ジョン・レノン『心の壁、愛の橋』(続) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

ジョン・レノン - 心の壁、愛の橋 (Apple, 1974)
ジョン・レノン John Lennon - 心の壁、愛の橋 Walls and Bridges (Apple, 1974.9) :  

Released by Apple Records SW 3416, September 26, 1974
Produced by John Lennon
All songs were written by John Lennon, except where noted.
(Side A)
A1. 愛を生きぬこう Going Down on Love - 3:54
A2. 真夜中を突っ走れ Whatever Gets You Thru the Night - 3:28
A3. 枯れた道 Old Dirt Road - 4:11
A4. ホワット・ユー・ガット What You Got - 3:09
A5. 果てしなき愛 Bless You - 4:38
A6. 心のしとねは何処 Scared - 4:36
(Side B)
B1. 夢の夢 #9 Dream - 4:47
B2. 予期せぬ驚き Surprise, Surprise (Sweet Bird of Paradox) - 2:55
B3. 鋼のように、ガラスの如く Steel and Glass - 4:37
B4. ビーフ・ジャーキー Beef Jerky - 3:26
B5. 愛の不毛 Nobody Loves You  (When You're Down and Out) - 5:08
B6. ヤ・ヤ Ya Ya (Lee Dorsey, Clarence Lewis, Morgan Robinson, Morris Levy) - 1:06

 今回は前3回への付け足しの内容です。先にジョンの生前に日本で刊行されたロック名盤ガイドブック『ROCK&ROCK』(講談社、1978年11月)で、このアルバム『心の壁、愛の橋』は、

「エルトン・ジョンとのデュエット曲「真夜中を突っ走れ」が収められたこのアルバムは、プロモーション・ニュースにはこと欠かず、ベスト・セラーを記録した。だが『ジョンの魂』『イマジン』でみせたあの感動的なメッセージを、この作品から汲みとることはできない。彼の過渡期のアルバム。」

 と紹介されていました。本作はしばらく不振・不評が続いていたジョン・レノンの会心の力作として宣伝され、人気絶頂期だったエルトン・ジョンとのデュエット「真夜中を突っ走れ」や、本作の前月にリリースされたジョンのプロデュースの、ハリー・ニルソン(本作でも「枯れた道」にヴォーカル参加)の『プシー・キャッツ (Pussy Cats)』(RCA Victor, 1974.8)とともにリリース前から話題を呼んでいたアルバムです。何しろビートルズのリーダーだったアーティストのソロ・アルバムですからアルバム・リリース自体が事件と言える上に、スーパースターにふさわしくジョンは私生活まで芸能ニュースの対象でした。ヨーコ夫人との夫婦揃っての不倫や別居、ジョンのアルコール依存症や奇行まで、リークされる情報が新作への注目に結びつけられていました。本作『心の壁、愛の橋』(Apple, 1974.9、全米1位・全英8位)は半年も置かずリリースされた次作の古典的ロックン・ロール曲カヴァー集『ロックン・ロール (Rock 'n' Roll)』(Apple, 1975.2、全米6位・全英10位)と同時並行制作されましたが、フィル・スペクターとの共同プロデュースでジョン以上のスペクターの奇人・奇行で制作が難航した『ロックン・ロール』は未完成状態のテスト・プレス盤がジョン自身によって関係者に流出し、海賊盤がベストセラーになるという事態も招いていました。ジョンというアーティストはもともとそういう無頓着な面があって、ビートルズ最後のアルバムになった『レット・イット・ビー』の、完成前に発売中止になったテスト・プレス盤『ゲット・バック』もジョンによって関係者に流出し、2021年に『レット・イット・ビー~デラックス・エディション』のボーナス・ディスクとして公式リリースされるまで海賊盤のベスト&ロングセラーとなっていました。発売中止盤『ゲット・バック』、未完成テスト盤『ロックン・ロール』の流出についてはジョン自身が認めており、「海賊盤も出ないアーティストは一流じゃないだろ?」と開き直った発言をしています。こんな事を言って許されるのはジョン・レノンとボブ・ディランくらいのものでしょう。さすがに5年間の引退を挟んだ『ダブル・ファンタジー (Double Fantasy)』(Geffin, 1980.11、オノ・ヨーコとの共作、全米1位・全英1位、グラミー賞最優秀アルバム賞受賞)では、ヨリを戻したヨーコ夫人との共作、新レーベルのゲフィン・レコーズへの移籍という事情があってか、先行シングル「スターティング・オーバー (Starting Over)」の解禁、アルバムの公式プロモーションまでジョン自身によるリークは起きませんでした。
 『ダブル・ファンタジー』は前記の通り『心の壁、愛の橋』『ロックン・ロール』から5年間の一時引退期間を経て制作・リリースされたカムバック作でしたが、『心の壁~』はことに自信作として意欲的なアルバムで、先に1973年10月から制作が始まるもレコーディングが難航したカヴァー曲集『ロックン・ロール』セッション(1974年10月完成)を中断して1974年7月~8月の実質1か月間に一気に完成されています。『心の壁~』はカセットテープでは4チャンネル・ミックス版もリリースされ、1999年にインディーのSilver DiscからCD化されましたが、翌2000年にはやはりインディーのVoxx Recordsによって、『心の壁~』セッションでギタリストを勤めたジェシ・エド・デイヴィス(1944~1988)所蔵のプライヴェート・テープから、1974年7月13日・7月21日セッションの全20曲分のリハーサル・テイクをディスク1に、さらにディスク2にジョン・レノン自身がDJを務めた1974年9月27日(アルバム発売の翌日!)のローカルAMラジオ局、KHJ-AMのスペシャル番組「DJ.WINSTON O'BOOGIE TAKES OVER KHJ-AM」を収めた2枚組CDがリリースされました。リハーサル・テイクもミュージシャンに駄目出ししまくるジョンの鬼プロデューサーぶりが面白いものですが、目玉はラジオ番組の方でしょう。フルネームはジョン・ウィンストン・オノ・レノン(ヨーコ夫人との結婚前はジョン・ウィンストン・レノン)ですから、ジョンのDJ番組というとんでもない代物です。ジョンはKHJ-AM局の男性アナウンサー(構成作家?)と掛け合いで、推定約1時間半のこの番組のDJを務めていますが、挨拶代わりにまずビートルズ時代の「カム・トゥギャザー」を流し、アルバム『心の壁、愛の橋』のほぼ全曲の8トラック・ミックス(!)をコメントつきでオンエアするとともに、合間合間にエルトン・ジョンの曲、スティーヴィー・ワンダーの「迷信」、ボブ・マーリー&ウェイラーズの「アイ・ショット・ザ・シェリフ」を愛聴曲として選曲し、リスナーからの電話質問・リクエスト・コーナーを一方的に「はいはい、じゃあね(Well, well, bye!)」とうっちゃり、ウィングスの「ジェット」、ジョージ・ハリソンの「マイ・スウィート・ロード」をポールやジョージへのコメントつきでオンエアし(CDでは『心の壁、愛の橋』以外の他のアーティストの曲はイントロのみでフェイドアウト処理されており、エルトンの曲はフェイドアウトが早すぎ曲目不明です)、リスナーを煙に巻いてラジオ局のジングルの流れる中、最初から最後まですっとぼけたDJぶりを貫きます。CDのクレジットによるとラジオ局KHJ-AMに残されたオリジナル・テープからのCD化とされていますから、ジョン以外のアーティストの曲のフェイドアウトはCD化に際しての処理としても、系列ローカルAMラジオ局用の事前の収録番組で実際の収録はアルバム発売前、アルバム発売の翌日に合わせてオンエアされたものと思われます。1974年当時のラジオ番組ですから当然インターネット回線などなく、ジョンのニューヨークの自宅とラジオ局を電話回線で結んだ収録だったかもしれませんが、おそらくジョンはグラスでも決めていたのか上機嫌かつマイペースで局アナとDJを務めています。このDJ番組はジョンが新作『心の壁、愛の橋』にいかに自信を抱いていたかの証拠物件としても、レアな8トラック・ミックス(決定版2チャンネル・ステレオ・ミックス前の仮ミックス段階でしょう)でのほぼ全曲オンエアが聴けるタイムカプセル的音源としても無類のものでしょう。ジョンの没後にヨーコ未亡人の監修で膨大な未発表デモテープ、別テイク類が発掘リリースされましたが、このラジオ番組はヨーコ夫人による手が加わらず、リスナーをアルバム『心の壁、愛の橋』リリース翌日の1974年9月27日(金)の臨場感を伝えてくれるものです。傑作をものした、というアーティストの自信を伝えてくれる音源としてこれ以上のものはありません。今日、同アルバムがジョンのソロ・キャリアにあっては目立たない、それほど人気のないアルバムであってもです。