussion, flute
(Original Spoon "Delay 1968" LP Liner Cover & Side 1 Label)

 まず後に上げた方からご紹介しますと、フランスのファンジンによる1984年の発掘リリース、しかも2000本限定版カセット・テープながら、『Prehistoric Future』はバンド公認によるもっとも古い時期(1968年6月)のセッションを収めており、現在は海賊盤CDでしか入手できませんがカンの最初期音源としてドキュメント的な価値の高いものです。内容はAB面通して全1曲約30分のインストルメンタルの即興演奏で、リード・ヴォーカルのマルコム・ムーニーはまだ参加していません。バンドは前月1968年5月に結成されたばかりで、1968年いっぱいまで在籍していた創設メンバーのアメリカ人フルート奏者デイヴィッド・ジョンソンの他に、カンにバンド専用スタジオ用のネルフェニヒ城を貸していた古城のオーナー、ゲストにマニ・ローファがパーカッションとフルートでセッション参加しています。

 カンというバンド名を提案したのは1968年8月に加入したマルコムで、デビュー・アルバム『Monster Movie』収録中最古の録音も同月マルコム初参加の「Father Cannot Yell」ですから、強力なヴォーカリストの加入で一気にカン独自の音楽性が結実したのがわかります。ドイツの同時代のバンドはだいたい初期のカン同様に長時間のインプロヴィゼーション曲を出発点にしており、カンは1969年の時点でインプロヴィゼーションからも、またサイケデリック・ロックからも一歩進んだ独自の方法を打ち出していた点でも西ドイツのロック・バンドでは頭ひとつ抜けていました。他のバンドの大半は1970年でもカンの『Prehistoric Future』の水準で発想したサイケデリックなインプロヴィゼーション・ロックを演奏し、その段階でアルバム・デビューするのが普通でした。アモン・デュールしかり、タンジェリン・ドリームしかり、ポポル・ヴーしかり、グル・グルやエンブリオしかりです。やや後発グループになるクラフトワーク、ファウスト、アモン・デュールIIがようやくデビュー作からインプロヴィゼーション以上の発想を持っていたとも言えます。しかし後発グループでも泥沼のインプロヴィゼーション・サイケで人気を博したアシュ・ラ・テンペルなどもあり、ドイツではそうしたスタイルもリスナーの要望があったということになるでしょう。

 カンの『Prehistoric Future June 1968』は後から続くジャーマン・ロックの長時間サイケデリック・インプロヴィゼーションの先駆例と言えるものですが、カンが参考にした英米ロックの先行作品に数えられるものは多々ありました。カンのメンバーはジェームス・ブラウンとローリング・ストーンズ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、クリームを特に影響源に上げていますが、JBとクリームはライヴの長時間演奏には定評がありましたから楽曲を特定しなくてもいいでしょう。一般にストーンズの「Going Home」11分13秒(アルバム『Aftermass』英1966.4/米66.7)が当時のロックでは空前の長さから「ロック・マラソン」と呼ばれて大評判を呼び、後続のバンドに多大な影響を与えたと言われます。ボブ・ディランのギター弾き語りのフォーク・ロック曲「Sad Eyed Lady of the Lowlands」(アルバム『Blonde on Blonde』1966.5)も11分23秒の大作でしたが、ディランの場合は2枚組LPのアルバム自体が当時絶大な影響力を誇ったロック作品でした。

 ディランとストーンズにはっきり対抗意識を持っていたフランク・ザッパのマザーズ・オブ・インヴェンジョンのデビュー作には12分22秒の「The Return of the Son of Monster Magnet」(アルバム『Freak Out!』1966.6)が収録され、ロサンゼルスのアンダーグラウンド・シーンでマザーズのライヴァルだったラヴがセカンド・アルバム『Da Capo』1966.11収録の「Revelation」(18分57秒)を発表して応酬しザッパを激怒させています。ラヴの所属したエレクトラ・レーベルからはディランのアルバムでリード・ギターを勤めたマイク・ブルームフィールドの在籍していたポール・バターフィールド・ブルース・バンドのアルバム『East West』1966.8のタイトル曲が13分10秒のインストルメンタル・インプロヴィゼーション曲で注目を集めました。エレクトラからはラヴの後輩、ザ・ドアーズがデビュー作(『The Doors』1967.1)で「The End」11分41秒、第2作(『Strange Days』1967.9)で「When the Music's Over」で10分58秒の大作を成功させ、しかもシングル曲ではポップ・チャートNo.1を記録してエレクトラのロック部門で初の全米的人気バンドになります。イギリスではピンク・フロイドのデビュー作『The Piper at the Gates of Dawn』1967.8に、ラヴの曲からリフを流用した9分41秒の長尺インスト曲「Interstellar Overdrive」が収録され注目されました。

 一方ニューヨークのアンダーグラウンド・シーンからはヴェルヴェット・アンダーグラウンドがデビュー作(『Velvet Underground & Nico』1967.3)で7分12秒の「Heroin」、7分46秒の「European Son」と第2作(『White Light / White Heat』1968.1)で17分28秒の「Sister Ray」でミニマル・ノイズ・ロックの極致を極めています。また1980年代末までほとんど知られていませんでしたが、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの影響をいち早く受けたカリフォルニアの自主制作盤バンド、ジ・ビート・オブ・ジ・アースの『The Beat of the Earth』1967はLPのAB面42分通して即興演奏1曲という極端な実験アルバムでした。ヴェルヴェットの広範な影響力は言うまでもありませんが、解散後のメンバーたちのソロ活動よりも正統にヴェルヴェットの音楽を発展させたのがカンでした。1968年にはアイアン・バタフライの第2作『In-A-Gadda-Da-Vida』1968.6のタイトル曲がLPのB面全面で17分5秒の大作をものし、3分に短縮したシングルが大ヒットしています。またピンク・フロイドの第2作『A Saucerful of Secrets』1968.6の11分57秒におよぶインスト・インプロヴィゼーションのタイトル曲はタンジェリン・ドリームやアシュ・ラ・テンペルに決定的影響を与えています。ですがアイアン・バタフライやフロイドの第2作は『Prehistoric Future June 1968』の録音と同月発表で、その後聴いているのは間違いありませんが、このセッションには影響していないでしょう。発表は1971年4月になりましたが、カンと音楽的共通点の多いキャプテン・ビーフハート&ヒズ・マジック・バンドが没にされていた第2作(発表順では5作目)の『Mirror Man』でタイトル曲15分46秒、「Tarotplane」19分8秒、他2曲も8分7秒、9分50秒で、録音は1967年11月~12月でしたから、もし1968年初頭に発売されていたら初期カンへの影響はヴェルヴェット・アンダーグラウンドからの影響と並んで甚大だったかもしれません。またフリー・ジャズ出身ドラマーのヤキ・リーベツァイトの出自を思うと、マルコム・ムーニーというフロントマンを得て一気に確立したカンの、ドラムスとベースのアンサンブルを中心としたスカスカでありながら緊張感の高いサウンドは、フリー・ジャズの記念碑というべきオリジナル・オーネット・コールマン・カルテットを連想せずにはいられません。 

 ドイツのバンドに影響力があった珍品アルバムにイギリスの匿名プロジェクト『Hapshash And The Coloured Coat Featuring The Human Host And The Heavy Metal Kids』1967.11があり、A面4曲はほとんど曲とはいえない1コードのセッション、B面の「Empires Of The Sun」はさらに15分50秒1曲1コードになっています。このアルバムはマザーズとヴェルヴェット、フロイドの亜流を狙った便乗企画アルバムで、後にスプーキー・トゥースやTレックスを結成する面々が演奏しています。ロンドンのヒッピーのパーティの実況録音と称した本当にうさんくさいアルバムなのでイギリス本国では冗談としか扱われませんでしたが、アメリカやヨーロッパ諸国でも発売され、真面目に最新のブリティッシュ・ロックとして聴かれていたようです。アモン・デュールの『Psychedelic Underground』1969はハップサーシュのアルバムを下敷きにしたものになっています。これも『Prehistoric Future』で聴けるカンの音楽には近いので、『Prehistoric~』もやはりパーティ形式のセッション録音という性格を持っています。

 ですがアモン・デュールの『Psychedelic Underground』が68年末録音でカンの『Prehistoric~』より後の録音ながら、ほぼ同時期に発売されたカンの公式デビュー作『Monster Movie』1969に引けをとらない傑作になったのは、巧みなエフェクト処理と編集技術によって単なるヒッピーのアシッド・パーティの実況音楽には終わらないアルバムになったからでした。『Prehistoric~』ものちのカンのアルバム同様ホルガー・シューカイが録音・編集していますが、素材に限界がありました。この時点でのカンの即興演奏は貴重ながらまだオクターヴを昇降するだけのシューカイのベース、高音域の白玉しか弾かないイルミン・シュミットの指1本のオルガン、ミヒャエル・カローリの雑なコードワークと千鳥足のファズ・ギターといった特徴は発展途上で、ヤキ・リーベツァイトの素晴らしいドラムスが聴きどころの資料的録音を出ないものです。熱狂的な即興演奏を素材とした構築というアイディアについてはこの時点ではアモン・デュールのセンスと腕前の方が冴えていました。ただしアモン・デュールは純粋な素人集団で、『Psychedelic Underground』セッション('68年末~'69年初頭)と'70年6月録音のシングルAB面セッション、『Paradieswarts Duul』セッション(1970年末)の3回しか録音活動をしていません(アルバムは未発表音源から2枚組2作を含む5作がリリースされました)。『Prehistoric~』や『Psychedelic~』のように、トライバルな演奏を編集でまとめる手法は限界に突き当たりやすいと言えて、アモン・デュールは傑作アルバムを作るもすぐに行き詰まってしまった例になります。

 一方『Prehistoric~』から2か月後、アメリカ人黒人画家留学生のマルコム・ムーニーがヴォーカリストとして加入後の68年8月以降の録音になる『Delay 1968』はまったく面目を一新しています。1981年にカンのマネジメントが新設したインディー・レーベル「Spoon」の旗揚げのために『Monster Movie』や『Soundtracks』には洩れたマルコム在籍時の最初期の未発表録音をまとめたものですが、'81年のポストパンク時代に『Delay 1968』はPiLやジョイ・ディヴィジョンのアルバムと互して圧倒的な革新性を持ち、ヴェルヴェットやビーフハート、ドアーズ、ジャックス、裸のラリーズのような伝説的バンドと同格の偉容を知らしめるものでした。カンには中期にすでに未発表曲集『Unlimited Edition』1976がありましたが、LP2枚組の『Unlimited Edition』に収録洩れになっていたにもかかわらず、よくもこれだけ粒ぞろいの曲が未発表になっていたものです。1曲ごとにアイディアに溢れており、演奏の密度も完成度も高く、全盛期のカンのアルバムに見劣りするどころか、人によってはレギュラー発売された作品より、ラフなパワーにあふれたガレージ・ロック曲の並ぶ『Delay 1968』を採るかもしれません。ドイツのロックというとテクノかハードロックかプログレかと思って聴くと(それを期待したらハズレになりますが)良い意味で裏切られます。ちなみにカンの曲はマルコム時代は歌詞は英語、ダモ鈴木時代はでたらめ英語と日本語、ダモ脱退後はイギリスを拠点としましたからやはり英語歌詞になっています。マルコム時代のカンのサウンドも、ヴォーカルがアメリカ人にもかかわらず全然アメリカン・ロック的には聴こえないのが面白く、傑作デビュー作『Monster Movie』と並ぶマルコム・ムーニーのヴォーカル参加時のカンの名盤と呼べるアルバムです。カンに関して言えば1969年~1974年の『Monster Movie』『Soundtracks』『Tago Mago』『Ege Bamyasi』『Future Days』『Soon Over Babaluma』とアウトテイク集『Unlimited Edition』『Delay 1968』が良く(8作もの革新的名盤を持つロック・バンドがどれだけ存在するでしょうか)、1975年~1979年の解散までの『Landed』『Flow Motion』『Saw Delight』『Out of Reach』『Can(1979)』や後年の発掘盤『Can Live』や『Lost Tapes』は後回しにしてもいいでしょう。海賊盤ライヴも含めてカンの全音源は並でも普通のロック・バンドよりは数等面白く、上記のアルバムについてもひととおり記事をまとめましたが、カンについてはこの後全アルバムのCD化にあわせて発表された一時再結成アルバム『Rite Time』(Mute, 1989)、またいくつか主要ライヴ発掘音源をご紹介したいと思います。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)