会社は誰のためにあるのか?!
「会社は誰のためにあるのか?!」
よくある議題である。
先日も某セミナーの懇親会に参加して出た話でした。
この議題は難しい。
「お客様の為」という人もいる。
「社員の為」という人もいる。
「株主の為」という人もいる。
どれも極論的には正しい答えだと思う。
経営者の端くれで、40過ぎの若造経営者が、答えを出せるものではない。
あくまで極論だとどれも正しいと思う。
今現在の僕の考えだと…『社会の為』という答えが浮かぶ。
【社会とはすべての人をさす】
上記の極論的な言葉の背景には、
「株主の為」という言い方は、海外の資本最上級主義の考え方の様に思う。
「社員の為」、「お客様の為」と言うと、言葉の裏に綺麗言や何か自分がイイ人に見られたいような・・・色々な背景が見える。
経営の目的は【企業理念の追及】にある。
それは常に利他的である必要があるように思える。
働く目的は、自分の生活、つまりは生きるために在るのも確か。
しかし、生きるためには仕事を通じて、利他的で、貢献の精神が必要でないと人には必要とされない様に考えている。
営業マンだと、自分の売上目標は最重要。
しかし、売上を達成するために仕事をすると、お客様を上手く言いくるめたり、極端な人だと嘘をついてまで言いくるめようとする。
私は採用試験も行っている。
営業の採用の際には・・・『所詮、数字だよ』という。
それは、『お客様に必要とされている点数だよ』と説明している。
貢献度合いが数字として上がると考えているからです。
事務社員においては、数字で表すことが難しく、私の考えでは、仲間の社員やお客様から…
『○さん!』
『○さんいる?!』
『○さんお願い』
と名前を呼ばれる、つまりは必要とされる回数が一つの指標と考えている。
結局は、仲間、お客様から必要とされないと利益は生まれず、給与も出ない。
会社は経営者が利他的な指標である企業理念を社会に提示し、それを元に社員がお客様に貢献し、お客様は消費者に貢献するお手伝いをし、それが社会に貢献する事になる様に思える。
40歳を過ぎると、時間が過ぎるのが本当に早い。
ビジネスマンとしての寿命を考えると、そんなに時間もない。
命は有限。
自分を通じて何をするのか?
私利私欲に生きるのではなく、自分の存在を通じて、利他的に生きる方が心地良い。
経営、また一人一人の人が生きる為には、大変かもしれないが自分の哲学を持つ事も大切の様に思える。
写真:
今日、お客様を訪問したら・・・「暑いから、これ持ってけ!」と頂いたヤクルト。
こんな些細かもしれない気遣いで心が温かくなります。
採用について考える
今週来週と久しぶりに出張もなく過ごしています。
今期は毎週、出張が続いたので、事前に仕事を調整していました。
今期は、事務社員、営業社員の採用で採用の年になっています。
採用するに当たっては、短期的に考えるのは勿論ですが、当社は中期的な考えを重要視しています。
近年の日本の経済は周知の通り良くありません。
現在、景気が上がっていると言われてはいますが、実際にはそうではありません。
人口減少も急加速して行くということは、お金を使う人が急激に減少するという事です。
そうなると国内の各業界は急速に淘汰が始まるという事です。
厳しい現実の中、各企業は即戦力を求めます。
勿論、即戦力も重要ですが、当社は基本的に何事も中期的視点に立って考えています。
即戦力でありながら、中期的に成長し、活躍できる人物なのかを重要視しています。
即戦力は、いうまでもなくビジネスマンとして実績を上げて来ている人です。
そこに当社の理念やビジョンをONするというか、マッチング、ベース化しています。
具体的には、ブログでは書ききれない企業としての考え方があります。
長期的というのは大企業で、メーカーはいいかもしれません。
当社も長期的なビジョンは持っていますが、中期的な方がリアル感があると思っているからです。
そういったことからも人事についても、中期的視点に立っています。
もちろん新卒採用であれば、5年くらいを目途ではないでしょうか。
1,3,5の壁というのを聞きます。
「これは合っているな~。」と最近は思います。
1年、3年、5年。
1か月、3か月、5か月。
1億、3億、5億などがそうです。
これは精神的な壁というよりも、物理的、つまり物事が回りまわって自分のところに現象として現れてくる周期なのだと思います。
だからこそ、中途採用はスタートダッシュの1年目が大切なのだと思います。
成長の曲線は、直線的ではなく、関数グラフのように曲線だからです。
ダッシュが遅いと低い成長”直線”から抜け出すのが遅くなります。
ダッシュが速いと、早く二乗の曲線に乗れます。
私においては社員以上に早い行動(判断)で、社員を二乗曲線に乗せる必要があります。


