夭逝作曲家カリンニコフ『交響曲第一番』! | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

Tribute To Hermann Scherchen: The Best Known Unknown (TAHRA TAH 185-189, 1996)

Hermann Scherchen conducts Prague Philharmonic Orchestra - Vasily Kalinnikov: Symphony No.1 (Radio Československo, 1951) 





 あまりに多岐に渡る内容の5枚組CDボックスセットなので、データは画像をご覧ください。これが1996年にフランスのTAHRA社からリリースされ、タワーレコードやHMVを始め輸入盤店のクラシック・チャートで発売当時爆発的な売り上げを記録した、ドイツ人指揮者ヘルマン・シェルヘン(1891-1966)の1950年~1965年までのラジオ放送コンサート音源をびっしりCD5枚に詰めこんだ『Tribute To Hermann Scherchen: The Best Known Unknown』(TAHRA TAH 185-189, 1996)でございます。ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685-1750)の『音楽の捧げもの』1745からベートーヴェン、ベルリオーズ、ヴェルディを通り、シェーンベルクやプロコフィエフ、エルンスト・クルシュネフ(1900-1991)の『交響曲第一番』1921やバルトーク・ベーラ(1881-1945)の『弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽』1936にいたるクラシック音楽200年史を、鬼才指揮者シェルヘンのレアなラジオ放送音源を集めた12曲の名曲でたどるこの驚愕のボックスセットは、レア写真やコンサート・プログラムの図版満載の200ページもの英仏対訳ブックレットつき、5枚組CDで2,000円以下の価格もあって、シェルヘンの再評価を支えたマニアのみならず大反響を呼びました。何より選曲がえぐい。バッハのクラヴィーア曲『プレリュードとフーガ・ホ長調』のシェーンベルクによるオーケストラ編曲版からベートーヴェンの『交響曲第八番』『交響曲第九番』、ベルリオーズの『トロイアの人々』から第二幕「カルタゴのトロイア人」、ヴェルディのオペラ『ナブッコ』の序曲、プロコフィエフの映画音楽『キージェ中尉』、シェーンベルクの『室内交響曲第一番』とオペラ『モーゼとアロン』第二幕第三場、それに前述の通りバッハの『音楽の捧げもの』とバルトークの『弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽』ですから、もうここはどこで今はいつなの、と目眩がしてきます。

 シェーンベルクの弟子だった作曲家兼指揮者のシェルヘンはドイツ人でしたが、シェーンベルクの師マーラーと同じくアメリカに渡って指揮者となった人で、生涯に約360枚のLPレコーディングを残した多作家でした。作曲家としての業績は師のマーラーのようには成功しませんでしたが、オーケストラの腕前や録音のスケジュール、LPレコードの収録時間に合わせてオリジナル楽譜を平気でアレンジしてしまう得意技に作曲家としての力量が生かされ、二流の鬼才指揮者として生前悪名高かった人です。指揮者としては思いきりダイナミックな演奏を好み、シェルヘン指揮のレコードは面白いけどあまりに原曲を離れすぎているのではないかと、これまたやはり指揮者としての公平な演奏性に疑問が持たれる人でした。LPレコードに収まりきらないほど長い交響曲は平気で短縮アレンジしてしまう、短ければ楽節の反復演奏で水増しするシェルヘン流の指揮のレコードは、LPレコードでクラシック音楽を聴くアメリカのリスナーには広く受けいれられたのです。TAHRA社からのボックスセットは1950年~1965年にシェルヘンがヨーロッパ諸国に単独渡航し、各地のラジオ放送用コンサートに残した音源から12箇所でのライヴをまとめたもので、ほとんどリハーサルなしとおぼしい、しかも腕前のあやしいラジオ局専属オーケストラを指揮した爆裂演奏が聴ける、むしろクラシック音楽が不慣れなリスナーにアピールする内容です。
 このセットは他のアルバムでも聴ける、シェルヘン逝去前年・1965年のルガノ放送管弦楽団(イタリア)とのベートーヴェン『交響曲第八番』『交響曲第九番』も含んでいますが、ハイライトはディスク4に無理矢理まとめられた1951年6月5日のプラハ管弦楽団~1962年10月26日ドイツでのプログラム・全4曲でしょう。このディスク4では、4箇所・4回のラジオ収録から80分ほどに、ベルリオーズ「カルタゴのトロイア人」から始まりヴェルディの「ナブッコ」序曲」、プロコフィエフの『キージェ中尉』と続き、締めはロシアの夭逝作曲家ヴァシリー・カリンニコフ(Vasily Sergeyevich Kalinnikov, 1866-1901)の『交響曲第一番』1895という、共産圏チェコスロバキアならではとしても、1951年にあっては(現在でも!)破格なプログラムです。TAHRA社版CDならではの編集とはいえベルリオーズ、ヴェルディ、プロコフィエフと斬進的に仕組んだ選曲(しかも大衆的にウケの良い派手目の曲ばかり)も巧妙な運びですが、ロシア五人組とチャイコフスキーから、プロコフィエフやショスタコーヴィチの間のミッシング・リンクを埋める寡作な夭逝作曲家のカリンニコフの交響曲第一番がトリ、とはあまりの振幅の大きさにクラクラします。帝政ロシア下末期の作曲家カリンニコフはロシアのみで国民芸術家として聴き継がれ、ロシア革命後もソヴィエト連邦下で細々と演奏され継がれた作曲家でした。民族色豊かな中にドビュッシー以降の現代音楽的和声感覚を採り入れた作風は大成すればシベリウスに近づいたと思われ、ロシアにあって未完に終わった過渡的な現代音楽家でもありました。ゴリゴリの現代音楽作曲家にしてクラシック音楽200年史何でもありの指揮者シェルヘンが、実際は1951年から1962年のコンピレーションとはいえ、このディスク4ではベルリオーズ、ヴェルディ、プロコフィエフ、カリンニコフと異色の詰め合わせで聴けるのは、聴き流しのリスナーさえも音楽的な異常時空間に誘います。このボックスセットで聴ける作曲家のうち、バッハ、ベートーヴェン、ベルリオーズ、ヴェルディ、シェーンベルク、バルトーク、プロコフィエフあたりはポピュラーとしても、また完全に現代音楽時代の作曲家クルシュネフは例外(ポピュラー音楽のリスナーには騒音にしか聴こえないディスク5のシェーンベルク『モーゼとアロン』、バルトークの『弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽』のカップリングも強烈ですが)としても、民族派マイナー・ポエットの風格で細々と聴き継がれているカリンニコフがシェルヘンの指揮で聴けるのがこのボックスの価値を高めています。クラシック音楽の愛好家もビギナー・リスナーをもともに幻惑する『Tribute To Hermann Scherchen: The Best Known Unknown』(TAHRA TAH 185-189, 1996)のハイライト・チューン、ヴァシリー・カリンニコフ『交響曲第一番・ト短調(G Minor)』1895を、ヘルマン・シェルヘンという指揮者の存在とともに、ぜひお薦めしたい次第です。