サン・ラ - ライヴ・アット・スラッグス・サルーン (Transparency, 2009) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - ライヴ・アット・スラッグス・サルーン (Transparency, 2009)
サン・ラ Sun Ra Arkestra - ライヴ・アット・スラッグス・サルーン Live at Slug's Saloon (Transparency, 2009) Full Album
Discs 1 to 3, recorded live at Slug's Saloon, NYC, June 7, 1972
Discs 4 to 6 Recorded live at Slug's Saloon, NYC, August 19, 1972
Released by Transparency Records 0313, 6CD Box, 2009
(Disc One) June 7, 1972 :  

1-2. Discipline - 5:01
1-3. Along Came Ra - Untitled 2 - 14:18
1-4. They'll Come Back - 7:51
1-5. Scene N Take N - 5:06
1-6. Calling Planet Earth - 3:19
1-7. Untitled - 2:35
1-8. Theme Of The Stargazers - 2:35
1-9. Discipline 11 - 8:16
(Disc Two)
2-1. Somewhere Else - 8:20
2-2. Enlightenment - 2:25
2-3. Love In Outer Space - 8:01
2-4. Love In Outer Space - 20:31
2-5. The Shadow World - 17:35
(Disc Three)
3-1. Angels And Demons At Play - Watusi - 36:52
3-2. Untitled 4 - 3:46
3-3. Theme Of The Stargazers - 0:45
3-4. Space Is The Place - Untitled - 8:29
[ Sun Ra Arkestra ]
Sun Ra - keyboards
Akh Tal Ebah - trumpet
Marshall Allen - alto saxophone, flute, oboe, piccolo, percussion; 
Danny Davis - alto saxophone, flute, percussion
John Gilmore - tenor saxophone
Eloe Omoe - bass clarinet
Danny Ray Thompson - saxophones, f lute, percussion; 
Lex Humphries - drums, vocals
Harry Richards - drums
James Jacson - percussion, bassoon
Stanley Morgan - conga
Atakatune, Alzo Wright, Odun - percussion
June Tyson, Ruth Wright, Cheryl Banks, Judith Holton - vocals
(Disc Four) August 19, 1972 

4-2. Strange Worlds - Black Myth - 15:00
4-3. At First There Was Nothing - 5:19
4-4. Discipline - 1:49
4-5. Untitled 6 - 1:30
4-6. Calling Planet Earth - 18:34
4-7. Angels And Demons At Play - Watusi - 4:48
4-8. Outer Space (Is A Pleasant Place) - 8:00
4-9. Discipline #27 - 2:37
4-10. I'll Wait For You - Untitled - 9:10
(Disc Five)
5-1. Discipline #27-II - 23:20
5-2. Theme Of The Stargazers - 0:35
5-3. Space Is The Place - 14:43
5-4. Calling Planet Earth - 7:59
5-5. Enlightenment - 2:17
5-6. Love In Outer Space - 11:25
5-7. Discipline 33 - 6:30
5-8. Untitled 8 - 2:10
(Disc Six)
6-1. Stardust From Tomorrow - 2:50
6-2. The Shadow World - 2:46
6-3. Why Go To The Moon? - 38:50
[ Sun Ra Arkestra ]
Sun Ra - keyboards, vocals
Kwame Hadi - trumpet
Akh Tal Ebah - trumpet, vocals
Charles Stevens - trombone
Marshall Allen - alto saxophone, flute, oboe, piccolo, percussion
Danny Davis - alto saxophone, flute, percussion 
John Gilmore - tenor saxophone, percussion, vocals
Eloe Omoe - bass clarinet, percussion
Danny Ray Thompson - saxophones, flute, percussion; 
Bill Davis - bass 
Lex Humphries - drums
James Jacson - percussion, flute
Atakatune, Odun - percussion
June Tyson, Ruth Wright, Cheryl Banks, Judith Holton - vocals 

(Original Transparency "Live at Slug's Saloon" CD Liner Cover)

 今回はサン・ラ・アーケストラのアルバムでも屈指の超大作の一つで、マニアには嬉しくビギナーには手にあまり、それでも凄まじい怒涛の内容によって見落とせない貴重なライヴ音源です。全編音源リンクを引けたサン・ラ没後発掘の本作は何とCD6枚組ボックス、ニューヨークのジャズ・スポット、スラッグス・サルーンで1972年6月7日、8月19日に行われた2公演をCD3枚ずつに完全収録しており、各公演が3時間ずつでトータル6時間強におよぶ大作です。もっともこれは会場側の記録録音がサン・ラ没後だからこそ発売されたもので、通常ならこの2公演からそれぞれ選曲・編集して2枚組(または2枚別売)程度に収めるのが通例でしょう。サン・ラ専門の発掘レーベルTransparency社からは本作に先立って2007年に28枚組(!)CD『The Complete Detroit Jazz Center Residency Dec. 26th, 1980 - January 1st. 1981』がリリースされており、これはサターン・レコーズから1981年、1982年にアナログLPで発売されたライヴ盤『Beyond the Purple Star Zone』『Oblique Paralax』の原盤テープから1980年12月26日~1981年1月1日までデトロイトで行われた一週間連続コンサートの全貌を収めたものでした。本作も、もしサン・ラ生前のリリースであればアナログLP2作程度の抜粋発売になったと思われます。

 ニューヨークのジャズ・スポット、スラッグス・サルーンは一般的なジャズ・クラブにはめったに出演できないフリー・ジャズ系ミュージシャンを積極的に出演させた名所で、サン・ラ・アーケストラがニューヨークに進出して以来1964年からニューヨークでの活動の本拠地にしていたライヴ会場でした。特にESPディスクからデビューした新進ジャズマンが出演できる会場といえばスラッグスくらいしかなく、サン・ラ以外にも多くのフリー・ジャズ系ジャズマンがスラッグスでライヴ・レコーディングを残しています。一方サン・ラ・アーケストラは1970年秋・冬の2回のヨーロッパ・ツアー以降人員も増え出演会場も広がり、1971年にはオークランド、1972年以降にはファラデルフィアにバンドの住居兼事務所を移していました。スラッグスには長年の恩義があり定期出演を続けていましたが、'70年代以降には小会場のスラッグスへの定期出演はバンドにとって地理的にも会場の規模としても制約の大きいものになっていました。1972年春にスラッグスは閉店を決め、年末の閉店までにサン・ラ・アーケストラが出演した2回の公演を会場側が記録録音していたのが本作です。スラッグスはライヴ・ハウス規模の会場であり、この頃のアーケストラの大規模編成には手狭だったのが録音状態からも伝わってきます。小編成が標準的だった多くのフリー・ジャズ系のバンドなら問題はなかったでしょうが、本作を聴くとおそらく録音機材やマイク設定には万全を尽くしたでしょうが、バンドの音圧が高いためにやや割れ気味の音質になっています。オーディエンスによるプライヴェート録音の基準ならこれでも上々ですが、本作はおそらくワンポイント・マイク録音で、ミキシングの余地はなかったのでしょう。

 本作に収められた2公演はいずれも3時間で1曲になるようなシームレスのメドレー形式で演奏され、20分から最長40分近いパーカッション・アンサンブルが随所に聴かれます。ディスク1-1からパーカッション・アンサンブルにテーマなしでオーボエのソロが延々続くので、当時の実際のサン・ラのライヴ体験もリスナーにとっては唖然とするようなものだったでしょうが、アルバムとしての加工がされていない本作は記録録音であってライヴ・アルバムとしての作品性は考慮されていないので熱心なサン・ラのリスナーでもサウンドだけではハイライトがつかみづらい、ヴィジュアルを伴ったライヴ体験でないと少々しんどい、アルバム作品として聴くにはやや冗長とも言える内容です。2回のコンサートからアナログLP1枚に編集・凝縮されたライヴの名盤『Nothing Is...』や『It's After the End of the World』がいかに良くできたアルバムだったかが改めて思わせられ、本作もマルチ・マイク録音でバランスの良いミキシングがされ、緩急つけた編集と選曲・配曲がなされていたらライヴ盤の名作になったかもしれない音源です。しかし'70年代に入ってからのサン・ラはスタジオ録音アルバムのみならずライヴ・アルバムも連発していたので、このスラッグスへの出演をアルバム化する予定はもともとなかったのでしょう。

 またライヴ内容はこの時期の「Discipline」(一般名詞としては「修行」ですが、普通アメリカでディシプリンと言えばキリスト教のディシプリン宗派を指し、キリスト教でも原理主義に近い宗派です)シリーズを中心とした組曲的かつ過激な実験性の強く出たもので、このセットリストを引っさげて来日公演でも実現していれば日本の批評家・リスナーを騒然とさせたような尖鋭的な演奏です。ソロイスト以外の全員がパーカッションを兼ねて10人あまりのパーカッション・アンサンブルが延々続くこのサウンドはジェームス・ブラウン~スライ・ストーン~パーラメント/ファンカデリックのファンクとも、'70年代マイルス・デイヴィスのジャズ・ロックとも、この時期からスタイルを確立していたフェラ・クティのアフロ・ビートとも似て異なる、一口にスペース・ジャズ・ファンクとは呼べない超時代的なもので、それらのどれよりも土着的なのに同時に未来指向的な、実物を聴いてもらうしかない攻撃的で圧倒的なパワーに満ちています。サン・ラ生前の公式アルバムの名作にはそれがもっと凝縮されて表されているのですが、くり返し聴くには(一聴するだけでも)しんどい発掘ライヴながら実際の生演奏ではいかにスケールの大きく混沌としたサウンドが奏でられていたかを確かめられることでも本作は価値ある記録でしょう。また本作からサン・ラを聴き始めるような無謀なリスナーもまずいないと思われますが、逆に初めてサン・ラのライヴに接して圧倒される疑似体験ができる貴重なドキュメントでもあり、絶頂期サン・ラの3時間ものライヴを2セットも聴ける本作はあえて無編集・ノーカットのままリリースされただけの意義のあるCD6枚組ボックスです。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)