JR野崎駅からオンデマンドタクシーを利用させていただいて昨日たびを終えたところまでやってきた。
このオンデマンドタクシーは料金はこちらに在住の方と異なるものの、私のような観光客でも利用することが出来、たいへんありがたい。
ここからただただひたすら道なりに県道48号線を北の方向へ歩く。
1時間足らず歩いたところで神明町という交差点に出た。
グーグルマップやガイドブックに従い、交差点を右折し、歩く。
また、ガイドブックによると、この交差点手前からが大田原宿だったようだ。
大田原宿内をゆっくりと歩く。
5分ほど歩いたところで本陣跡の看板を設置頂いているのを見つけた。
このあたり一帯に本陣・問屋場・高札場があったそうだ。このあたり一帯は往時は行政の中心地だったのだろうと思う。
5分ほど歩いたところで、金燈籠が設置されていた。
近くに案内の石碑が建てられていた。
案内石碑やインターネットで調べたところによると、当初金燈籠は江戸時代に町内安全を願い建立されたが、その後戦時供出で失われ、昭和54年(1979年)にこの場所に再度設置されたものだそうだ。ただ、基礎部分は江戸時代のものだそうだ。
金燈籠を過ぎて少し歩いたところで交差点に出た。
グーグルマップやガイドブックに従い、交差点を左折する。
左折し、少し歩いたところで奥州道中の案内石柱が建てられていた。
グーグルマップやガイドブックに従い、石柱の手前の道を右折し、歩く。
少し歩いたところで桝形跡となっていた。
往時の道筋が残っていることに興味深く思いながら、道なりに歩く。
桝形跡を過ぎて5分ほど歩いたところで、また奥州道中の石碑が建てられていた。
石柱の銘文を見ると、どうやらここに木戸があったようだ。
大田原宿を後にして、鍋掛宿に向かう。
石柱からすぐのところ丁字路となっていた。
グーグルマップやガイドブックに従い、左折し、歩く。
橋を渡ると河原という交差点に出た。
いつもながらグーグルマップやガイドブックに従い、左折し、歩く。
20分ほど歩いたところで、一里塚があった。
この一里塚は中田原の一里塚というそうだ。
一里塚を見て、間違いなく歩いていることを確認し、安心してまた歩く。
10分ほど歩いたところで、道標が設置されていた。
インターネットで調べた情報によると、ここが磐城国へ向かう棚倉道との分岐点だったそうだ。
奥州道中を歩くべく、道なりにまっすぐに進む。
45分ほど歩いたところで、石仏群とともに奥州道中の石柱が建てられているのを見つけた。
またここでも奥州道中を歩いていることを確認し、歩く。
15分ほど歩いたところで、那須塩原市に入る。
なんとなくいつもながら達成感を覚え、歩く。
ここからただただひたすら道なりに歩く。
30分ほど歩いたところで、野間十文字という交差点に出た。
ここから1~2㌔先のあたりまでは土日祝日も運行されている公共交通機関があるようだが、
それを過ぎると土日祝日は運行している公共交通機関がないようであり、今日はここまでとした。
今日歩いた距離はおおよそ15㌔、所要時間は3時間45分程度だった。概ね予定通りの行程を歩くことが出来、ひとり満足する(^^)。
私のように1日で歩いて15㌔くらいのペースだと、次回は連続2日間平日で来て歩かないと公共交通機関がないようだ。
次回は行程をよく考え、野宿をしなければならないことのないようにしよう(^^;。























































