マル・ウォルドロン - ザ・クエスト (New Jazz, 1962)
Released by Prestige Records New Jazz NJLP 8269, July 1962
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20220601/12/fifth-of-july/f9/c9/j/o0598060015126490004.jpg?caw=800)
Reissued by Prestige Records PR 7579 as the album "Eric Dolphy and Booker Ervin with Mal Waldron - The Quest", 1969
Produced by Esmond Edwards
All compositions by Mal Waldron
(Side A)
A1. Status Seeking - 8:52
A2. Duquility - 4:09
A3. Thirteen - 4:42
A4. We Diddit - 4:23
(Side B)
B1. Warm Canto - 5:37
B2. Warp and Woof - 5:36
B3. Fire Waltz - 7:58
[ Personnel ]
Mal Waldron - piano, leader
Eric Dolphy - alto saxophone (no solo on A2, B3), expect clarinet on B1
Booker Ervin - tenor saxophone
Ron Carter - cello
Joe Benjamin - bass
Charlie Persip - drums
*
(Original New Jazz "The Quest" LP Liner Cover & Side A Label / Reissued Prestige LP Liner Cover & Side 1 Label)
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20220601/12/fifth-of-july/76/15/j/o0589060015126490010.jpg?caw=800)
マル・ウォルドロン(1925-2002)は日本やヨーロッパ諸国では押しも押されぬ人気ジャズ・ピアニストですが、1990年代のアルバムでも輸入盤LPで新作を買ってみると「チャールズ・ミンガスのサイドマン、また晩年のビリー・ホリデイの専属ピアニストとして知られるマル・ウォルドロンは~」とライナーノーツに記されていて、アメリカ本国との認知度の差を痛感させられる過小評価ジャズマンでした。ウォルドロンがミンガスのバンド、ビリーの専属ピアニストとして大きな業績を残したのは確かで、それだけでもジャズ史に残るピアニストですが、ウォルドロンがミンガスのバンドのメンバーだったのは1954年~1955年の二年間(アルバム『Jazz Composers Workshop』『Mingus at Bohemia』『Pithecanthropus Erectus』)、ビリーの専属ピアニストだったのは1958年~ビリー逝去までの1959年の二年間(アルバム『Billy at Monterey』『Lady in Satin』『Last Recording』)にすぎません。ミンガスのバンド脱退後ウォルドロンはレッド・ガーランド(ピアノ)、トミー・フラナガン(ピアノ)とともにプレスティッジ・レコーズのセッション・アルバムのハウス・ピアニストを勤めており、ジャッキー・マクリーンやジョン・コルトレーンのアルバムにも大きな貢献をしています。またウォルドロン自身のアルバムもプレスティッジ時代から制作・発表しており、'60年代後期のアメリカ本国のジャズ不況以降はヨーロッパに渡って旺盛なリーダー作の発表や、やはり元ミンガス門下生でヨーロッパに移ったチャーリー・マリアーノ(アルトサックス)とともにドイツのエスノ・ジャズ・ロック・バンドのエンブリオにも参加し、'70年代にはやはり元ミンガス門下生のポール・ブレイとともに、新鋭チック・コリアやキース・ジャレッドと並んでソロ・ピアノ・ブームの立役者となっています。それでも晩年までアメリカ本国では元ミンガス・バンド、元ビリー・ホリデイ専属ピアニストの肩書きがついて回ったのは、ほとんどビル・エヴァンスに匹敵するほどの人気があった日本のリスナーの感覚からはウォルドロンのキャリア、数多いアルバムからしても彼此の差を痛感させられます。ウォルドロンの名曲「Left Alone」や「All Alone (Quiet Temple)」はアメリカでもそれなりに知られているようですが、日本ほど「Left Alone」を熱愛するジャズ・リスナーの多い国はないでしょう。また「Left Alone」をいち早くフルートの名演でカヴァーしたエリック・ドルフィー(アルバム『Far Cry』)はビリー・ホリデイとチャーリー・パーカーに心酔してジャズマンになった人ですから、本作でビリー晩年の専属ピアニストのウォルドロンのアルバムに招かれたのは、初リーダー作『Outward Bound』以来元チャーリー・パーカー・クインテットのドラマーのロイ・ ヘインズとの共演に恵まれたのと同様、アマチュア時代からの夢がかなった感激があったと思われます。
ウォルドロンのピアノの魅力は間を生かした絶妙のリズム感と間があるからこそ生きる重いタッチにあり、ブロック・コード一発で真夜中のムードを漂わせる素晴らしい表現力によりますが、作曲家・アレンジャーとしてのウォルドロンもまたその演奏に沿ったもので、ミンガス譲りの黒々とした、ビ・パップの伝統を継いでハード・バップとは一味違う、情念のこもったジャズらしいジャズ・オリジナル曲を産みだす才能はウォルドロンならではです。やはりウォルドロン参加のロン・カーターの『Where?』(New Jazz, 1962)から一週間後に録音された本作はウォルドロン、カーター、ドルフィー、チャーリー・パーシップ(ドラムス)とメンバー4人が重なっており、プレスティッジ・レコーズのサブ・レーベル、New Jazzのプロデューサーのエズモンド・エドワーズもおそらく『Where?』と本作『The Quest』を姉妹作として企画したものと思われます。本作ではロン・カーターはチェロに専念し、ドルフィーのソロがないA2「Duquility」はカーターのアルコ奏法によるチェロがテーマを担う曲ですが、チェロ奏者としてのカーターは自身のリーダー作『Where?』より本作の方が優れた演奏を見せているほどです。またウォルドロンと同期ではありませんが、ブッカー・アーヴィン(テナーサックス、1930-1970)はエリック・ドルフィー(1928-1964)同様ミンガス門下生で、6人編成(セクステット)のうち3人までがミンガス門下生という点でも、本作はアメリカ本国でも高い評価を受けているアルバムです。ドルフィーはクラリネットでテーマを担う、A2の姉妹曲のようなバラードB1「Warm Canto」以外はアルトサックスに専念しており、本作収録のA1「Status Seeking」、B3「Fire Waltz」は、ウォルドロンも参加する1961年7月のエリック・ドルフィー&ブッカー・リトル・クインテットの『At The Five Spot』のレパートリーになる曲です。本作も録音順のデータが判明しており、実際の録音は、
A3. Thirteen
A2. Duquility *Dolphy no solo
A1. Status Seeking
B2. Warp and Woof
B1. Warm Canto *Dolphy on clarinet
B3. Fire Waltz *Dolphy no solo
A4. We Diddit
以上の順で録音されています。『At The Five Spot』でVol.1のオープニング・ナンバーとなる名曲「Fire Waltz」がドルフィーのソロはなく、アーヴィンのソロだけなのは残念ですが、ドルフィーとブッカー・リトル(トランペット)の双頭クインテットの計画が立てられたのは1961年5月頃だったそうなので、ウォルドロンが本作の時点でドルフィー&リトル・クインテットに参加が決定していたかはわかりませんが、すでに1960年12月録音の『Far Cry』でいち早く「Left Alone」を採り上げていたドルフィーが、本作セッション時にウォルドロンに「Fire Waltz」を新バンドでのライヴ・レパートリーにしていいか許可を求めていたのは十分考えられるので、全7曲すべてオリジナル曲で41分と1曲ずつが短い本作ではアーヴィンにソロを譲ったと考えられます。また5/4拍子の曲「Warp and Woof」ではドルフィーにしては珍しくサックスのリード・トラブルが見受けられ、おそらくこの日はドルフィーは本調子ではなかったのか、ソロよりも全曲ウォルドロンのオリジナル新曲を生かす方に慎重に取り組んでいるように聴こえます。
カーターの『Where?』も1971年の再発盤からドルフィー名義のアルバムに名義・ジャケットが改竄されたように、本作も1969年の再発盤からドルフィー&ブッカー・アーヴィン名義のアルバムに名義・ジャケットを改竄されました。カーターの場合チェロ&ベース奏者のアルバムでは地味すぎるとしてドルフィー名義のアルバムにされたとしても、全曲ウォルドロンのオリジナル新曲の本作がドルフィー&アーヴィン名義にされたのはウォルドロンの不遇を示してあまりあります。テキサスのR&Bバンド出身のアーヴィンはブルース色の強いプレイでミンガスのアルバムでは適材適所、アーヴィン自身も優れた自己名義のアルバムを送りだした好ましいプレイヤーですが、本作に限って言えばウォルドロンの意図はドルフィーとカーターのコンビネーションの方が斬新な曲想に合っており、ドルフィーの不調のせいでアーヴィンの方がフィーチャーされたアルバムになった気配も感じられます。しかし本作はウォルドロンの力作として聴くべきアルバムであり、ドルフィーの不調はカーターのチェロが埋めあわせているので、これはこれで十分に聴きごたえと満足感があります。また大傑作『At The Fire Spot』の布石となったアルバムとしても聴き逃せない作品なので、ドルフィー参加作としてもウォルドロン作品としても落とせない佳作です。ただし「Fire Waltz」や「Status Seeking」の決定ヴァージョンはあくまで『At The Five Spot』の方にあり、本作が『At The Five Spot』の「Work in Progress」版という位置づけは否定できません。
Eric Dolphy & Booker Little Quintet - Fire Waltz (New Jazz, 1961) :