時間は4時を廻っていた。飛行機は夜の8時55分だから、まだ時間がある。今思えばシューベルトの生家に立ち寄っている時間は充分にあった。時間があるので、お土産を買って、カフェで時間を過ごすことにした。楽譜店のドブリンガーの近くにカフェのハヴェルカがある。
グラーベン界隈を歩いた。グラーベンは広い通りで、通りの真ん中にペスト記念柱がある。17世紀にペストが大流行し10万人が亡くなった。1679年にレオポルド1世の命により建てられた華麗な記念碑だ。当時最後のペストが大流行、ヨーロッパの街にはペスト終焉に感謝して記念碑を建てたが、ヴェネツィアのサンタ・マリア・サルーテ教会はその最たるものであろう(サルーテ教会へはここをクリックして下さい http://ameblo.jp/fifield/entry-10477480971.html
)。
またこの近くに11世紀に起源をもつウイーンで2番目に古いペーター教会があり、堂内も素晴らしい。現在の建物は18世紀の初めにバロック様式で建てられたものだ。
ハベルカも有名なカフェで音楽関係者や音楽フアンが出入りすろらしい。残念ながら、休みで閉まっていた。
仕方がないので、リンクの近くのティロラーホフへ再びいってみる。ここはゆったりとして、背広にネクタイの初老の男性が一人で新聞を読んでいたり、中年のおばさま方が小さな声で話し込んでいるといった、庶民的な、しかし格式のあるカフェで気に入っていた。
ケルントナー通りから2ブロックくらい裏手の通りの角に、昨夜、レストランの帰りにみつけた古道具屋があった。チェロが2~3台おいてあるとノッコが言うので、時間があるから、さてどんなものか覗いてみようと立ち寄った。ところが、本当にガラクタの品物で弾いてみるまでもなかった。夜の薄暗いウインドーの中では素晴らしい掘り出し物の名器にみえたのだそうだ。
今度の旅行で思い残すのは、名作だらけの美術史美術館を訪れる時間がなかったことで、あと一日欲しかった。パリへ行ってルーブル美術館に寄らないようなものだから。
時間は少し早いが、ホテルから手荷物を受け取って、エアーターミナルへ行き、六時半のバスに乗って空港へ行った。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ