宿泊地である高崎駅からJRに乗り、本庄駅で降りて昨日たびを終えたところまでやってきた。

 

今回のたびも今日まで。今日は深谷宿まで向かう予定だ。

天候も昨日と違い晴れ模様(^^)。ただ、あまり晴れ過ぎると熱中症にならないか心配(^^;。

 

なにごとも悪い方向に考えるのはやめようと自らに言い聞かせ((^^;)てたびを再開。旧中山道を東へ進む。

 

途中で国道17号線を陸橋で渡り、ただただひたすら道なりに歩き始めて45分程度経過したところで、右に入る道があった。

 

ガイドブックでは、このあたりの目印として工務店が掲載されていたが、現在はやめられているようで見つけることが出来なかった。

 

ガイドブックとグーグルマップを参考にして右に入る道を進む。

 

少し歩いたところで車道に出た。

 

この車道は県道45号線のようだが、旧中山道はここからまっすぐに進むようだ。

フェンスで横断出来ないため、近くの交差点で横断歩道を渡り、県道45号線の反対側に出る。

 

反対側に出たこの道が旧中山道のようだ。

 

南東へ伸びる旧中山道を歩く。

途中で大通りに合流し、道なりにまた歩く。

 

10分ほど歩いたところで、酒店があり、道が分岐していた。

 

ここで、グーグルマップとガイドブックでは、旧中山道の道筋が異なっていた。グーグルマップではまっすぐに進むとなっているが、ガイドブックではここを右に入る道筋となっていた。

 

少しまわりになにか案内頂いているようなものがないか調べてみたが、見つけることが出来なかった(TT)。おそらく往時はこのあたりまで河川敷だったのではないだろうかとひとり思い、川へ向かう右に入る道を進む。

 

少し歩いたところで堤防に上がった。

 

この川は小山川というそうだ。ここから見える橋が滝岡橋で、橋を渡る。橋には歩道がなく、車両の通行が少ない時を見計らって走って渡った(^^)。

 

橋を渡り、少し歩いたところで国道17号線に出た。

 

グーグルマップやガイドブックに従い、この岡(西)という交差点を渡る。

 

交差点を渡り少し歩いたところで右手に入る道があった。

 

この右手の蛇行している道が旧中山道のようだ。

 

蛇行している道を進むと多くの石碑が建てられていた。

 

百庚申といって、1860年ころに建てられたそうだ。

 

150年以上前の石碑があることに有り難く思いながら、歩く。

 

少し歩いたところで丁字路に出た。

 

グーグルマップやガイドブックに従い、左折し歩く。

 

少し歩いていたところで車道に合流し、石碑が建てられていたので振り返ってみると中山道の道筋の案内をいただいていた。

 

分かりやすくご説明いただていることに感謝し、また東へ進む。

 

道なりに15分ほど歩いたところで、国道17号線に出た。

 

ここから旧中山道は国道17号線となっているようだ。

 

国道17号線を東へ進む。

 

道なりに30分ほど歩いたところで、道が分岐していた。

 

ガイドブックでは、ここの分岐の目印はガソリンスタンドだったが、閉店されているようだ。

 

道なりに5分ほど歩いたところで、また国道17号線に出た。

 

グーグルマップやガイドブックに従い、国道17号線を横断し、歩く。

 

15分ほど歩いたところで、大きな常夜燈が建てられていた。

 

ガイドブックによると、この常夜燈は旧中山道最大級だそうだ。また、ここからが深谷宿だったようだ。

 

深谷宿内をゆっくりと歩く。

 

5分ほど歩いたところで、本陣跡の木柱を設置頂いているのを見つけた。

 

ガイドブックによると、見学は出来ないものの、一部が現存されているそうだ。

 

本陣跡を後にして、歩く。

 

2~3分歩いたところで右手奥に深谷駅駅舎が見える交差点に出た。

 

交差点を渡る。

 

今回のたびはここまで。ここからJR深谷駅に向かい、高崎駅周辺の宿泊していたホテルに荷物を取りに行って帰路につくことにする。

 

今日歩いた距離はおおよそ11㌔あまり、所要時間は2時間半程度だった。予定より早く歩くことが出来たのは、今回のたびの経路が舗装された道がほとんどだったからだと思う。

 

次回はいつになるかまだ未定だが、また出来るだけ早く歩きたいと思う。

 

宿泊地からJR高崎線に乗り、新町駅から昨日たびを終えたところまでやってきた。

 

今日はあいにくの雨(TT)。ただ、本格的な降雨ではなく、霧雨のようなものがずっと降っているかんじだ。晴天だと熱中症の危険があるので、このような天気も悪くないと思いつつ、本庄宿へ向かうべく、旧中山道を南東の方向へ歩く。

 

歩き始めて2~3分歩いたところで高札場跡の看板を設置頂いているのを見つけた。

 

ここでもやはりキリシタン禁制は重要だったようだ。この写真が往時の高札場だったものなのだろうか。

 

少し往時の旅人の気分を味わいながら、南東の方向へ歩く。

 

10分ほど歩いたところで、国道17号線に出た。

 

旧中山道はここから国道17号線となっているようだ。

 

合流地点に道標を設置頂いていた。

 

いつもながら道標を見て安心し、東へ進む。

 

ここから東へ進み、神流川橋という橋で文字通り神流川を渡ったのだが、往時とはかなり道筋が変わっているようだ。また、ガイドブック発行時点からも橋が架け替えられているようで、ガイドブックとも道筋が異なっていた。

 

現在は、橋を渡るとL字型の道筋となっていた。

 

道なりにL字カーブを進む。

 

国道17号線に出てから20分ほど歩いたところで、勅使河原(北)という交差点に出た。

 

この勅使河原(北)という交差点からまた旧中山道と合流したようだ。

ガイドブックに従い、国道17号線から外れ、左折して歩く。

 

30分ほど歩いたところで、神保原(北)という交差点に出た。

 

ガイドブックに従い、ここで国道17号線を横断し南へ進む。

 

横断して少し歩いたところで神保原一丁目という交差点に出た。

 

ガイドブックに従い、左折し歩く。

 

20分ほど歩いたところで、本庄市に入った。

 

雨で気分も沈みがちだが、なんとなく達成感を覚え、歩く(^^)。

 

本庄市に入り、20分ほど歩いたところで丁字路に出た。

 

ガイドブックに従い、左折し、歩く。

 

5分ほど歩いたところで、また丁字路に出た。

 

ガイドブックに従い、右折し、歩く。

 

右折して少し歩いたところで右に入る道があった。

 

ガイドブックによるとこの砂利道が旧中山道のようであり、進む。

 

少し歩いたところでまた車道に出た。

 

ガイドブックに従い、左折し歩く。

 

20分ほど歩いたところで本庄駅入口という交差点に出た。

 

交差点を渡る。

 

今日のたびはここまで。ここから本庄駅に行き宿泊地に向かう。

今日歩いた距離はおおよそ9㌔程度、所要時間は2時間20分程度だった。

 

雨模様であったが、概ね予定の距離を歩くことが出来、ひとり満足する(^^)。

明日は今回のたびの最終日だが、脚の調子も悪くなく、元気に歩こうと思う(^^)。

倉賀野宿を後にして、新町宿へ向かう。

 

日光例幣使道追分から2~3分歩いたところで道が分岐していた。

 

ガイドブックによると、この右に入る道が旧中山道の道筋のようであり、進む。

 

2~3分歩いたところで変則交差点に出た。

 

ガイドブックによると、この交差点を左折するようであり、道なりに進む。

 

少し歩いたところで先ほどの大通りにまた出た。

 

この大通りは県道121号線のようで、道なりに東へ進む。

 

途中JR線を高架橋で越え、国道17号線を横断し、県道121号線を15分ほど歩いたところで右に入る道があった。

 

ガイドブックに従い、右に入る道を進む。

 

5分ほど歩いたところで、また大通りに出た。

 

大通りをまた東へ進む。

 

岩鼻町という交差点を越えて、10分ほど道なりに歩いたところで、堤防に出た。


この堤防は烏川の堤防のようだ。

 

堤防に上がり、対岸を見てみる。

 

往時はこのあたりで「渡し」が行われていたようだ。

現在は当然ながら「渡し」はない((^^;)ので近くに架かる柳瀬橋を渡る。
 

柳瀬橋を歩き対岸に渡る。

 

ガイドブックに従い、この渡った先の堤防で左折し、堤防を歩く。

 

5分ほど歩いたところで、右手から合流してくる道があった。

 

この写真では分かりにくいが、右端の電信柱の横に旧中山道の標識が設置されているこの道が旧中山道のようだ。

 

まわり道をして坂を降りる。

 

旧中山道の標識のあるこの道が旧中山道のようで歩く。

 

少し歩いたところで丁字路に出た。

 

ガイドブックでは「中島宅」の前を左折することとなっており、この丁字路を左折する。

 

少し歩いたところで交差点に出た。

 

このあたりはガイドブックの表示が読み取りにくく、周囲に何か手がかりなるものはないか歩いて調べてみたが見つけることが出来ず、おそらくそうだろうとこの交差点をまっすぐに進む。

 

道なりに少し歩いたところでまた丁字路に出た。

 

ガイドブックによると、「有坂宅」の前を左折することとなっており、ここでも表札を確認させていただいて左折する。

 

左折して少し歩いたところでまた堤防に上る。

 

ガイドブックに従い、また道なりに堤防を歩く。

 

堤防を10分ほど歩いたところで、車止めがあった。

 

ガイドブックによるとこの車止め手前の草道を右に降りるのが旧中山道のようだ。

 

草道を降りる。

 

往時はこのあたりは堤防はなく、河川敷を歩いておられたのだろうか。

 

道なりに5分ほど歩き、関越自動車道の高架下をくぐり抜けたところで旧中山道の丸太道標を設置頂いているのを見つけた。

 

有難く思いながら、道標に従い、歩く。

 

道なりに15分ほど歩いたところで、大通りに出た。

 

この大通りは県道178号線であり、旧中山道はここから県道178号線となっているようだ。

 

少し歩いたところで橋を渡り、高崎市に入った。

 

また高崎市に入ったことを不思議に思ったが、どうやらこのあたりは高崎市の飛び地となっているようだ。

 

高崎市に入ったあたりでまた丸太道標が設置されていた。

 

ガイドブックによると、このあたりからが新町宿だったようだ。

 

新町宿を歩く。

 

5分ほど歩いたところで、新町駅入口という交差点に出た。

 

今日のたびはここまで。ここからJR高崎線新町駅に行き、宿泊地に向かうことにする。

今日歩いた距離はおおよそ12㌔弱、所要時間も3時間足らずと概ね予定歩くことが出来た。

 

明日も元気に歩こうと思う。