ヴェネツィアで抱いた幻想、妄想です。特に深い意味はありません。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ
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昨日あるオーケストラの合奏を楽しんで来ました。オーケストラの名前は「珊瑚の会」、演奏活動は一切していません。
そもそもの話をすると長くなりますが、最初の結成は20年くらい前のこと。昭和35年卒同期のヴォラ弾きの友人が「くも膜下出血」で突然亡くなりました。彼の追悼の為に、同期の皆で合奏しようということになりました。
APA(アマチュア演奏家協会)の事務所を借りて、10人程でモーツアルトの「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」を合奏しました。これが始まりでした。練習場を転々と変え、あれから20数年、紆余曲折を経て、また先輩・後輩の努力もあり、現在のような60人程の規模にまで大きくなりました。
名称を変更したかったのですが、皆さんは「別に演奏活動をしないんだから」と仮に付けた名称(昭和35年卒=サンゴ)のままです。早稲田大学のオーケストラには正式なOB交響楽団があるのですが、この会はそれに関係なく同年代の卒業生と友達による中高年オーケストラです。
演奏会を開かないということは、親睦のために皆で飲み会をやるのが目的です。合奏は集まった「ついでに」なのです。6時から9時まで幡ヶ谷のアスピアホールという貸しホールで合奏して、9時から別の場所で飲み会をやります。年に4回会合を持ちます。合奏曲目は古典派音楽を中心として、交響曲と協奏曲で、交響曲はハイドン、モーツアルト、ベートーベン、協奏曲はモーツアルトのピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲など、更に前回はエルガーのチェロ協奏曲もやりました。
今日の曲目はモーツアルトの交響曲35番(通称ハフナー交響曲)とピアノ協奏曲24番です。35番の交響曲は早稲田大学のオーケストラにとっては記念すべき曲です。というのは1927年にこの曲を日本で初演したのが早稲田大学のオーケストラだったそうです(Wikipedia参照)。
「ハフナー」と愛称が付く曲では有名なセレナード7番があります。ハフナーはザルツブルグの豪商で、20歳のモーツアルトがハフナー家の婚礼のためにセレナードを作曲しました。この交響曲も最初はセレナードの予定だったのですが、26歳の時に交響曲に書き直したそうです。ですから華やかな曲になっています。
この会には妻と同学年卒のチェンバリストがいます。早稲田を出て、芸大に入り直し、更にドイツに留学。今はプロの楽団(古典音楽協会)でチェンバロを弾いています。この会のピアノ独奏は何時も彼女です。長いこと腱鞘炎を患い、ピアノではモーツアルトが限度とか、でもとても綺麗な演奏です。34番のピアノ協奏曲は暗い導入部が何か悲劇を暗示するような、珍しく短調で心にしみる曲です。更に彼女の楽団から、前々回のブログで紹介した中島徹さんのお母さんを含めプロの女性ヴァイオリニスト4名(古典音楽協会から)がこの会に遊びに来てくれています。
飲み会が中心とはいえ、1年で4回の合奏で仕上げるのですから、大変ですが、皆と演奏できるのが最大の幸せです。参加者の殆どは今でも各地のアマチュア楽団で演奏しています。従って演奏の出来栄えは、演奏会ができるほどに素晴らしいと思います。
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またまた、、、絵です。今度はモネ風に女性を描いてみました。
夏の河原の土手で休んでいる女性のパステル画です。
これ、妄想に近いですね。
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多摩川が近いので散歩と云うと多摩川に来てしまいます。昨日は東京で成人式並みの雪が降る見込みでした。ヴァイオリンの先生が気をきかして一日早くレッスンをしてくださったのに、完全に空振りに終わり、雪は積もりませんでした。しかし、大変に寒かったですね。今日は嘘のように暖かく、ジャケットもいらないくらいです。
河川敷は一面に枯れ草ばかりで淋しい。小さな小川を渡って、けもの道のように細いトレイルを進むと、多摩川に出ます。白い水鳥が遠くの河原でじっと動かない。太陽の光は春を思わせるが、中国のスモックみたいに遠くの景色がかすんでいます。慌ててマスクをとりだしたけど、健康には良くないですね。
今の時期訪れる人も殆どいない。目を凝らして細い道を歩いていると、あった、あった、少ないが、小さな青い花が咲き始めています。
帰り道の花屋さんの店先には可憐なアネモネの花が咲いていました。更にうちの近くの家の庭先には紅梅の蕾を発見。
もう確実に春が近くまで来ていますね。
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1月がアッという間に過ぎ去ったら、ヴァレンタイン・デイが2週間後に近づいてきましたね。
キリスト教の国だけでなく、今では世界中の国でヴァレンタイン・デイで大騒ぎ。贈り物で頭を悩ませています。日本ではチョコレートを贈る習慣が根付いていますね。
本命チョコ、義理チョコ、友チョコ、自分チョコ、ご褒美チョコ・・・と今は様々なチョコがありますよね。会社勤めしていた頃、地方支店の女子社員から日頃お世話になっているからと、義理チョコを送ってくれました。感激しまたね。義理チョコでも「ついでの義理チョコ」と違って、こうゆう義理チョコは素敵ですよね。
我が家では毎朝食後のコーヒーを飲むとき、チョコレートを食べます。コーヒーを入れるのは私の仕事です。イタリアの豆と国産の豆(元はコロンビア)をブレンドして結構濃い味です。チョコレートは市販の板チョコですが。我が家ではブラックチョコが大好きで、ブラックコーヒーと一緒に頂きます。毎日がヴァレンタイン・デイみたいです。
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