カン(8) 闇の舞踏会(ランデッド) (Virgin, 1975) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

カン - 闇の舞踏会(ランデッド) (Virgin, 1975)
Released by Virgin V 2041 (UK), EMI Horzu 1C 062-29600 (Ger.), September 1975
All songs written and composed by Can except the lyrics for "Full Moon on the Highway" and "Half Past One" written by Can and Peter Gilmour.
(Side 1)
A1. Full Moon on the Highway - 3:32
A2. Half Past One - 4:39
A3. Hunters and Collectors - 4:19
A4. Vernal Equinox - 8:48
(Side 2)
B1. Red Hot Indians - 5:38
B2. Unfinished - 13:21
[ Can ]
Holger Czukay - bass, vocals on "Full Moon on the Highway"
Michael Karoli - guitar, violin, lead vocals
Jaki Liebezeit - drums, percussion, winds
Irmin Schmidt - keyboards, Alpha 77, vocals on "Full Moon on the Highway"
and 
Olaf Kubler - tenor saxophone on "Red Hot Indians"
(Original Virgin "Landed" LP Liner Cover & Side 1 Label)

 せっかくユナイテッド・アーティスツ(UA)時代のカンの全アルバムを追ってきましたから、ヴァージン・レコーズ移籍以降のアルバム紹介も全部やってみることにします。カンのオリジナル・アルバムは、ユナイテッド・アーティスツ時代に、

・Monster Movie (Music Factory / United Artists, 1969)
・Soundtracks (United Artists, 1970)
・Tago Mago (United Artists, 1971)
・Ege Bamyasi (United Artists, 1972)
・Future Days (United Artists, 1973)
・Soon Over Babaluma (United Artists, 1974)
・Limited Edition (United Artists, 1974) *previously unreleased tracks
・Unlimited Edition (Virgin / Caroline, 1976) *expanded adding Limited Edition

 の7作で、またヴァージン移籍以降には、

・Landed (Virgin, 1975)
・Flow Motion (Virgin, 1976)
・Saw Delight (Virgin, 1977)
・Out of Reach (Harvest, 1978)
・Can (Inner Space) (Harvest, 1979)
・Delay 1968 (Spoon, 1981) *previously unreleased Monster Movie Outtakes
・Rite Time (Mute, 1989) *onetime reunion album

 の7作とちょうど均衡が取れており、うち『Delay 1968』はデビュー作『Monster Movie』(Music Factory / United Artists, 1969)のアウトテイク集になり、『Soundtracks』(United Artists, 1970)にも『Unlimited Edition』(Virgin / Caroline, 1976)にも未収録だったマルコム・ムーニー(ヴォーカル)在籍時の未発表曲をまとめたものです。イギリスのヴァージン・レコーズ契約以降カンのライヴ活動はますます活発になり、のち解散後のボックスセットで未発表ライヴ音源集もリリースされていますが、ダモ鈴木在籍時のようなハプニング性は控えめになったので(それでもライヴ音源の方がカン本来の大胆さが発揮されているとは思いますが、専任リード・ヴォーカリスト不在の焦点の甘さが目立ちます)、スタジオ録音盤だけで後期カンの音楽を判断してもいいでしょう。上記のうち『Landed』から始まった後期カンは『Can (Inner Space)』で解散し、『Rite Time』で初代ヴォーカルのマルコム・ムーニーを迎えて1枚きりの再結成アルバムを制作しました。これが見事なくらい完全にエレクトリック・ポップのロック・アルバムで、『Landed』から『Can (Inner Space)』まで試行錯誤にあった後期カンのどのアルバムよりすっきりした仕上がりの佳作になったのは皮肉なことでした。

 また、カン解散直前にUA時代から選ばれたLP2枚組ベスト盤は素晴らしい選曲と内容で、ヴァージン移籍以降の諸作よりもそのベスト盤『Cannibalism』でカンの真価を知った、というリスナーも多いでしょう。このベスト盤はパンク/ニュー・ウェイヴ以降のバンドにもっとも大きな影響を与えたものです。
Cannibalism (United Artists, 1978)
A1. Father Cannot Yell - 7:05 *Monster Movie
A2. Soul Dessert - 3:46 *Soundtracks
A3. Soup (edit) - 3:03 *Ege Bamyasi
A4. Mother Sky (edit) - 6:41 *Soundtracks
B1. She Brings The Rain - 4:07 *Soundtracks
B2. Mushroom - 4:31 *Tago Mago
B3. One More Night - 5:37 *Ege Bamyasi
B4. Spray (edit) - 2:55 *Future Days
B5. Outside My Door - 4:11 *Monster Movie
C1. Chain Reaction (edit) - 5:38 *Soon Over Babaluma
C2 Halleluwah (edit) - 5:39 *Tago Mago
C3. Aumgn (edit) - 7:18 *Tago Mago
C4. Dizzy Dizzy - 3:30 *Soon Over Babaluma
D1. Yoo Doo Right - 20:20 *Monster Movie

 全4曲の『Monster Movie』から3曲も選んでいます。A2, B3を加えると在籍期間半年のマルコム・ムーニー時代だけで2枚のうち1枚分になります。カン最大のヒット曲「Spoon」(『Ege Bamyasi』収録曲)がない、『Future Days』からの選曲が少ない難はありますが、この『Cannibalism』はそのままの選曲でCD化(ただし1CDに収めるためにA2, B4をオミット)されています。この2枚組ベスト盤はカンの全盛期はUA時代の1969年~1964年までにある、とリスナーに知らしめるものでした。

 そういった印象があるので、本作『Landed』(邦題は『闇の舞踏会』)からの後期カンを取り上げるのは今回ひととおり聴き返すまであまり気が進みませんでした。かつての日本でのカンのリスナーは、UA時代のアンダーグラウンドの人気バンドだったカンから聴いていたコアなファンはともかく、イギリスのヴァージン・レーベルに移籍して本格的に国際進出した『Landed』以降にアルバムを手にした人がほとんどだと思われます。ですがヴァージンはアンダーグラウンドなものを商業ベースに乗せて売れたら持ち上げ、売れなかったらすぐに契約を打ち切る、どこかうさん臭いイメージがある会社で、カンの場合もアーティストを大切にしていたUA時代は順調に7作リリースしているのに、ヴァージンは3作きりで契約を切ってしまいます。むしろドイツを拠点にイギリスやフランス、アメリカで国際的評価を獲得していたカンは、ヴァージンに引き抜かれてイギリスに拠点を移したことでそれまでの勢いを失ってしまったように見えます。またカンは1980年代半ばには元祖オルナタティヴ・ロックとしてヴェルヴェット・アンダーグラウンドやドアーズと並ぶ評価が定着しましたが、それはマルコム・ムーニー~ダモ鈴木と、強烈な素人ヴォーカリストを擁した'70年代前半(つまりUA時代)に集中した再評価でした。創設からのドイツ人メンバー4人に戻ったカンはUA時代の最終作『Soon Over Babaluma』(United Artists, 1974)ではまだムーニーやダモ在籍時の音楽性を保っていましたが、UA時代までを「変な音楽なのにちゃんとロックに聴こえる」のがカンの音楽だったとすると、ヴァージン移籍以降はひねりの効いた普通のロックに急速に転換してしまいます。

 この『Landed』は冒頭のA1からいきなりストレートなハード・ドライヴィングなロック曲で、A面ではギターの音色やフレージングがそれまでのカンのアシッド色を払底して英米ロック的な豪放さと、一種の大味さに変わっています。A2もスパニッシュ・ロック的な楽曲ですがかつての混沌とした実験性は大幅に後退しています。B面ではエスニックな1曲目、インダストリアルな2曲目といかにもクラウトロック的で、ライヴァル的な存在だったタンジェリン・ドリームに似たサウンドですが、1975年のタンジェリンといえばヴァージン移籍第1作『Phaedra』(Virgin, 1974)が全英15位のヒットでヴァージンのトップ・アーティストとなり、続く『Rubycon』(Virgin, 1975)は全英10位を獲得するとともに1974年には全米ツアーも成功させており、その時のライヴが名盤『Ricochet』(Virgin, 1975)になっています。レーベルからの要求か、カンの側の意図かはわかりませんが、特にB2はタンジェリンのドイツ時代の『Zeit』(Ohr, 1972)や『Atem』(Ohr, 1973)を連想させる定型リズムを排した無調のインプロヴィゼーションで、ピンク・フロイドの1968年の「A Soucerful of Secrets」から発展したものです。それ自体は悪くありませんが、インプロヴィゼーションから楽曲を編集するカンの方法論ではこれまでのUA時代には素材レヴェルで提示されており、編集によってさらに優れた仕上がりに磨かれていたものでしょう。

 その原因は、ヴァージン移籍に伴ってバンド所有スタジオの2トラック・レコーダーを16トラック・レコーダーに新調したことにあるようです。従来のカンは2トラック録音で断片的な録音を選択・編集しながらダビングを重ね、最終形に仕上げるのに凝りに凝った編集の手間をかけていました。16トラックならば録りっぱなしでダビングしていってミキシングだけで事は済みます。B2は冒頭に日本語の女性ヴォイスが入る45分のフル・ヴァージョンが海賊盤のアウトテイク集『Outtake Edition』で聴けますが、マルコムやダモ在籍中のセッションはヴォイス・パフォーマンスをしていない時でも、いつ割り込んでくるか予測がつかないヴォーカリストの存在がセッションのテンションを高めていたのが想像されるものでした。16トラック・レコーダーならヴォーカルだけ後から足すことも除去することもできます。

 このアルバムの新境地といえば、マルコムやダモでは出せなかったカンの流儀のポップな変態ロックを思い切って打ち出したことでしょう。ミヒャエルやイルミンのヴォーカルは専任リード・ヴォーカリストではないだけに、声量をカヴァーするためマイクを舐めるようなぬめぬめした唱法で、後のポスト・パンク/ニュー・ウェイヴのエレポップ・ヴォーカリストの唱法を思わせるところがあります。A2ではミヒャエルのヴァイオリンもメランコリックな曲調を盛り上げており、またA3ではイルミンのキーボードも後のエレクトリック・ポップを思わせるような派手なプレイで前面に出ています。ギターとキーボードがここまで前面に出てくるサウンド構成はベースとドラムスのバランスの方が大きかったこれまでのカンにはないものでした。前作までのカンは、ここぞという時だけキーボードが鳴り、ギターもガチャガチャとリズムを刻むか、さもなくばフィードバックさせた全音符を延々鳴らしているかで、いわゆるギター・ソロ的にフィーチャーされることはほとんどありませんでした。ドラムスとベースだけで空間を演出する手法だったUA時代のカンのサウンドこそが、パブリック・イメージ・リミテッドやジョイ・ディヴィジョン、JAPANらポスト・パンクのバンドの手法を先取りしており、実際に影響があったと認められています。

 そうした事情でカンの再評価はUA時代のアルバムに集中しており、現役ミュージシャンも批評家もヴァージン移籍後の後期カンの業績に言及することはめったにありませんが、変態ポップのA3と、A3をアップテンポにしたインスト・ヴァージョンのA4の茶化したようなキーボードと暴走しすぎのギター・ソロを聴くと、これはこれでカンの本音のように聴こえてきます。クラウトロックのバンドはいずれも密な交流があり、B1でテナーサックスを吹いているオラフ・カブラーはアモン・デュールIIのプロデューサーですが、'70年代にはカンとあまり交友がなかったグル・グルの1998年の3CD『30 Jahre Live』(2014年には『45 Years Live』も出ました)には多数のゲストにダモ鈴木とミヒャエル・カローリも参加し、ダモとミヒャエル参加曲は「Can Guru」名義で(グル・グル1972年のアルバム『Kan Guru』にかけています)脳天気なヘヴィ・サイケ・ジャムを演奏しています。脳天気さとヘヴィさとは普通両立しませんが、ドラマーのマニ・ノイマイヤー率いるグル・グルはそういうバンドでした。マニさんはカンのヤキよりもジャズ・ドラマー時代の業績は大きいほどの凄腕ドラマーなのですが、テクニックを極めた末に笑えるヘヴィ・サイケになってしまったバンドです。たぶん『Landed』からのカンはグル・グルに近い感覚のバンドになっていました。そこが前作『Soon Over Babaluma』からの変化でした。しかしグル・グルの域に踏み込むには、カンは音楽的にはまだシリアスすぎました。初期のヘヴィ・サイケな『UFO』(Ohr, 1970)、『Hinten』(Ohr, 1971)から『Kan Guru』(Brain, 1972)、『Guru Guru』(Brain, 1973)、『Dance of Flame』(Brain, 1974)を経て、『Mani und seine Freunde』(Brain, 1975)で吹っ切れた変態ジャズ・ロックに踏みこんだグル・グルに較べると、『Landed』以降のカンはそれでも並みのロックよりは十分面白いのですが、1作ごとに燃焼感を欠いた試行錯誤が目立つのです。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)