ノイズ・ミュージックを敬遠する方の多くは「無茶苦茶な即興演奏をやっている非音楽的パフォーマンス」というイメージがあると思います。実際ノイズ・ミュージックの起源になったのは実験的前衛現代音楽、即興演奏を多く含むフリー・ジャズやアヴァンギャルド・ロックではあるでしょう。しかしインダストリアル・ミュージックを始めとするノイズ・ミュージックの優れた作品は、即興演奏を多分に含んでいても、サウンド・コンセプト自体は非常に厳密で、記譜可能な物ではないかと思われます。必ずしもノイズ・ミュージックとは限らないインダストリアル・ミュージック全体の動向に触れると話がややこしくなりますが、記譜可能ということは一聴ノイズに聴こえる音楽が綿密なサウンド・デザインの意図を持って演奏されているということで、ロック系の実例としてはピンク・フロイドの『A Saucerful Of Secrets』(Harvest, 1968)からホワイト・ノイズの『Electric Storm』(Island, 1969)を通り、タンジェリン・ドリームの『Electronic Meditation』(Ohr, 1970)、『Alpha Centauri』(Ohr, 1971)、『Zeit』(Ohr, 1972)、『Atem』(Ohr, 1973)、『Phaedra』(Virgin, 1974)、『Rubycon』(Virgin, 1975)にその先駆的な発想と達成が見られますが、オーストラリア出身のバンド、SPKの初期アルバムはあまりに攻撃的かつ破壊的な音像でリスナーを惑わせるとしても、サウンド・デザインとしてのノイズを聴かせる音楽としてほぼ究極に達したものでしょう。ハウリングするシンセサイザーと手製のメタル・パーカッション、コラージュされたヴォイスが渦巻きほとんど定型ビートすら感じさせないSPKの音楽は、その実ノイズの絶妙な配置で高い音楽性を実現しており、SPKに先立つスロッビング・グリッスルやキャバレー・ヴォルテール、SPKの音楽的発想すらも否定した後続のホワイトハウスやナース・ウィズ・バウンズらとも異なる、インダストリアル・ノイズ勢にあっても強固な構築性において際だったものとして聴くことができます。またサウンドの流れに巧妙な催眠効果があるため、その実用性において、SPKのアルバムは就寝時のBGMに筆者がもっともよく聴く音楽でもあります。
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SPKのアルバムにもエレクトリック・ギターやペース、ドラムセットは使用されていますが、極端に変調された音色と使用法のために注意しないと楽器編成すら判然としないものです。多彩なノイズがモアレ状に同時進行する、サウンドのデザイン配置に徹底した音楽であるために、リスナーは一般的な調性、旋律、和声、リズムとは異なる一種異様な音の渦、金属音に充満した工場か巨大生物の内蔵の脈動をミックスしたような、大音量で聴いても小音量で聴いても通常のポピュラー音楽とは異なる聴覚体験に誘われます。またこれは集中して聴くにも、BGMとして聴き流しても可能な、意外な汎用性を備えた肉体性と抽象性を備えています。SPKの音楽にも情動はありますが、デザイン性が情動をはるかに圧倒し、またジャンル音楽の様式性とははるかにかけ離れているために、一般的なポピュラー音楽と較べても古びる要素がはるかに少ないのです。SPKの音楽がロック文脈から芽ばえたものなのは、デビュー・アルバム『Information Overload Unit』のオープニング曲「Emanation Machine R. Gie 1916」が一聴強烈なノイズ・ミュージックのようでスリー・コードのロックンロールに変調していくことや、セカンド・アルバム『Leichenschrei』のハイライト曲にして代表的なヴォーカル・チューン「Despair」(この曲のシンセサイザー・リフほどシンセサイザーから虚無的なサウンドを引き出した例は稀でしょう)の意外なポップさにも認められますが、SPKの音楽的本質はビートルズの「Money」やローリング・ストーンズの「It's All Over Now」(どちらも古典的ロックンロールのカヴァーです)と同一と気づくには、リスナーも一度はひと通りの音楽に聴き果て、再び白紙に戻した感覚で聴かなければたどり着けないままかもしれません。
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SPK - Information Overload Unit (Side Effects, 1981/Mute-Grey Area, 1992) :
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SPK - Leichenschrei (Thermidor-Side Effects, 1982/Mute-Grey Area, 1992) :