'60年代サン・ラの集大成!「アトランティス」(El Saturn, 1969) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - アトランティス (El Saturn, 1969)
サン・ラ Sun Ra and his Astro-Infinity Arkestra - アトランティス Atlantis (El Saturn,1969) :  

Side one probably recorded at Sun Studios, New York (the Arkestra's commune) between 1967 and 1969; Side two was recorded at Olatunji's cultural center on 125th Street, NY, in 1967.
Released by El Saturn Records ESR-507, 1969
Reissued by ABC Records/Impulse! AS-9239, 1973
Produced by Ihnfinity Inc. and Alton Abraham
All Compositions and Arrangements by Sun Ra
(Side A)
A1. Mu - 4:30
A2. Lemuria - 5:02
A3. Yucatan - 5:27 *Original Saturn Version
A3. Yucatan - 3:44 *Reissued Impulse! Version
A4. Bimini - 5:45
(Side B)
B1. Atlantis - 21:51
[ Sun Ra and his Astro-Infinity Arkestra ]
Sun Ra - solar sound organ (Gibson Kalamazoo Organ & clavione) (B1), solar sound Instrument (Hohner Clavinet) (A1-4)
John Gilmore - tenor saxophone (A1, A2), percussion (A3, A4, B1)
Pat Patrick - baritone saxophone, flute (B1), percussion (A4)
Marshall Allen - alto saxophone, oboe (B1), percussion (A4)
Danny Thompson - alto saxophone, flute (B1)
Bob Barry - drums, lightning drum (A1-4, B1)
Wayne Harris - trumpet (B1)
Ebah - trumpet (B1)
Carl Nimrod - space drums (B1)
James Jacson - log drums (A4, B1)
Robert Cummins - bass clarinet (B1)
Danny Davis - alto saxophone (B1)
Ali Harsan - trombone (B1) 

(Original El Saturn "Atlantis" LP Liner Cover & Side A Label)
 1960年代サン・ラの掉尾を飾る名盤『Atlantis』は1961年末のニューヨーク進出以来ほぼ20作目に当たり、1956年のアルバム・デビューからはほぼ30作目~35作目になります。ほぼ、というのは60年代までのサン・ラのアルバムは自主レーベル(実質的に自主制作盤)のサターンからの発売(後にメジャー傘下のインパルスより再発)が多く、録音年度が不確かだったり後年の発掘作や企画盤的性格も多いので正確に制作・発売順を特定できないからです。確かなのはこの『Atlantis』が60年代のサン・ラの総決算になり、本作でひとまず「シカゴ時代・1956-1961」と「ニューヨーク進出時代・1961-1969」は締めくくられる、と見做せるでしょう(1970年からはアルバム制作においても国際的活動期に入ります)。サン・ラは1965年~1967年度に新作の制作と未発表の旧作の大量発売が続いたので1968年度はライヴは活発ながらアルバム制作は少なく、1968年度の『Continuation』の他はアミリ・バラカの演劇LP『A Black Mass』への参加(舞台音楽)があり、また後年発掘発売されたライヴ盤2組『Outer Spaceways Incorporated』1966-1968と同作とほぼ同内容の『Pictures of Infinity』1968がありますが、発掘ライヴは変則的アルバムで'70年代にサン・ラの認知度が高まってからリリースされたものでした。『A Black Mass』は文化史的作品ではありますが、ラジオドラマLPですから音楽作品として楽しむのは無理があります。

 なので1968年~1969年のサン・ラの本格的アルバムは『Continuation』と『Atlantis』の2作になりますが、特に『Atlantis』が重要なのは、サン・ラのマネジメントでシカゴに在住のままサン・ラとともにサターン・レーベルを主宰していたアルトン・エイブラハムが、バンド運営とアルバム制作の全般を「宇宙に貢献する文化活動組織」として法人化を申請し、イリノイ州でインフィニティ社(Infinity.Inc)の法人登録が認可されて税制や資金繰りが有利になってからの初めてのアルバムになったことでした(1972年に一度認可取り消し、1974年に非営利団体として再認可)。エイブラハムもサン・ラもアーケストラのメンバーもまさか法人申請が認可されるとは思っていなかったので、法人登録を記念してメンバーを100人に増員した特別コンサートを開催したそうです(録音現存せず)。このコンサートは成功しましたが、サン・ラは実際は1000人編成のコンサート(マーラー交響曲第八番のような!)を望んでおり、さらに1万人、最終的には14万4000人編成(!)のコンサートの必要性を力説していたと言われます。『Atlantis』はひさしぶりの新作アルバムになるとともに(1968年録音の『Continuation』は発売は1970年になります)、サン・ラが精神的高揚期にあったことを示すものでもありました。サン・ラは1914年生まれですから、この『Atlantis』発表年の1969年には55歳になります。

 サン・ラのアルバムに通常のアルバム解説にあたるライナー・ノーツがついたことはめったにありませんでしたが(例外的に『Strange Strings』1967には民族音楽学者による弦楽器と民族音楽の平行発達を解説するライナー・ノーツが掲載されていました)、多くはメンバーの羅列か、せいぜいサン・ラの詩かマニフェストが掲載されているのみで、『Atlantis』の場合にもサン・ラの詩的マニフェストが掲載されています。「THE DEAD PAST」というタイトルで、内容はいつも通り「誤った地球文明を正さなければならない」という主旨のものです。

「過去の文明は常に現代文明の発祥の起点とされてきた。なぜなら世界は常に過去を参照しているから。そして人々のほとんどは過去の習慣に倣うからだ。だが新たな宇宙時代にはその考えは危ない。過去とは死滅したものであり、それに倣う者もまた過去がそうであったように死滅する運命にある。正しくは、死滅した者をして過ぎ去ったものこそ過去であると言わしめよ」

 ここで「死滅」と訳したのは原文ではすべて「Dead」ですから、実際には相当攻撃的なニュアンスのマニフェストです。『Atlantis』タイトル曲のエンディングでメンバー全員の合唱になるパートで歌われているセンテンスは「Sun Ra and his Band from Outer Space are here to entertain you.」(サン・ラとそのバンドは外宇宙からみんなを楽しませるためにやって来た)というフレーズのくり返しですから、サン・ラにとっては現代アメリカの主流音楽は偽の音楽文化であり、アーケストラの音楽こそが文明を正しく導くものだ、という主張でしょう。本作収録の楽曲はそれぞれ古代文明の地名をタイトルにしており、サン・ラが幻視した古代の民族音楽の再現というコンセプトでアルバムが構成されています。ゆえに本作は'50年代~'60年代いっぱいまでのサン・ラの音楽の総括かつ集大成的アルバムになりました。またコンセプトの明快さによって音楽は単純化され、サン・ラのアルバムでももっともストレンジながら、もっとも聴きやすく焦点の定まったアルバムになっており、サン・ラの音楽のエッセンスが凝縮されているとともに親しみやすい(または呆気にとられる)、理想的な作品に仕上がっている点でも里程標的な、完成度の高いアルバムです。極言すれば'60年代末までのサン・ラのアルバムは本作1作で代表でき、それから'70年代以降のアルバムが続くと聴くこともできるでしょう。

 サン・ラに共鳴していたロックからの反応は、デトロイトの画期的なプロト・パンク/メタル・バンド、MC5のライヴ録音によるデビュー作『Kick Out The Jams』1969.2でサン・ラの『The Heliocentric Worlds of Sun Ra』1965に添付されたサン・ラの予言詩をジャケットに転載し、あえてアルバムの最終曲「Starship」をMC5とサン・ラの共作曲としているのが先駆的な例として注目されます。MC5は白人ロック・バンドでしたが、黒人解放戦線を標榜した政治組織・ブラックパンサー党を支持することで、白人社会に対しての反体制的立場から出発しました。MC5の影響力は非常に大きく、その出発にサン・ラとの交歓があったことは、サン・ラ自身はアーケストラの存在の政治性を是認していないものの、サン・ラ・アーケストラというバンドの存在自体が当時の反体制派ミュージシャンの精神的支柱、一種のシンボル化していたことを語っています。
(Reissued Impulse! "Atlantis" LP Liner Cover, Gatefold Inner Cover & Side 1 Label)
 アルバム『Atlantis』アナログLPのAB面は録音年代に3年間の開きがあり、A面の4曲はアーケストラの練習場兼共同住宅で1967年~1969年に録音されています。B面全面を占める1967年ライヴ録音のアルバム・タイトル曲もそうですが、このアルバムにはベーシストが参加していません。1961年から1968年のアルバムまでは天才ベーシスト、ロニー・ボイキンスが数々のアルバムを名盤に仕上げた素晴らしい貢献をしていました。録音年度が1967年にさかのぼる曲があるのにボイキンス不参加は不自然ですが、アルバム編集のための選曲に際してベースの参加していないトラックを選出したということでしょう。結果的にベースレスでボトムの欠けた楽器編成は、奇妙な浮遊感の効果に収録曲を統一しています。

 A面でサン・ラが弾いているのはホーナー・クラヴィネットで、サン・ラの電気キーボードの演奏はいつも大胆ですが、今回は特にこの珍妙な音色がA面の鍵になっています。A1、A2の2曲がジョン・ギルモアのテナー、ボブ・バリーのドラムスとのトリオでどちらもワルツ曲ですが、凄腕の看板テナーのギルモアが初心者が吹いているようなテナーをアドリブなしで聴かせる演奏で、A2はセロニアス・モンクの「Epistrophy」との類似に気づかされます。ギルモアはリフしか吹きません。A3(サターン盤と再発インパルス盤は別テイクではなく、完全に別の曲です)はギルモアもパーカッションにまわりクラヴィネット、パーカッション、ドラムスだけのリズム曲になります。ホーナーのクラヴィネットとは本来こんな奇妙な音色の楽器なのかますます悩ましい上に、A4ではクラヴィネット、ドラムスに、さらにジェームズ・ジャクソンのログ・ドラムス(材木ドラム)、アーケストラの誇る3大看板サックス陣のギルモア、マーシャル・アレン、パット・パトリックがパーカッションというクラヴィネット+3パーカッション+2ドラムス編成になります。A面を通してメロディらしいメロディ、和声らしい和声はまったく出てこない、純粋にリズムだけのアンサンブルです。

 1965年録音の『Magic City』B面にもババトゥンデ・オラトゥンジ(1927-2003、ナイジェリア出身の黒人思想家・教育者・社会活動家・民族音楽家)のロフトでのライヴ録音が収録されていましたが、『Atlantis』B面全面を占めるタイトル曲は1967年のアフリカ文化会館、通称オラトゥンジ黒人文化センターでのコンサートでのライヴ録音で、このオラトゥンジ文化センターの設立に尽力したのが'60年代初頭からオラトゥンジの活動に協力していたユーゼフ・ラティーフとジョン・コルトレーンでした。オラトゥンジ文化センターのこけら落としに出演した1967年4月23日がコルトレーンの最後のライヴ演奏になり、3か月後コルトレーンは胃癌の急速な悪化により逝去します(この時のライヴは2001年に発掘発売され、全2曲63分の壮絶な演奏が聴けます)。コルトレーンは黒人ジャズマンにとってのリーダーと見做されていたので、その急逝はソニー・ロリンズ、ローランド・カーク、アルバート・アイラーらに深刻なショックを与えました。「Atlantis」の録音は大成功に終わったコンサートだったそうですが、4月23日からコルトレーンの急逝までの間の録音と推定されています。コルトレーンはサン・ラをずっと注目していたので、体調が許す限り聴きにきていた可能性は高いでしょう。サン・ラはつねづねコルトレーンについて「アーケストラの音楽性を盗んだ」と非難していましたが、コルトレーンの急逝にはショックを受け、「アーケストラに加入していたら死ななかったろうに」と洩らしていたといいます。

 A面の4曲は『Strange Strings』がそうだったように1回演ったら別のアルバムで同じ手は使えない、という極端なアイディアのものでした。それに較べればタイトル曲「Atlantis」はこれまでのサン・ラの、LP片面1曲の大作でも試みてきたラヴェルの「ボレロ」的な、シンプルなモティーフが暫進的なオーケストレーションによって重層化され、エンディングに向かってクレッシェンドしていく手法を踏襲しています。しかしLP片面におよぶ演奏時間では単に暫進的かつクレッシェンドよりも多彩な手法による組曲構成が可能であり、特にジャズのように音高による旋律ではなくリズムと音色そのものが旋律に替わる働きをする音楽であれば、ごく小さくても新しいアイディアがあればまったく異なる成果が得られます。それが電気キーボードの異様な使用法で、これまでのサン・ラのアルバムでも奇妙なキーボード・サウンドがたっぷり聴けましたが、まずライヴでB面曲「Atlantis」が録音され、それから「Atlantis」のコンセプト(キーボードの使用法)に沿ってA面が録音されたのではないかと思われます。

 タイトル曲「Atlantis」はのちのピンク・フロイドの「Echoes」を思わせるキーボードの点描的単音から始まりますが、21分ある演奏時間をほとんどサン・ラのキーボード独奏が占めていると言っても過言ではなく、エンディング近くのクレッシェンドを除けば管楽器群は波の満ち引きのように被さってくるだけです。サン・ラのキーボード独奏はギブソン・カラマズーオルガン(ギブソン社製のファルファッサ・オルガンのコピーモデルだそうです)とクラヴィオーヌを使用していますが、中盤からは完全に打楽器的な発想からクラスター・ノイズを演奏しており、おそらくほとんど指では弾かず、拳骨や手の甲で弾いているはずです。サン・ラがやるべきことは間断ないカラマズーとクラヴィオーヌの連打なので、そのビートを途切れなく曲のクライマックスまで持っていけるかが成否の鍵となります。冒頭でイン・テンポになる前のキーボード・ソロはクラヴィオーヌで、イン・テンポになってコードを弾いているのがカラマズーだと思いますが(2キーボード同時演奏)、これまでの『The Heliocentric Worlds~』などのアルバムで聴けたクラヴィオーヌのサウンドとはまったく違う、感電しそうなディストーション・サウンドになっています。

 おそらく「Atlantis」はサン・ラが電気キーボードを使用し始めて以来、ライヴ録音された1967年時点では最高の演奏でしょう。1966年にLP2枚分のソロ・ピアノ作品『Monorails and Satellites』を録音して、ピアニストとしては最初の頂点を極めた時期です。サン・ラはピアノでならいくらでもバンドをスウィングさせられました。今回は電気キーボードで、しかも天才ベーシスト抜きで傑作と言える大作になったのですから、達成した手応えは大きかったでしょう。A面の4曲は小曲単位に分かれた「Atlantis」の応用です。編成が小さい分リズム面ではもっと強いアクセントが要求されるので、よりパーカッシヴな音色のキーボードを求めてホーナー・クラヴィネットに行き着いたと思われます。ここで眼目となるのはクラヴィネットとドラムスのポリリズムなので、テナーにはリフしか吹かせずクラヴィネットもソロは弾かずヴォイシングの変奏しか弾きません。それにしても「Atlantis」のギブソン・カラマズーオルガンやクラヴィオーヌもそうですが、本作のサン・ラはどの電気キーボードも変態的で、ホーナー・クラヴィネットって本当にこんな音色なのだろうかと心配になります。1969年のロック臨界点がキャプテン・ビーフハートの『トラウト・マスク・レプリカ』ならジャズの臨界点は本作『Atlantis』でしょう。ともあれ、本作が1967年~1969年と3年ごしのアルバムになったのはそうした入念な成立事情があったからではないかと思われます。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)