カン(5) フューチャー・デイズ (United Artists, 1973) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

カン - フューチャー・デイズ (United Artists, 1973)
カン Can - フューチャー・デイズ Future Days (United Artists, 1973) :  

Released by United Artists August, 1973
All songs written and composed by Can. 
(Side 1)
A1. Future Days - 9:30
A2. Spray - 8:29
A3. Moonshake - 3:04
(Side 2)
B1. Bel Air - 19:51
[ Can ]
Holger Czukay - bass, double bass
Michael Karoli - guitar, violin
Jaki Liebezeit - drums, percussion
Irmin Schmidt - keyboards, synthesizers
Damo Suzuki - vocals, percussion
(Original United Artists "Future Days"LP Liner Cover & Side A Label)

 カンの最高傑作をどのアルバムとするかは評者によって票が割れますが、オリジナルLPでは金箔の型押しの美麗ジャケットでリリースされた本作『Future Days』は、デビュー作『Monster Movie』、2LP大作『Tago Mago』とともに必ず上がるアルバムです。ダモ鈴木在籍時のフルアルバムとしては最後の作品となり、前任ヴォーカリストのマルコム・ムーニーの担当曲と折半した映画音楽集『Soundtracks』を除けば、ダモ時代では『Tago Mago』『Ege Bamyasi』に続く3作目になります。この3枚はどこの音楽サイトでも満点を獲得しており、マルコム・ムーニー在籍時(発掘盤、一時的再結成除く)唯一のアルバムでカンのデビュー作『Monster Movie』もクラウトロックの起点とされる傑作ですが、現在ではダモ在籍時に評価のウェイトがかかっていて、『Monster Movie』はダモ三部作の次点とされているようです。マルコムが2作、3作と在籍していたら評価も違っていたかもしれません。ダモ在籍時は名実ともにカンを代表する傑作が連発されており、当然ダモの貢献度も高くなっています。カンを創設したドイツ人メンバー4人だけではバンドにマジックが起きないのか、かろうじて次作ではテンションを維持しましたが、ヴァージン・レコーズに移籍して国際市場を意識したバンドのコンセプト見直しからレゲエ~アフロビートなど同時代のエスニック・ビートを意図的に取り入れるようになると、もともと音楽的には変態ファンク・バンドだったカンには親和性が高すぎて、マルコム~ダモ在籍時の異能性はメンバーも予期しないうちに摩滅してしまったのが後期カンでした。

 もともとアイディアに富み、サウンド構成のセンスは抜群だっただけに、フュージョン化しても並みのバンドにはならなかったカンでしたが、アフロビートの強化のためにトラフィックからロスコー・ジー(ベース)とリーバップ(パーカッション)の2人の黒人メンバーを迎えてホルガー・シューカイがエンジニアに専念するようになると、プロのミュージシャンだったロスコーやリーバップではマルコムやダモのような異化効果は起こらず、バンドのフュージョン化がさらに進んで居場所がなくなったシューカイも一時的にカンを離れてしまいます。結局カンはシューカイを呼び戻し、解散アルバム『Can(Inner Space)』1979で最後にやりたい放題のアルバムを発表して10年の歴史に幕を下ろしました。ダモ脱退後のアルバムもよく聴けば『Future Days』の余韻があり、後期カンはおおむね『Future Days』と4人になってからの初のアルバム『Soon Over Babaluma』で到達した音楽をいかに応用していくかを解散までの5枚のアルバムで試行していました。その点で、『Monster Movie』や『Tago Mago』『Ege Bamyasi』よりも『Future Days』はカンのアルバム系列では大きな結節点になっています。

 簡単に『Future Days』の特徴を言ってしまうと、前作『Ege Bamyasi』収録の「One More Night」「Vitamin C」「Spoon」などで現れてきた浮遊感のあるポップなカン流ファンクをアルバム全体で展開したもので、『Monster Movie』や『Soundtracks』『Tago Mago』にもそうした片鱗はありましたが、どちらかといえばヘヴィなアシッド・ロック的ムードの方が支配的でした。その点では『Ege Bamyasi』は過渡的な位置にありましたし、過渡的だからこそ『Tago Mago』と『Future Days』のどちらの特徴も兼ねていました。『Future Days』でもヘヴィで実験的な「Spray」がありますが、素晴らしいオープニングのタイトル曲「Future Days」とダモ時代の曲でももっともキャッチーな「Moonshake」に挟まれているため聴き流せてしまえます。聴き流せる曲が必要か、いっそ実験的な曲は外した方が良かったかは考慮の余地がありますが、A面全体の流れとしてはポップな2曲に実験的な曲を1曲挟む構成は成功しています。また、このA面3曲の構成は『Monster Movie』と『Tago Mago』のそれぞれのA面を踏襲しており、意図的な配曲なのは明らかです。

 ファンクと言っても実は「Future Days」はジャズ・サンバのリズムを使っている曲ですが、同様にアルバムのB面は片面すべてを使った「Bel Air」で、カン全作品中もっとも天上的に甘美な1曲ながらよく聴くと4ビートのスロウなジャズ・ボッサです。カンは基本的にサイケデリックなファンク・バンド(音響の異常さから見過ごされがちですが)ですから、これらのアフロ・ラテン音楽系リズムはどれもお手の物です。B面1曲の大作「Bel Air」も『Monster Movie』B面全面の「You Doo Right」、『Tago Mago』B面全面の「Halleluhwah」を思い出させるようになっています。ロックバンドに限らず、アーティストが自他ともに代表作と認める作品に意図的に似せた作品を制作するのは、自己模倣や反復よりもかつての代表作を乗り越え、更新しようという積極的な意志あってのことでしょう。カンはマルコムからダモにヴォーカリストが交替してすぐに「Mother Sky」(『Soundtracks』収録)でLPのB面のほとんどを占める大作を試し、『Tago Mago』では『Monster Movie』と同じ構成で2枚組LPの1枚を制作しているます。また、こうした大胆なアルバム構成も『Future Days』が最後になることから、カンにとって強烈なキャラクターを持つ異国人ヴォーカリストの有無がどれだけ重要で、ダモ鈴木脱退後に創立メンバー4人のみでバンドを継続するのがほとんどバンドの根本的な立て直しになったのも想像されます。ヴァージンに移籍し『Landed』から始まって『 Flow Motion』『Saw Delight』、さらにハーヴェストに移籍し『Out of Reach』『Can』と続いた後期カンを高く買わない評者からも、その労力がなんとか後期カンのアルバムを、カンの名義に耐えるだけの内容にしていたのは認められています。

 今日『Tago Mago』『Ege Bamyasi』『Future Days』をカン3大傑作とする評価の例を上げると、シカゴのオンライン音楽誌「Pitchfork Media」が2004年6月に「Top 100 Albums of 1970s」の特集を組んでおり、カンのアルバムでは上記3作が入選しています。『Future Days』が56位(57位がポール・サイモン『Paul Simon』1972、55位がニック・ドレイク『Bryter Layter』1970)、『Tago Mago』が29位(30位がマイルス・デイヴィス『On the Corner』1972、28位がザ・ビートルズ『Let It Be』1970)、『Ege Bamyasi』が19位(20位がT.レックス『Electric Warrior』1971、18位がマイルス・デイヴィス『Bitches Brew』1970)となっており、前後に並ぶアーティストやアルバムからも、カンが国際的に'70年代最重要バンドのひとつに位置づけられていることがわかります。トップ100中3枚、しかもそれぞれ60位以内、30位以内、20位以内に入っているのです。ちなみに100位はブライアン・イーノ『Before and After Science』1977、90位がフェラ・クティ『Zombi』1977、80位がデイヴィッド・ボウイ『Hunky Dory』1971、70位がピンク・フロイド『Dark Side of the Moon』1973、60位がジョン・レノン『John Lennon/Plastic Ono Band』1970、50位がティム・バックリィ『Starsailor』1970、40位がザ・モダン・ラヴァーズ『The Modern Lovers』1977となっています。30位、20位は先に触れました。

 このPitchfork Mediaはなかなか面白いオンライン音楽誌で、イギリスの「Q」誌と並んで相当な見識があり、メディア・エリート主義による偏向やムラのある「Rolling Stone」誌より先進的です。Allmusic.comは包括的ですから欧米諸国のウィキペディアではAllmusic.comを指標的評価にしている場合がほとんどですが、Allmusic.comは公約数的評価の反映であって、批評性は稀薄であり、その点でもPitchfork Mediaには積極的に批評的な観点を感じます。ちなみにPitchforkの'70年代アルバムのトップ10は、10位『Another Green World』1975(ブライアン・イーノ)、9位『Unknown Pressure』1979(ジョイ・ディヴィジョン)、8位『Entertainment!』1979(ギャング・オブ・フォー)、7位『IV』1971(レッド・ツェッペリン)、6位『Trans-Europe Express』1977(クラフトワーク)、5位『Blood on the Tracks』1975(ボブ・ディラン)、4位『There's a Riot Goin' On』1971(スライ&ザ・ファミリー・ストーン)、3位『Marquee Moon』1977(テレヴィジョン)、2位『London Calling』1979(ザ・クラッシュ)、と続いて、1位にはデイヴィッド・ボウイの『Low』1977が上がっています。先に上げた100位~20位圏の諸作を見てもこの'70年代トップ100のアルバムは泣く子も黙る名盤揃いで、ダモ鈴木期のカンが3作入選という評価は相当なものでしょう。

 メンバー自身は『Future Days』を(クラシック音楽的な構成主義の上で)シンフォニックになりすぎた、とそれほど好んでいないとしています。ダモ鈴木はカンではこれ以上のものはできないだろう、と考えて脱退したと発言しています(また、結婚してエホヴァの証人の布教活動に専念するためでもあったと証言しています)。これまでになく透明感があって美しいサウンドのために、従来のカンのアルバムでは気にならなかった瑕瑾がなくもありません。タイトル曲「Future Days」やアヴァンギャルドな「Spray」、B面全面を占める「Bel Air」では突然バランスと位相が変化して編集の痕跡がありありと見える個所が隠しきれていませんが、これは意図的にサウンドの遠近感を編集で演出しようと試みたのか、成功も失敗もしています。前作までのカンなら混沌とした方向で統一できたでしょうが、今回作り出そうとしたサウンドは濁りのない、シンプルで美しいものなので、そうした継ぎ目が目立つのです。

 特ににB面の大作「Bel Air」は編集の跡がずいぶん目立ちます。この「Bel Air」はマイルス・デイヴィスのジャズ・ロック・アルバム『In A Silent Way』1969からの影響の大きさが感じられ、いくつかのパートは同じ演奏を使い回して20分の大作に拡張していると思われます。また、別録りしたパート同士を組みあわせて使い回しの演奏の再現部に使用するなど、これまでのカンの音響的快楽感覚優先の編集から、構成のための編集(それが「シンフォニックすぎた」というメンバー自身の反省点になったのでしょう)に変化しています。これまでは感覚を強調することで自然な構成・流露感を生み出してきましたが、もっと構成に狙いを絞ることで楽曲の完成度や陶酔感が呼び起こすように発想の順序が逆になっています。出来自体は成功しており「You Doo Right」や「Halleluhwah」とは違ってサウンドは美しいのですが、作り物めいたぎこちなさも感じます。やはり編集の継ぎ目が目立つも無理がないのは小品「Moonshake」や実験的な「Spray」ですが、それらはアルバムの主眼ではありません。ですがカンの場合、『Future Days』のように整理されたアルバムでは、ある種の不自然さも伴うのは仕方がなく、その上でなお傑作といえる作品になっているのですから、欲目を言えばきりがないでしょう。

 また、Pitchfork Media選出の1970年代アルバム・ベスト100の第1位は、ボウイの『Low』1977ですが、このベルリン録音ではボウイとプロデューサーのイーノは当然カンを聴いていたに違いありません。ボウイやイーノ自身がクラフトワークとノイ!からの影響を公言しています。カンのアルバムを3枚も'70年代のベスト100に選んだのは、その点でもPitchforkの選出基準の一貫性が認められます。『Future Days』と『Low』は確かに同じカテゴリーの音楽で、未来のポピュラー音楽を先取りしたサウンド感覚にあふれています。それだけにカンもボウイもその後に苦戦を強いられることになりますが、少なくともカンは本作の路線から次作『Soon Over Babaluma』をダモ鈴木抜きで制作し、十分な面目を保ちます。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)