カン(7) アンリミテッド・エディション (Virgin/Caloline, 1976) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

カン - アンリミテッド・エディション (Virgin/Caloline, 1976)
カン Can - アンリミテッド・エディション Unlimited Edition (Virgin/Caloline, 1976) :  

Released by Virgin Records Caloline CAD3001, 1976, 2LP
Disc 1(Side A & B) also previously released as "Limited Edition" (Harvest USP103, 1974, 1LP)
All songs written and composed by Can.
(Side A)
A1. Gomorrha (December 73) - 5:41
A2. Doko E (August 73) - 2:26
A3. LH 702 (Nairobi/Munchen) (March 72) - 2:11
A4. I'm Too Leise (March 72) - 5:10
A5. Musette (January 70) - 2:08
A6. Blue Bag (Inside Paper) (October 70) - 1:16
(Side B)
B1. E.F.S.(Ethnological Forgery Series) No. 27 (December 70) - 1:47
B2. TV Spot (April 71) - 3:02
B3. E.F.S. No. 7 (September 68) - 1:05
B4. The Empress and the Ukraine King (January 69) - 4:40
B5. E.F.S. No. 10 (January 69) - 2:01
B6. Mother Upduff (May 69) - 4:28
B7. E.F.S. No. 36 (May 74) - 1:55
(Side C)
C1. Cutaway (Dizzy Dizzy) (March 69) - 18:49
C2. Connection (March 69) - 2:20
(Side D)
D1. Fall of Another Year (August 69) - 3:20
D2. E.F.S. No. 8 (November 68) - 1:37
D3. Transcendental Express (July 75) - 4:37
D4. Ibis (September 74) - 9:19
[ Can ]
Holger Czukay - bass guitar, tape effects
Michael Karoli - guitar, violin, shehnai on track A3
Jaki Liebezeit - drums, percussion, winds on tracks A4, B3, B5, D1
Irmin Schmidt - keyboards, synthesizer, schizophone on track B4
Damo Suzuki - vocals on tracks A2, A4, A6, B1, B2
Malcolm Mooney - vocals on tracks B4, B6, C2, D1
(Original Harvest "Limited Edition" LP Front Cover & Original Virgin/Caloline "Unlimited Edition" Liner Cover)

 カンのLP2枚組アウトテイク集『Unlimited Edition』はバンドがヴァージン・レコーズ移籍後の移籍第一作『Landed』(Virgin, 1975)の翌年1976年5月にヴァージン傘下の廉価盤レーベル、キャロラインから発売されましたが、LPディスク1(AB面)はユナイテッド・アーティスツ契約最終作『Soon Over Babaluma』1974.11とほぼ同時に二十日鼠のジャケットが秀逸な『Limited Edition』(Harvest, 1974)として、タイトル通りの限定盤として既発売されていたもので、それにさらにアルバム1枚の未発表録音を足したのが本作になりました。そうした内容、成立過程からも『Landed』より先にご紹介する次第です。ヴァージョン移籍に先立つユナイテッド・アーティスツ時代のアウトテイク集ですから未完成の習作も含まれますし、これまでのアルバムには収録洩れになっていた未発表曲集という内容から廉価版の限定発売でしたが、ご覧の通り1LP版も2LP版もともにジャケットも見事なものであり、本格的なアルバムとして発売されたものです。普通そういうバンド活動中の発掘ものは不出来か失敗作か、時流に合わないという理由から筐底に秘匿されたものが多いのですが、カンはその点でも規格外のバンドでした。これまでのアルバムには統一感の上で未収録にはなっていたものの、楽曲単位で集めてみればカンの作品として既発表アルバムの収録曲に見劣りしないばかりか、カンとしては従来のアルバムには収録されなかったタイプの曲がこれでもかというくらい収められています。『Monster Movie』1969から『Soon Over Babaluma』1974にいたるカンの6枚のアルバムを聴いたリスナーにはこれほど面白いアウトテイク・コレクションはありません。「コンセプトなし」をコンセプトに雑多で質の高い曲が2枚組LPにどっさり収録された本作は、ビートルズの『The Beatles (White Album)』(Apple, 1968)やローリング・ストーンズの『The Exile on Main Street』(Rolling Stones, 1972)、レッド・ツェッペリンの『Physical Graffiti』(Swan Song, 1975)に匹敵する2枚組大作です。

 ただし入門編としてはあまりに多彩な楽曲が詰め込まれているので、せめて2、3枚トータル性に富んだレギュラー・アルバムを聴いてバンドについてまとまったイメージをつかんでからでないと、この多彩なアウトテイク集の面白さも単なる散漫さと聴こえてしまうかもしれません。曲ごとに録音年月の記載がありますが、カンは1968年5月結成、同年夏からアメリカ黒人画学留学生マルコム・ムーニーがヴォーカルで参加し、1969年いっぱいの半年ほどでアルバム3枚もの録音を残し脱退しています。1970年初頭から20歳の日本人ヒッピー、ダモ鈴木をヴォーカルに迎え、ダモは1974年8月いっぱいで脱退。ムーニーといいダモといい、よくまあロックにまるで無知、音楽キャリアもまるでないのにルー・リードやジム・モリソンに匹敵する潜在能力を秘めた素人ヴォーカリストを見つけてきたものです。ムーニーに次いでダモも失った本作の時点では創立メンバー4人で活動を再開していました。ヴォーカル入りのクレジットのある曲が全19曲中9曲しかありませんが、実際はインストルメンタル曲でもマルコムやダモの声が聴こえます。C1は記載通りの録音時期として前半ではマルコムの声が聴こえますが、後半はダモのヴォーカリゼーションになりますからクレジットを鵜呑みにはできません。ちなみにC1は『Soon Over Babaluma』収録曲「Dizzy Dizzy」の初期ヴァージョンと言えるセッション曲です。D4はCDではアルバムを1CDに収めるために現行版では5:00に短縮されていますが、やはり「Dizzy Dizzy」の別テイクになります。他にもA4を始めとしてヴァイオリンが聴こえる曲があり、これはミヒャエル・カローリが弾いていると思われます。またポップなボサ・ノヴァ曲のD1「Fall of Another Year」ではドラマーのヤキがフルートをダビングして絶妙な演奏を披露し、ヴォーカリスト以外はプロ集団のカンの音楽的多彩さと実力を見せつけてくれます。

 このアルバムから聴いてしまった人が楽曲単位で気に入って、似た傾向のカンのレギュラー・アルバムに進むという手もあるでしょう。マルコムのヴォーカル曲B4、B6、C2、D1はコンパクトなカンの曲では最強ガレージ・ロック・ナンバーで、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド色が濃いB6、C2も決まっていますが、変態ジャズ・ボッサ曲のB4やD1のポップ・センスと絶妙な演奏はムーニー参加の『Monster Movie』、部分的参加の『Soundtracks』にも劣りません。後にカンが一時的に再結成し、マルコムを再びヴォーカルに迎えたアルバム『Rite Time』1989が変態ポップ路線の佳作になったのはこうした下地があったからだったのがわかります。また、本作未収録でマルコム時代のヴォーカル入り未発表曲だけを集めた『Delay 1968』(Spoon, 1981)がカン解散後に設立されたカン自身の復刻レーベル、スプーン・レコーズから発売されますが、これはヴェルヴェット系のヘヴィな曲で統一されたものでした。それほどマルコム時代の未発表曲は豊富だったようですが、ダモ時代はマルコム時代よりもさらにコンパクトな楽曲単位より長時間即興演奏の比重が高まっていたようで、ここに収録されたA2、A4、A6、B1、B2は楽曲というより即興演奏にヴォーカリゼーションを乗せたものとなっており、断片的な編集になっていますからマルコム時代の未発表曲に対してやや不利な面は否めません。

 ダモ時代のアルバムにもコンパクトな名曲はいくつも上げられますが、アレンジと編集の両面で決定ヴァージョンができた時点で楽曲化したとも言えて、本作収録のテイクではまだ焦点が定まっていない段階の印象を受けます。顕著なのは、アルバム収録では2分26秒ヴァージョンに抜粋されているA2「Doko E」でしょう。この日本語ラップ曲は36分36秒の未編集テイクが海賊盤で流通しており、未編集版の15分12秒からの2分26秒がアルバムに抜粋収録されています。「公害の町で~す、どこへ逃げましょう~」と歌いだしているところからで、確かにこの部分を抜粋したセンスは鋭いものです。この曲は軽いレゲエから始まり、抜粋箇所前後でリズム・パターンが変化して、後半はヘヴィ・ロックに展開していきます。丁寧に編集して展開を圧縮して半分にしてもアルバム片面、18分近い長さになると思われますが、それほどの曲ではないと判断されたか、どっちみち録音直後すぐにダモが脱退してしまったので編集のためのオーヴァーダビングを施せず、レギュラー・アルバム採用曲にしようがなかった事情がうかがえます。この曲は公害と水俣病、漁業汚染問題を日本語ラップ(1973年のドイツ産日本語ラップ!)で歌っていますが、読経から能楽もどきに変化するB1では日本語で「いつも~のように~えるえすでぃ~」と歌っています。どちらも日本のロック・バンドが当時の日本のレコード会社では歌えなかった内容でしょう。

 アルバム冒頭の「Gomorrha」(通常はGomorrahと綴ります)はテレビ番組主題曲らしく、イルミン・シュミットを中心にカンは多くの映画・テレビ用音楽を手がけていましたが、ダモ脱退後に専任ヴォーカリスト不在でバンドを立て直したカンの方向性がよく出ている楽曲です。また、このアルバムには「E.F.S.」と題された、楽曲というより断片的なサウンド実験が6曲収められ、また一応曲名がついていてもA3「LH 702 (Nairobi/Munchen)」などは同様の趣向のサウンド断片で、大作C1も大半の部分はサウンド実験が占めています。これはマルコム時代~ダモ時代~ダモ脱退後にも一貫して続けられており、フリーなセッションによるサウンド実験から楽曲の着想を得て楽曲化していくカンの手法を種明かしするものとなっています。E.F.S.とは「Ethnological Foggery Series (擬似民族音楽シリーズ)」の略称で、あえて類型的な民族音楽の模倣作品を制作することでうさんくさい疑似民族音楽のコツをカンなりの解釈で会得する手段(これは'50年代からラウンジ音楽畑ではマーティン・デニー、ジャズ畑ではサン・ラが始めていました)になっており、例えば前述のB1では雅楽もどき、B7はラグタイム・ジャズもどきで、D2はロシア民謡の偽物をカンなりにやっています。それがこのアルバムでより楽曲性の高い「The Empress and the Ukraine King」や偽レゲエの「Doko E」、『Soundtracks』の偽サンバ「Don't Turn the Light on, Leave Me Alone」、『Tago Mago』の偽ファンク「Halleluhwah」や『Ege Bamyasi』の偽ボサ・ノヴァ「One More Night」、やはり偽ボサ・ノヴァの『Future Days』タイトル曲や『Soon Over Babaluma』の偽タンゴ「Come Sta, La Luna」のような、類型的な音楽パターンを過剰に踏襲して異常な音楽を作る手法の基礎となっています。

 そうしたカンの発想がよくわかるのも『Unlimited Edition』の面白さになっており、アルバムの半分は未発表曲のうちの完成品、もう半分は素材集というバランスもとれています。カンが後に発表したアウトテイク集・未発表録音には『Delay 1968』、『Can Live』(Spoon, 1999)、『The Lost Tapes』(Spoon, 2012)がありますが、バンド解散後のリリースでもあり、マルコム時代に絞った『Delay 1968』は裏『Monster Movie』と言える傑作ながら、あまりにバンド解散から間が空いた発掘音源集『Can Live』も『The Lost Tapes』はコンセプトの稀薄な寄せ集めにすぎる内容に終わっています。寄せ集めではあるにせよ、バンド存続中のリリースだった『Unlimited Edition』が寄せ集めでもバンド自身の意図が明快な、しっかりとしたコンセプトを持った作品になっているのとは対照的です。2枚組アルバムとしての発売は『Landed』1975の後になりましたが、本作は『Soon Over Babaluma』に続く第7作として、カン黄金時代の掉尾を飾るだけの内容を備えているアルバムです。このアルバムがあるのとないとでは、リスナーが感じる初期~中期のカンの全体像はだいぶ変わってしまうと思われるほどです。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)