サン・ラ Sun Ra and His Astro-Solar Infinity Arkestra - マイ・ブラザー・ザ・ウィンド My Brother the Wind, Intergalaxtic Series II (El Saturn, 1970) :
Released by El Saturn Records Saturn Research ESR521, 1970
Produced by T.S. Mims
All Compositions and Arrangements by Sun Ra
(Side A)
A1. My Brother The Wind - 2:38
A2. Intergalactic II - 8:41
A3. To Nature's God - 4:37
(Side B)
B1. The Code Of Interdependence - 16:16
[ Sun Ra and His Astro-Solar Infinity Arkestra ]
Sun Ra - two Moog synthesizers
Marshall Allen - oboe, piccolo flute, flute, percussion
Danny Davis - alto saxophone, clarinet, percussion
John Gilmore - tenor saxophone, percussion, drums
前回まででサン・ラ(1914-1993)の「シカゴ時代1956-61」のアルバム13枚、また「ニューヨーク進出期・1962-1969」のアルバム28枚をご紹介してきました。間髪入れずに続きをやっていこうと思います。1970年を境にサン・ラは毎年のようにヨーロッパ・ツアーが組まれ、ヨーロッパのレーベルからの新作アルバムが急増する上に、ライヴ・アルバムも盛んに制作されるようになります。*はサン・ラの生前発表のスタジオ・アルバム、**は生前発表のライヴ・アルバムで、***/*は没後発掘発売のスタジオ・アルバム、***/**は没後発掘発売のライヴ・アルバムになります。この時期は4人編成アーケストラの『My Brother the Wind』から始まりますが、すぐにバンドは過去最大の編成に増員し、祝祭的なステージが評判を呼んで主にヨーロッパ諸国のジャズ・フェスティヴァルでメイン・アクトに昇格してゆき、1976年のスタジオ盤『Cosmos』とライヴ盤『Live at Montreux』で頂点を極めるバンドの上り坂を記録しており、1977年にはサン・ラは一旦ソロ・ピアノ作品と小編成アーケストラに回帰します。よって'70年代サン・ラ作品は1970年~1976年と、1977年~1979年に二分することにします。1977年~1979年だけで区分するのは短すぎるように思えますが、この時期はサン・ラの創作力が60代半ばを迎えますます旺盛になった時期で、1977年~1979年の足かけ3年間だけでも30枚あまりのアルバムがあるのです。1956年~1969年のアルバムは35枚あまりのほぼ全作品のリンクが引けましたが、この時期からはリンクが引けないアルバム(特に生前未発表の発掘アルバム)も増えてくるでしょう。足かけ7年で48作を数えますが、*をつけたのがサン・ラの生前発表作で26作(2枚1セット含む)、没後発掘作品が22作(大半は2枚組)になります。しかも1972年録音・2008年発売の発掘ライヴ『Live At Slug's Saloon』などはCD6枚組です。今後これらのアルバムを1枚1枚ご紹介していくのかと思うとくらくらしますが、サン・ラを聴くとはそういうことなのです。
[ Sun Ra & His Arkestra 1970-1976 Album Discography ]
*(1)1969-70; My Brother the Wind (released.1974/rec.1970)*
*(2)1970; The Night of the Purple Moon (released.1970/rec.1970)*
*(3)1970; My Brother the Wind Volume II (Otherness) (released.1971/rec.1969-1970)*
*(4)1969-70; Space Probe (aka A Tonal View of Times Tomorrow, Vol.1) (released.1974/rec.1993-1970) Various Sessions*
*(5)1962-70; The Invisible Shield (aka Janus, A Tonal View of Times Tomorrow, Vol. 2, Satellites are Outerspace) (released.1974/rec.1962-1970) Various Sessions*
*(6)1961-70; Out There A Minute (released.1974/rec.1969-1970) Various Sessions*
*(7)1971; Solar Myth Approach Vols 1+2 (released.1974/rec.1969-1970)*
(8)1970; Nuits de la Fondation Maeght, Volume I & II (released.1974/rec.1969-1970)**
*(9)1970; It's After the End of the World (released.1971/rec.1970)**
(10)1970; Black Myth/Out in Space (Complete '"It's After the End of the Worlds" Sessions, released.1998/rec.1970)***/**
*(11)1970; Live In London 1970 (released 1990/rec.1970)**/**
(12)1971; The Creator of The Universe(The Lost Reel Collection Vol.1) (released 2007/rec.1971)***/**
*(13)1971; Universe In Blue (released 1972/rec.1971)**
(14)1971; The Paris Tapes - Live at Le Theatre Du Chatlet 1971 I (released.2010/rec.1971)***/**
(15)1971; Intergalactic Research (The Lost Reel Collection Vol.2) (released 2007/rec.1971&1972)***/**
(16)1971; Calling Planet Earth (released 1998/rec.1971)***/**
*(17)1971; Nidhamu (released.Middle 1972/rec.1971)**
*(18)1971; Live in Egypt 1 (released Middle 70's/rec.1971)**
*(19)1971; Horizon (released Middle 70's/rec.1971)**
(20)1972; Space Is the Place (soundtrack) (released 1993/rec.1972)***/*
(21)1972; The Shadows Took Shape (The Lost Reel Collection Vol.3) (released 2007/rec.1972)***/**
*(22)1972; Astro Black (released 1973/rec.1972)*
(23)1972; Live At Slug's Saloon (released 2008/rec.1972)***/**
(24)1972; The Universe Sent Me (The Lost Reel Collection Vol.5) (released 2007/rec.1972&1973)***/**
*(25)1972; Discipline 27 (released 1972/rec. 1972)*
(26)1972; Life Is Splendid (released 1999/rec.1972)***/**
*(27)1972; Space is the Place (released 1973/rec.1973)*
(28)1973; Crystal Spears (released 2000/rec. 1973)***/*
(29)1973; Cymbals (released 2000/Rec.1973)***/*
*(30)1973; Deep Purple (released 1973/rec.1953-1973)*
*(31)1973; Pathways to Unknown Worlds (released.1975/rec.1973)*
(32)1973; Friendly Love (released.2000/rec.1973)***/*
(33)1973; What Planet Is This? (released.2006/rec.1973)***/**
*(34)1973; Outer Space Employment Agency (released 1973/Rec.1973)**
(35)1973; Live in Paris at the "Gibus" (released.2003/rec.1973)***/**
(36)1973; The Road To Destiny (The Lost Reel Collection Vol.6) (released 2010/rec.1973)***/**
(37)1973; Concert for the Comet Kohoutek (released.1993/rec.1973)***/**
(38)1973; Planets Of Life Or Death: Amiens '73 (released.2003/rec.1973)***/**
*(39)1974; Out Beyond the Kingdom Of (released.1974/rec.1974)**
*(40)1974; The Antique Blacks (released.1974/rec.1974)*
(41)1974; It Is Forbidden (released 2001/rec.1974)***/**
*(42)1974; Sub Underground (released 1974/rec.1974)**
(43)1974; Dance of The Living Image (The Lost Reel Collection Vol.4) (released 2007/rec.1974)***/**
(44)1974; United World In Outer Space-Live In Cleveland (released 2009/rec.1975)***/**
*(45)1975; What's New? (released 1975/rec.1975)**
*(46)1976; Cosmos (released.1976/rec.1976)*
*(47)1976; Live at Montreux (released.1976/rec.1976)**
*(48)1976; A Quiet Place in the Universe (Released.1976/Rec.1976&1977)**
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サン・ラ'70年代作品群の第1弾と言える『My Brother the Wind』はサン・ラらしくややこしい成立事情を持った作品で、アルバム制作のきっかけはサン・ラが1969年にミニ・ムーグ・シンセサイザーのモニター・ミュージシャンとして試作機2台を入手したことから始まります。まず14人編成に増員されたアーケストラ作品として1969年に制作が始まったムーグ入りアルバムが先行し、1970年後半にA面7曲・B面4曲の小品集(うち2曲は新加入の女性ヴォーカリスト、ジューン・タイソンのフューチャリング・ナンバー)として完成されましたが、14人編成アーケストラ作品より後から着手し早く完成したムーグ入り4人編成アーケストラ作品が本作『My Brother the Wind』で、14人編成作品は『My Brother the Wind, Volume II』として1971年に発売、A面3曲・B面1曲の4人編成作品の本作は『My Brother the Wind』(または『My Brother the Wind, Volume I』)として1970年に発売されました。初めてのムーグ・シンセサイザー使用作品といっても曲ごとにコンパクトなアイディアでまとめた14人編成アーケストラの小品集『Volume II』と、これまでには『Atlantis』A面が唯一匹敵するくらい小編成アーケストラで通常サイズの構成(A面3曲・B面1曲)に挑んだ『Volume I』ではムーグ・シンセサイザーの使用以外にコンセプトの共通性はありません。編成の大きな違いからもこの2作は別々に独立した作品とすべきでしょう。
この『My Brother the Wind, Volume I』は4人編成といっても尋常な楽器編成ではなく、サン・ラのツイン・ムーグの他は専任ドラム奏者がおらず主にテナー奏者のジョン・ギルモアがドラムスを担当しており、アルト奏者のマーシャル・アレンとダニー・デイヴィスがギルモア同様サックスのソロ・スペースなしにオーボエやピッコロ、フルート、クラリネットで効果音的に絡みながら定型リズムを叩かないパーカッションを添える程度であり、ギルモアのドラムスにも定型ビートはありません。14人編成の『Volume II』ではドラムスとパーカッション6人にベース入りとリズム・セクションは非常に分厚くなっており、むしろアーケストラの従来路線の順当な発展はそちらにありますが、『Volume I』は『Atlantis』に続いてベーシスト不在のアルバムである点でも『Atlantis』をさらに、モーグ・シンセサイザーを最大限にノイズ発生装置として生かしながら最小編成で進展させたものと言えます。通常この小編成ではベーシストかドラマーには優秀な専任プレイヤーを確保しないと推進力や表現力に支障をきたす恐れがありますが、サン・ラとしてはコンセプトを理解しているメンバーと一気に作ったアルバムなのでしょう。先に制作を始めていた14人編成作品より早く仕上がったのもうなずけます。
先に「ギルモアのドラムスにも定型ビートはありません」と書いたのは正確な表現ではなく、A1冒頭を聴くと一応ギルモアは4ビートを叩いてはいます。ところがサン・ラがドラムスのビートに合わせないからか、ギルモア自身がビートをキープできないのか、1分も経たないうちに定型ビートが消滅してしまいます。マーシャル・アレンとダニー・デイヴィスによる合奏がドラムレスでピック・アップされた後で戻ってくるギルモアのポリリズム・ドラミングがまた問題で、フリー・ジャズのポリリズムにも音楽的なアンサンブルの巧拙が問われますが、早い話ここまで曲になっていないのは珍しい現象です。サン・ラのアルバムはポスト・バップからフリー・ジャズ、アヴァンギャルド・ジャズまでアルバムごとにさまざまに分類されますが、『My Brother the Wind』はフリー・インプロヴィゼーション作品と分類される場合が多いのはあらかじめ楽曲が用意されていない即興演奏の印象が強いからでしょう。それでもA2、A3はテンポ・ルバートから始まって次第に定速ビートが形成されていきますが、ドラムスがビートを先導していないのでムーグ・シンセサイザーがふにゃふにゃ鳴っている音が定型ビートと関わりなく響いています。
A面を聴いて気づくのはアレンとデイヴィスの出番がほとんどないことで、どうもサン・ラがムーグ・シンセサイザーの出力調整をしている間のつなぎ役が主な役割のようです。看板テナーのギルモアはドラムスで遊んでいますし、これでB面全1曲16分が持つかなと思うと、しっかりアルバムのハイライト曲になっており、サン・ラがこのアルバムでムーグ・シンセサイザーでやりたかったことが十分にかなった曲でしょう。ムーグのうち1台はさらにパーカッシヴな音色のクラヴィネット風にセッティングして細かいフレーズやアルペジオはこちらで刻み、もう1台はミストーンぎりぎりにかすれきった口笛のような管楽器的音色にして、虚無的なテーマ・メロディは口笛音色のムーグで鳴らしています。中盤までで楽曲のムードをつかんだアレン、デイヴィスのソロも力強く、ドラムスから離れて鮮やかな無伴奏テナーソロを決めた後のギルモアのドラムスも自信に満ちてバンドを引っ張っています。結局このアルバムの聴きどころはB面だけか、と続けざまにA面から聴き返すと、B面で実を結んだアイディアが実はA面各曲で断片的に試みられているのがようやくわかってくるのも本作の憎いところですが、名盤『Atlantis』の作風を変奏・拡張したこの傑作アルバムも、サン・ラの諸作では怪作の部類にとどまるかもしれません。
(旧記事を手直しし、再掲載しました。)