サン・ラ - ミュージック・フロム・トゥモロウズ・ワールド (Atavistic, 2002) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - ミュージック・フロム・トゥモロウズ・ワールド (Atavistic, 2002)
サン・ラ・アーケストラ Sun Ra and his Arkestra - ミュージック・フロム・ トゥモローズ・ワールド Music from Tomorrow's World (Atavistic, 2002)
Track 1 to 7: Recorded live at Wonder Inn, Chicago, 1960.
Track 8 to 17: Recorded during a studio session at Majestic Hall, Chicago, a day of 1960.
Compiled in 1969 (possibly)
Originally Released by Americ Disc, Atavistic UMS-ALP237CD, Unheard Music Series CD, 2002
Reissued by P-Vine Records PCD-22036 (Japan), 2003
Transferred & Restored Technician by John McCortney
Reissue Production Assistance by Terri Kapsalis
Reissue Producer, Liner Notes by John Corbett
Cover Artwork by Claude Dangerfield
(Tracklist)
[ Live At The Wonder Inn ] :  

2. Spontaneus Simplicity (Sun Ra) - 3:10
3. Space Aura (Sun Ra) - 3:26
4. S'Wonderful (George & Ira Gershwin) - 3:34
5. It Ain't Necessary So (George & Ira Gershwin) - 4:40
6. How High the Moon (Morgan Lewis) - 6:26
7. China Gate (Victor Young, Harold Adamson) - 3:58
[ The Majestic Hall Session ] (incomplete) :  

9. Ankhnaton (Sun Ra) - 3:53
10. Possession (Harry Revel) - 6:25
11. Tapestry from an Asteroid (Sun Ra) - 2:03
12. Majestic 2 (Sun Ra) - 6:02
13. Majestic 3 (Sun Ra) - 3:03
14. Majestic 4 (Sun Ra) - 6:21
15. Velvet (Sun Ra) - 4:33
16. A Call for All Demons (Sun Ra) - 2:02
17. Interstellar Low Ways (Introduction) (Sun Ra) - 0:28
[ Sun Ra and his Arkestra ]
Tracks 1 to 7: 
Sun Ra - piano, electric piano and percussion
John Gilmore - tenor saxophone
Marshall Allen - alto saxophone, flute; 
George Hudson - trumpet
Ricky Murray - voice
Ronnie Boykins - bass
John L. Hardy - drums
Tracks 8 to 17: 
Sun Ra - piano
John Gilmore - tenor saxophone
Marshall Allen - alto saxophone, flute
Gene Easton - alto saxophone
Ronald Wilson - baritone saxophone
Phil Cohran - cornet
Ronnie Boykins - bass
Robert Barry - drums 

(Original Atavistic "Music From Tomorrow's World" CD Liner Cover, Inner Sheet & CD Label)

 2002年発掘リリースの本作は1960年録音ながらも1969年にマスターが作成された作品とされているためにディスコグラフィー上座りが悪いのですが、アーケストラ公式サイトの録音順ディスコグラフィーでは1960年後半~1961年初頭シカゴ録音の『Fate in a Pleasant Mood』(El Saturn, 1965)に続く16作目とされており、本作の次が1960年末シカゴ録音のスタンダード曲集『Holiday for Soul Dance』(El Saturn, 1970)で、『Holiday~』の次作が初のニューヨーク公演時の1961年10月に、1956年シカゴ録音のサン・ラのデビュー・アルバム『Jazz by Sun Ra (Sun Songs)』(Transition, 1957)を手がけたフリー・プロデューサーのトム・ウィルソンの肝いりでニューアークで録音された『The Futuristic Sounds of Sun Ra』(Savoy, 1962)、それに続くアルバムは1962年にサン・ラ・アーケストラがシカゴからニューヨークに本拠地を移した第1作のスタンダード曲集『Bad and Beautiful』(El Saturn, 1972)ですから、本作はまとまった形で聴ける最古のアーケストラのライヴ音源でもあり、またバンド創設以来の本拠地シカゴでのほとんど最後のアルバムです。ここまで書いてきたデータでも如実なように、バンド創設とともにマネジメントのアルトン・エイブラハムとアーケストラ専門自主レーベル、Saturn Recordsを立ち上げて活動してきたサン・ラは、デビュー・アルバムこそトム・ウィルソンの新興(短命)レーベル、Transition Recordsから発表したものの(Transitionには『Jazz By Sun Ra, Vol.2』も録音しましたが、Transition社の活動停止から未発表になり、デビュー作の改題再発『Sun Song』とともに、ブルース・レーベルのDelmark Recordsから『Sound of Joy』と改題されて発表されたのは1967年になりました)Saturn Recordsからの発表の予定は後日に回してリハーサルの好調時に気が向くままにアルバム録音を行っていたので、大半のアルバムが録音時からリリースまでランダムにまとめられることになりました。1965年に新興フリー・ジャズ・レーベルのESP Diskから第31作目の『The Heliocentric World of Sun Ra』(ESP, 1965)がリリースされて国際的な注目を集め、それまでストックしていた録音を次々とアルバム化して大量リリースを始めるまで、それまで30作あまり制作されてきたサン・ラ・アーケストラの発表済みアルバムは『Jazz By Sun Ra』、『Super-Sonic Jazz』(El Saturn, 1957)、『Jazz in Silhouette』(El Saturn, 1959)、『The Futuristic Sounds of Sun Ra』、『When Sun Comes Out』(El Saturn, 1963)の5作だけで、第31作目の『The Heliocentric World of Sun Ra』は発表順ではまだたった6作目だったのです。本作は前述の通り1960年録音をまとめた2002年リリースの発掘アルバムですが、ここではサン・ラ研究者によって推定されている、本来1969年発表の意図で1969年にまとめられたアルバム、という近年のデータに従うことにします。次に位置するアルバムが意欲作にしてサン・ラ自身が自信を持ってリリースした傑作『Atlantis』(Saturn, 1969)のため、1969年成立説が研究者の推定通りならば本作は『Atlantis』に先立って旧録音をまとめたもの、 しかし近作のリリース・ラッシュにあってサターン・レコーズ自身がリリースを保留としたままサン・ラ没後10年経ってようやく発掘発売されたものと考えられます。

 サン・ラ(1914-1993)は'40年代から作曲家、バックバンド・リーダー、プロデューサーとしてシカゴのジャズ~黒人大衆音楽界の裏のボス的なミュージシャンでしたが、マネジメントのエイブラハムと契約を結び、いよいよ自分のバンドを立ち上げた1954年にはすでに40歳でした。アーケストラのメンバーはサン・ラより15歳~20歳年下の精鋭ミュージシャンで、'30年代のスウィング時代からプロ・ミュージシャンになっていたサン・ラに対して戦後のビ・バップ世代のジャズマンたちでした。アーケストラ創設メンバーで看板テナー奏者となったジョン・ギルモア(1931-1995)の証言によると、当初アーケストラのメンバーは作曲家・バンドリーダーのサン・ラを、セロニアス・モンク(1917-1982)やチャールズ・ミンガス(1922-1979)ら、ニューヨークのビ・バップを担うジャズマンのシカゴ版として集まったといいます。実際にサン・ラの作風はモンクやミンガスに近かったので、アーケストラのメンバーもモンクやミンガスのアルバムを参考にしてサン・ラのオリジナル曲を演奏していたのが初期のアーケストラのアルバムからは伝わってきます。サン・ラ自身はモンクやミンガスの登場以前から活動を始めており、モンクの作曲を賞讃し、ミンガスについては「なかなか良いね。アーケストラに近い。もっともわれわれの方が先だが」と答えるのが常でした。シカゴはアメリカの三大都市の一つですので、サン・ラの名前はシカゴにツアーで訪れたことのあるジャズマンの間では'50年代のうちに伝説的存在でした。しかしシカゴのヒーロー、サン・ラもR&Bやロックンロールに押された1957年頃からのジャズ不況にはバンド経営の行き詰まりに直面し、1958年初頭には一気に『Visit Planet Earth』『We Travel the Spaceways』『The Nubians of Plutonia』『Interstellar Low Ways』の4作(いずれもEl Saturn, 1966)を制作しています。これもシカゴでの行き詰まり、ニューヨーク進出のためのアルバム録音ストックのためと思われます。またサン・ラはせっかく自主レーベル、Saturn Recordsを設立しながら'50年代にすぐ発売したアルバムは『Super-Sonic Jazz』『Jazz in Silhouette』の2作だけでしたが、この2作はハード・バップ的な完成度が高く、後年の発売となったアルバムより当時の黒人ジャズの主流を意識した作品です。サン・ラ独自のスペース・ジャズ(エキゾチック・ジャズ~フリー・ジャズ)路線は1966年まで未発表になった『Angels & Demons at Play』や『Visit Planet Earth』『We Travel the Spaceways』『The Nubians of Plutonia』『Interstellar Low Ways』に表れており、『The Futuristic Sounds~』や『When Sun Comes Out』でようやくはっきりとフリー・ジャズ路線のアルバムが現れます。

 本作に発掘収録された1960年のライヴ音源はシカゴ時代もそろそろ行き詰まってきた頃ですが、セシル・テイラーやオーネット・コールマンら若手世代のフリー・ジャズの登場でアーケストラもいよいよ本格的にフリー・ジャズ路線に乗り出してきたのを明らかにする音源です。Americ Music社のAtavisticレーベルは当時の資料ともども本作の音源発掘の精査に時間をかけたと思われ、裏ジャケットの不鮮明なステージ写真自体もたいへん珍しいものです。マスターテープの発見までに40年あまり経っていることからテープの劣化も著しかったと思われ、デジタル・リマスターによってもこの音質が限界だったのでしょう。また1~7はオープンリール・テープ音源ですが、8~17は奇跡的に残っていたテレビ中継映像と音源だけのテープをミックスしたものになっているそうで、リンクを引いたYouTubeの映像はおそらくもともと不完全版ですが、音源はAtavistic版CDに差し替えてあるヴァージョンのようです。

 本作のメンバーでニューヨーク進出後まで残ったのはジョン・ギルモア(テナーサックス)、マーシャル・アレン(アルトサックス、フルート、オーボエ)、唯一の自動車運転免許取得者だったロニー・ボイキンス(ベース)に、本作には不参加のパット・パトリック(バリトンサックス)の4人だけで、他に3人ニューヨークまで来ましたが実家からの仕送りを待ってシカゴへ帰ってしまい、金管楽器奏者やドラマーはニューヨークに進出してから新たにバンドの再編成によって加わっています。本作の時点でジョン・ギルモアのプレイは翌年のニューヨーク公演でジョン・コルトレーンを驚嘆させたというレベルに達しており、本作のバリトンサックスは創設メンバーのパトリックではありませんがギルモアに負けない好演を聴かせます。まるで'40~'50年代の私家録音(本作も私家録音でしょうから仕方ありませんが)のようにくぐもってバランスも悪い(サン・ラのピアノがほとんど聴こえない)ライヴ、しかもライヴ全編ではなく部分収録なのでたまたま点けたAMラジオ放送のような音質ですが、すでにホーン陣(特にギルモアを始めとしたサックス・セクション)の充実と、アルトサックス以上に演奏頻度の高いアレンのスペーシーなフルートが'60年代アーケストラの音楽性をすでに予告しており、アーケストラがシカゴに見切りをつけなければならなくなったのはジャズ不況はもとより、すでにサン・ラの音楽性そのものがシカゴでは先進的すぎたからなのではないかと思わされます。内容的にも音質面でも本作はマニア向けアイテムの観を免れませんが、ヴォーカル曲やエキゾチック・ジャズ路線の楽曲もふんだんにあり、案外ジャズやサン・ラに何の先入観もないリスナーの方が、音質の悪さも含めて何これ、面白いなあと楽しめるアルバムになっているかもしれません。そういう意味では、本作は収録後60年あまりを経て、今なお新しいアルバムです。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)