長久保宿を後にして、芦田宿へ向かう。

 

先ほど車道に出てから、グーグルマップに従い、道なりに歩く。

 

と書いたが(^^;、後でよく調べてみると、ここの部分に「中山道」の表示はなかった(^^;。ガイドブックによると、神社の境内を出てからほぼまっすぐに進む道があり、それが旧中山道だったようだ。ガイドブックをしっかりと読み込まず、50メートルほど間違った道を歩いてしまっていた(TT)。

 

何はともあれ、途中でまた旧中山道となっていた道を10分ほど歩いたところで、また国道142号線に出た。

 

国道142号線を2~3分歩いたところで左に入る道があった。

 

グーグルマップやガイドブックに従い、国道142号線を外れ、左折して歩く。

 

左折して10分ほど歩いたところで、左手に中山道の案内看板を設置頂いているのを見つけた。

 

私が歩いて来た道筋と違う道筋を指し示していて、どうやら、またガイドブックをしっかりと読み込まず、このあたりでも間違った道筋を歩いていたようだ(^^;。

 

本来は、中山道は国道142号線を外れて2~3分歩いたところでアスファルト舗装の道を外れ、土道を歩く道筋だったようだ。いったん戻ろうかとも考えたが、見てみると雨の影響もあり道が荒れていて、やむなく断念(TT)。

 

中山道に戻って(?)から2~3分歩いたところで丁字路に出た。

 

グーグルマップやガイドブックに従い、左折して歩く。

 

左折して少し歩いたところで右手に入る道があった。

 

案内表示に従い、坂道を登る。

 

坂道を5分ほど歩いたところで、車道に出た。

 

ここから旧中山道は国道142号線となっているようだ。

 

国道142号線の歩道部分を歩く。

 

10分ほど歩いたところで、立科町に入った。

 

町境を越えていつもながら満足感を覚え、歩く。

 

2~3分歩いたところで道路の反対側に一里塚跡の看板を設置頂いていた。

 

どうやらこのあたりに笠取峠一里塚と呼ばれる一里塚があったようだ。

 

一里塚跡を過ぎて歩く。また、このあたりでは歩道部分も荒れており、慎重に歩く。

 

10分ほど歩いたところで、笠取峠松並木と書かれた標識があるのが見えてきた。

 

グーグルマップやガイドブックによると、旧中山道はここを右折するようだ。

 

右折し歩く。このあたりは松並木道で歩いていて往時の旅人の気分を存分に味わうことが出来、ありがたい(^^)。

 

少し歩いたところで案内看板を設置頂いているのを見つけた。

 

どうやらここは長野県天然記念物だそうだ。

 

往時の旅人の方々も同じ景色を見ていたのだろうとひとりうれしく思いながら歩く。

 

少し歩いたところで車道に出た。

 

車道を渡り、引き続き松並木道を歩く(^^)。

 

10分ほどゆっくりと松並木道を歩いたところで、交差点に出た。

 

芦田宿入口という交差点を渡り、東の方向へ進む。

 

交差点を渡ってすぐのところに左に入る道があった。

 

グーグルマップやガイドブックに従い、左折して歩く。

 

どうやらこのあたりからが芦田宿のようだ。

 

5分ほど歩いたところで、芦田という交差点に出た。

 

グーグルマップやガイドブックに従い、交差点を越えて道なりにまっすぐに進む。

 

また5分ほど歩いたところで、芦田中央という交差点に出た。

 

グーグルマップやガイドブックに従い、交差点を渡る。

 

今日のたびはここまで。この近くの立科町役場から出ている東信観光バスに乗って帰路につくことにする。このバスもなければまた交通手段に難儀していたところであり、たいへんありがたい。

 

今日歩いた距離はおおよそ17㌔、所要時間は4時間程度だった。本日たびを始めてから長久保宿まではほぼ下りだったため、予定より早い時間で到着することが出来た(^^)。

 

次回はいつまたこのたびに出られるか分からないが、出来るだけ早くまた来たいと思う。

和田宿を出て、長久保宿へ向かう。

 

和田宿を出て15分ほど歩いたところで、一里塚の石碑が建てられていた。

 

ここには芹沢一里塚と呼ばれる一里塚があったそうだ。この広場になっているところに往時はあったのだろうか。

 

芹沢一里塚跡を後にして、また歩く。

 

一里塚を過ぎて15分ほど歩いたところで、三千僧接待の碑が建てられていた。

 

もともとは一千僧の接待を祈願された方が達成されて三千僧接待を発願されたそうだ。

 

三千僧接待の碑を過ぎてまた歩く。

 

10分ほど歩いたところで、バス停があった。

 

バス停にも往時の旅人の方の気分を味わえるように装飾いただいており、ひとりうれしく思いながら歩く。

 

バス停を過ぎて10分ほど歩いたところで、青原という交差点に出た。

 

グーグルマップに従い、交差点を左折して歩く。

 

左折して少し歩いたところで右に入るよう旧中山道の案内看板を設置頂いているのを見つけた。

 

案内看板に従い、右折し歩く。

 

2~3分歩いたところで橋に出た。

 

グーグルマップに従い、橋を渡り歩く。

 

橋を渡り少し歩いたところで車道に出た。

 

この車道は国道152号線であり、ここから旧中山道は国道152号線となっているようだ。

 

グーグルマップに従い、左折して国道152号線となっている旧中山道を歩く。このあたりでは、歩道がないところも多く、通行車両に注意しながら慎重に歩く。

 

15分ほど歩いたところで、左に入る道があった。

 

グーグルマップによるとこの左に入る道が旧中山道のようだ。

 

グーグルマップに従い、左に入る道を進む。

 

5分ほど歩いたところで、一里塚跡の看板を設置頂いるのを見つけた。

 

ガイドブックによると、ここに四泊と呼ばれる一里塚があったそうだ。

 

一里塚跡の看板を後にして、国道142号線に合流し、歩く。

 

このあたりでは、歩道がないうえに通行される車両が多く、たいへん危険だった(TT)。現代の中山道の指折りの難所と言えるかもしれないと思いながら、出来るだけ通行される車両の邪魔にならないように慎重に歩く。

 

10分ほど歩いたところで、左に入る道があった。

 

グーグルマップに従い、左折して歩く。

 

左折してすぐに是より長久保宿の案内標柱を設置頂いているのを見つけた。

 

どうやらこのあたりからが長久保宿だったようだ。

 

長久保宿内をゆっくりと歩く。

 

2~3分歩いたところで道がフォーク状に分かれていた。

 

グーグルマップに従い、一番左手の道を進む。

 

2~3分歩いたところで、交差点に出た。

 

案内表示などは見つけることが出来なかったが、グーグルマップに従い、右折し歩く。

 

少し歩いたところでまた交差点に出た。

 

ここもグーグルマップに従い、左折して歩く。

 

2~3分歩いたところで変形交差点に出た。

 

グーグルマップやガイドブックによると、旧中山道はこの「旅館浜田屋」あるところを右折する道筋のようだ。

 

交差点を右折し歩く。

 

このあたりでは道も整備され、また歴史を感じることが出来る建物も多く、歩いていて楽しい(^^)。

 

10分足らず歩いたところで、高札場と本陣があった。

 

設置頂いている看板によると、ここには現存する長久保宿の本陣があるそうだ。ただ、まだ実際にお住まいになっておられるようであり、見学は出来ないようだ。

 

いつの日か見学させていただける時が来るといいなぁと思いながら、歩く。

 

2~3分歩いたところで道が分かれていた。

 

グーグルマップやガイドブックに従い、まっすぐに進む。

 

4~5分ほど歩いたところで、神社の鳥居が見えてきた。

 

この神社は松尾神社というそうだ。

 

ガイドブックに従い、鳥居をくぐり境内に入る。

 

境内に入り少し歩いたところで奥に階段があった。

 

階段を登る。

 

階段を登りきったところでまた車道に出た。

 

どうやらこのあたりでは長久保宿を出てしまっていたようだ。

 

長久保宿を後にして、芦田宿に向かう。

宿泊地最寄駅の上田駅からJR関東バス、ながわごんと乗り継いて昨日たびを終えたところまでやってきた。

 

ここから旧中山道のたびを再開。ちなみに、写真右で見切れているのがオンデマンドタクシー「ながわごん」(^^)。この「ながわごん」がなければ和田峠越えにもっと難儀したと思う。有難く思いながら「ながわごん」をお見送りし、国道142号線を北東へ歩く。

 

このあたりでは、歩道がないところも多く、通行車両に注意しながら邪魔にならないように歩く。

 

30分ほど歩いたところで、右に入る道があった。

 

グーグルマップに従い、坂道を降りる。

 

5分ほど歩いたところで、道が分かれていた。

 

グーグルマップに従い、右折し歩く。

 

2~3分歩いたところで和田鍛冶足という交差点に出た。

 

グーグルマップに従い、交差点を渡り、道なりにまっすぐに進む。

 

道なりに10分ほど歩いたところで、高札場跡があった。

 

どうやらこのあたりではもう既に和田宿に入っていたようだ。

 

5分ほど歩いたところで、脇本陣跡があった。

 

現存する建物はないようだが、ここにはお手洗いも設置頂いていた。

 

脇本陣跡を過ぎてすぐ交差点になっていた。

 

交差点を渡る。

 

交差点を渡り、すぐのところに本陣があった。

 

ここは江戸時代末期に建てられたそうだ。

 

また、この近くに黒曜石石器資料館もあり、興味深く拝見した。どうやらこのあたりが和田宿の中心地だったようだ。

 

中心地を過ぎて10分ほど歩いたところで、道祖神が祀られていた。

 

だいぶ古くから建てられているようであり、往時の旅人の方々もご覧になっていたのではとひとり思う。

 

少し歩いたところで石碑が建てられていた。

 

石碑には是より和田宿と彫られていた。

 

どうやら和田宿はここまでだったようだ。

 

和田宿を後にして、長久保宿へ向かう。