追分宿を後にして、沓掛宿へ向かう。

 

追分宿を後にしてすぐに一里塚があった。

 

道路の反対側にも現存していた。

 

山間部ではなく都心部で両塚とも現存しているのはめずらしく、さまざまな方が保存に気を付けてくださったのだろうとひとり有難く思い、また往時の旅人の方と同じ景色を見ているのだろうとひとりうれしく思いながら歩く(^^)。

 

道なりに10分ほど歩いたところで、右手に入る道があった。

 

グーグルマップやガイドブックに従い、右折して歩く。

 

このあたりでは歴史を感じることが出来る建物があり、往時は借宿といって間の宿だったそうだ。

 

道なりに15分ほど歩いたところで、分岐点に出た。

 

グーグルマップやガイドブックに従い、道なりに少し歩く。

 

少し歩いたところで左側に歩道があり、歩道を進む。

 

歩道を歩き道路の高架下をくぐり抜けたところでまた国道18号線に出た。

 

国道18号線を東の方向へ歩く。

 

2~3分歩いたところで右手に入る道があった。

 

グーグルマップやガイドブックに従い、右折して歩く。

 

道なりに15分ほど歩いたところで、交差点に出た。

 

グーグルマップやガイドブックに従い、交差点を渡る。

 

交差点を渡り、2~3分歩いたところでまた国道18号線に合流した。

 

引き続き道なりに歩く。

 

国道18号線を5分ほど歩いたところで、中軽井沢という交差点に出た。

 

右手に中軽井沢駅を見ながら交差点を渡る。

 

交差点を渡ったところ今回のたびはここまでとした。

 

今日歩いた距離は16㌔と少し、所要時間は4時間と少しだった。概ね予定どおり歩くことが出来た(^^)。

 

年末年始の五街道ウォークも今日まで。次回はいつになるかまた分からないがゴールデンウイークだろうか。次はたぶん最後の峠越えの碓氷峠越えの予定だ。碓氷峠を越えるとあとは難所はないのでは?と勝手に思っており(^^;、じっくりと歩きたいと思う。

 

その日まで、脚力を鍛えつつ準備しよう(^^)。

小田井宿を後にして、追分宿へ向かう。

 

2~3分歩いたところで丁字路に出た。

 

グーグルマップやガイドブックに従い、道なりにまっすぐに進む。

 

5分ほど歩いたところで、交差点に出た。

 

グーグルマップやガイドブックによると、ここはまだまっすぐに進むようだ。

 

直進し、交差点を渡る。このあたりでは坂道が続いていた。

 

10分ほど歩いたところで、道が分岐していた。

 

グーグルマップやガイドブックに従い、右方向へ伸びる道を進む。

 

2~3分歩いたところで栄町という交差点に出た。

 

交差点を渡る。

 

交差点を渡り、右折してすぐに地下通路が設けられていた。

 

ガイドブックに従い、地下通路をくぐり抜ける。

 

地下通路をくぐり抜けたこの道が旧中山道のようだ。

どうやら往時の旧中山道はさきほどの栄町という交差点をまっすぐに進む道筋となっていたが、JR線の敷設により、地下通路がつくられたようだ。

 

ここから、ただただひたすら道なりに坂道を登る。

 

20分ほど歩いたところで、交差点に出た。

 

グーグルマップやガイドブックによると、旧中山道はまだ道なりにまっすぐに進むようだ。

 

5分ほど歩いたところで、道が分岐していた。

 

グーグルマップやガイドブックに従い、右方向へ伸びる道を進む。

 

ここからただただひたすら道なりに歩く。このあたりは、別荘地のようだ。

 

20分ほど歩いたところで、道が分岐していた。

 

グーグルマップやガイドブックによると、右手に伸びる道が旧中山道のようだ。

 

右方向へ伸びるを進むとすぐに車道に出た。

 

この車道は国道18号線のようで、通行される車両も多く、またこちらがわに歩道もないため、先ほど右にそれたところまで戻り、近くの交差点で国道18号線を渡る。渡った先にコンビニエンスストアがあり、イートインスペースで少し休憩(^^)。

 

イートインスペースで元気を取り戻し、国道18号線を東の方向へ歩く。

 

5分ほど歩いたところで、常夜灯を模されたでと思われる追分宿の看板を設置頂いているのを見つけた(^^)。

 

交差点を左折する。どうやらこのあたりからが追分宿だったようだ。

 

追分という地名は、至る所にあることにまた興味深く思いながら追分宿内を歩く。

 

5分ほど歩いたところで、高札場跡があった。

 

追分宿では、当時の状況を想い起こすことが出来る史跡や案内看板を設置頂いており、楽しく歩くことが出来、有難い。

 

2~3分歩いたところで夢の箱という青空文庫が設置されていた。

 

たびの身であるのでお借りすることは出来ないが、いずれ機会があれば預入させていただきたいものだ。

 

10分ほど歩いたところで、また国道18号線に出た。

 

どうやら追分宿はこのあたりまでのようだ。

追分宿を後にして、沓掛宿へ向かう。

佐久平駅近くのビジネスホテルに宿泊しており、歩いて昨日たびを終えたところまでやってきた。

 

2日連続でのたびとなるが、脚の調子も問題なく、ここからたびを再スタート(^^)。

 

2~3分歩いたところで、浅間病院西という交差点に出た。

 

交差点を渡り、東の方向へ歩く。

 

途中でコンビニエンスストアがあり、飲み物などを購入(^^)。

 

15分ほど歩いたところで、相生町という交差点に出た。

 

グーグルマップやガイドブックに従い、左折して歩く。

 

左折したあたりから商店街となっており、ガイドブックによると、このあたりが岩村田宿だったようだ。往時の建物などは残っていないようであるが、宿場町の代わりに商店が連なっており現代の宿場町のようで楽しく歩く(^^)。

 

商店街を通り抜け、道が北方向から北東へカーブしているあたりまでが岩村田宿だったようだ。

 

岩村田宿を後にして、小田井宿へ向かう。

 

30分ほど歩いたところで、皎月原と呼ばれる名所があった。

ここは、用明天皇の御代、流罪となった皎月という女性が白馬に乗って駆け回り、実は女性は白山妙理大権現という神様であったため、その後は草が生えず皎月原と言われるようになったそうだ。

 

それぞれの地域の伝承を知ることが出来るのはこのたびの醍醐味だ(^^)。この場所でも、実際に流刑となった方がおられ、馬に乗っていたなど、何らかの事象があったのでは?とひとり興味深く思う。

 

皎月原を過ぎて、2~3分歩いたところで小田井南という交差点に出た。

 

グーグルマップやガイドブックに従い、右にそれる道を進む。

 

15分ほど歩いたところで、小田井宿の標柱を設置いただいているのを見つけた。

 

どうやらこのあたりからが小田井宿のようだ。

 

小田井宿内をゆっくりと歩く。

 

入ってすぐに問屋場跡があった。

 

また2~3分歩いたところで脇本陣跡もあった。

 

往時の建物は今はないようだが、こうして標柱を設置いただいていると、往時の状況を想い起こすことが出来、たのしい(^^)。

 

脇本陣跡から少し歩いたところで歴史を感じることが出来る建物が建てられていた。

 

これは問屋場だった建物だそうだ。

 

大きな建物でまた出桁づくりとなっており、往時の状況を彷彿とさせる建物で、ひとり興味深く思う(^^)。

 

問屋場から少し歩いたところでまた歴史を感じることが出来る建物があった。

 

ここは本陣だったそうだ。敷地内をうかがい知ることはできなかったが、建物が現存しているようだ。

 

本陣を過ぎて、歩く。

 

5分ほど歩いたところで交差点に出た。

 

どうやら小田井宿はこのあたりまでだったようだ。

 

小田井宿を後にして、追分宿へ向かう。