フィル・パールマン三部作(2) ジ・エレクトロニック・ホール (Radish,1970) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

ジ・エレクトロニック・ホール The Electronic Hole (Radish, 1970)
ジ・エレクトロニック・ホール The Electronic Hole (Radish, 1970)  :  

Released by Radish Records Radish ‎A.S.0002, Orange County, California, January 1970 (Private Press, 200 Copy Only)
Recording Engendered by Joe Sidore
Produced & Composed by Phil Pearlman
(Side 1)
A1. The Golden Hill - 16:57 (Part 1-4)
(Side 2)
B1. Love Will Find A Way - 15:45 (Part 1-3)
[ The Electronic Hole ]
Phil Pearlman, Bill Younger, Rick Mandelbaum, Toni Sartorio, Wendell Keesee III
(Original Radish "The Electronic Hole" LP Liner Cover & Side 1 Label)

 フィル・パールマン(生没?年不詳)自身の自主制作盤LPとして、ラディッシュAS0001の『ザ・ビート・オブ・ジ・アース(The Beat of The Earth)』につづきラディッシュAS0002の品番でリリースされた本作は、500枚プレスされたもののほとんど売れなかった前作の教訓を踏まえて200枚しかプレスされなかった、前作以上の稀少盤でした。現在でも正規盤ではCD化されておらず、Amazonでは「レーベル:Glass Ark Music / 販売元: Amazon.com Int’l Sales, Inc. / 形式: MP3 / 発売日: 2011/10/1 / コピーライト:(C) 2011 Purple Pyramid Records」としてダウンロード販売されていますが、Purple Pyramid RecordsはUnofficialレーベルですから正規のダウンロード再発売ではありません。またアナログ盤A面・B面はA面4曲・B面3曲に分かれてはいるもののオリジナルLPではパート分けはなく、片面1曲ずつの仕様でした(何しろ稀少盤なので、レコード起こしのコピー盤ブートでしか見たことがありませんが)。オリジナルの自主制作LPのラディッシュ盤では、B面は「Love Will Find A Way」でいいのですが、A面のタイトルは「The Golden Hour」ではなく上記の通り「The Golden Hill」が正しく、この間違いが生じたのはラディッシュ盤をそのままレーベルごとコピーした2004年の偽ラディッシュ盤CD(これが初CD化)で「The Golden Hour」とジャケット裏で誤記されたのが出回ったからで、この2004年盤CDはラディッシュ盤を名乗っているので多くのコレクターをフィル・パールマン自身による正規CD再発売と勘違いさせたものです。ただしインナーのジャケット(表裏とも)、音質ともについに原盤を見つけだしてきたと勘違いしてもおかしくないほどジャケット鮮明(裏ジャケットの文字もはっきり読める)、音質抜群のもので、メジャー会社からの正規再発売盤ですら昔のマイナーなアルバムの場合には原盤不明のためジャケット複写・マスターテープはレコード起こしのCDもありますから、コピー盤と思えば2004年の偽ラディッシュ盤CDは最上(と言ってUnofficial盤のため語弊があれば次善)なので、おそらく偽ラディッシュ盤CDをさらにコピーしているパープル・ピラミッド原盤はダウンロード販売としてもコピーのまたコピーということになります。YouTubeからダウンロードできるならそれで十分とも言えますが、フィル・パールマンの3作『ザ・ビート・オブ・ジ・アース』'67、本作、『リレイティヴェリー・クリーン・リヴァース (Relatively Clean Rivers)』'76のうち本当に版権共有者の認めたオリジナル・マスターテープからの正規リマスター再発CDで買って聴けるのは『ザ・ビート・オブ・ジ・アース』しかありません。本作と次作『リレイティヴェリー・クリーン・リヴァース』の現行CDは輸入盤店や通販店に出回っているものもすべてUnofficial盤なのですが、真に必聴の名作なのは本作と次作なのです。『ザ・ビート・オブ・ジ・アース』も実はすごいとわかってくるのは『ジ・エレクトロニック・ホール』と『リレイティヴェリー・クリーン・リヴァース』を聴いてからで、初期の1965年のサーフ・インスト・シングルやサントラまで無理は言えませんから、この三部作はいっそどこかのインディー・レーベルでなんとか3枚組ボックスで世界初一括正規CD化してくれないかと望まれます。できれば一度LPで発掘発売されただけの『ザ・ビート・オブ・ジ・アース』制作時のアウトテイク・アルバム『Our Standard Three Minute Tune』(Radish, 1994)も合わせてコンプリート・ボックス化しようというインディー・レーベルはないのかと悩ましいものの、『ザ・ビート・オブ・ジ・アース』の決定版といえるマスターテープからの正規盤リマスターCD再発をなしとげたStoned Circle社あたりはとっくに捜索に着手しているでしょうから、もとより消息不明のフィル・パールマン(生年月日、存命すら不明)の所在だけでなく、今なお実現しない裏事情があるのだろうと思われます。
 
 ほとんど事前の作曲・アレンジがなかったような印象を受ける長尺集団即興演奏の『ザ・ビート・オブ・ジ・アース』と較べると、本作はA面の4パート、B面の3パートがそれぞれ個別の曲名をつけて独立させてもいいのでは、というくらい楽曲単位が聴きやすく、キャッチーでポップなまとまりを持っています。曲想もアレンジのアイディアも楽曲ごとに明快な特徴があり、まるで曲になっていない即興演奏の前作とは一聴してまったく異なったアルバムに聴こえます。クレジット上ではフィル・パールマン以外メンバーも総入れ替えになっています。しかし『ザ・ビート・オブ・ジ・アース』正規盤リマスターCD再発時の録音エンジニアのジョー(ジム)・サイドアの証言で、本作は実際はフィル・パールマン一人の多重録音による完全ソロ・アルバムだったのが判明しました。電子音楽系実験音楽を別にすればロックのワンマン多重録音アルバムではポール・マッカートニーの『マッカートニー』(Apple, 1970.9)が有名ですし、さらに早くスキップ・スペンスの伝説的アルバム『オール(Oar)』(Columbia, 1969.5)があり、日本でも早川義夫の『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』(URC, 1969.11)やかまやつひろしの『ムッシュー~かまやつひろしの世界』(Philips, 1970.2)がありました。早川義夫のアルバムはシンプルなフォークに近いとしても、パールマンの本作はかまやつひろしやスペンス、ポールと遜色ないほどの凝り方です。6年後の次作『リレイティヴェリー・クリーン・リヴァース』では再び最小限のメンバーを迎えるとともにさらに洗練された楽曲指向に向かうのですが、実は本作からラーガ調のフレーズやファズギターを引くと次作のスタイルがすでに現れているのに気づきます。さらに本作では楽曲単位にすっきり整理されているアレンジ要素は実は前作の一見散漫な即興演奏のあちこちにちりばめられていて、たとえば前作の旧LPのA面(「Beat of the Earth (Side 1)」)末尾ではラーガ調ギターやウクレレなどがいっせいにバラバラな民謡調メロディを奏でますが、チャールズ・アイヴス風のこの手法はよく聴くと「おおスザンナ」の音列を組み換えたもので、クライマックスに向けて徐々に「おおスザンナ」ができあがっていくのが聴きとれます。同一セッションからの別テイク・アルバム『Our Standard Three Minute Tune』が編集されていることからもテープ編集やミックス時のダビングで作品化されているのは明らかで、散漫で馬鹿みたいな即興演奏ロックに聴こえる『ザ・ビート・オブ・ジ・アース』は流して聴いているとまるで音楽的計算の見えない仕上がりにわざと仕上げてあったのがわかります。前作の場合はバンド形態だったので、'70年代のブライアン・イーノのポーツマス・シンフォニア(素人ばかりを集めてクラシック楽曲のぐだぐだのアルバム録音をする)のような構想が試せたのでしょう。本作はパールマン一人の多重録音だったので曲想やアレンジが楽曲単位でまとまる方向に向かったのだと思います。アンダーグラウンドなサイケデリック・ロックの多重録音アルバムとしてはスペンスの『オール』に匹敵する評価があっても良さそうな名作ですが、これに近い作風ならフランク・ザッパという巨匠が巨大なスケールでマザーズ時代のアルバムによってすでに一巡していて、自主制作盤LP限定200枚プレスの本作では注目されようもなかったでしょう。またジャケットの表裏を見ても本作はジ・エレクトロニック・ホールという新バンドのアルバムか、ザ・ビート・オブ・ジ・アースの第2作かまぎらわしいデザインになっていて、そこらへんの自主制作盤らしい道楽っぽさがプロフェッショナルに徹したザッパとの持ち味の違いでもあり、次作発表の1976年以来『ザ・ビート・オブ・ジ・アース』のマスターテープからの正規盤リマスターCD再発が実現した2016年になっても40年来関係者にすら消息不明という得体の知れなさがフィル・パールマンの神秘性をいや増しているとも言えそうです。

(旧記事を手直しし、再掲載しました)