柳井たくみの『ゲート 自衛隊、彼の地にて、斯く戦えり 接触編』アルファポリス出版を読んだ。
偶然、セブンイレブンの本のネットショッピングサイトを検索して見つけた。アルファポリスという聞きなれない出版社。本の紹介を見ると、現代自衛隊が、戦国時代でなく、ドラゴンや妖精の住むファンタジーの世界に進軍するというもの、『戦国自衛隊』や、仮想戦記物と違い、口から火を噴く竜に、現代の自衛隊が対応するのは、戦術的な問題、法的な問題・・・・様々な問題があるはず。表紙は、軍事、キャラおたくそのもの。(電車の中では読めないな)。この荒唐無稽さが気に入って、買ってみた。
大当たり~。きっとアニメ化もするな。いっそ、ハリウッド映画でも面白いかも。
(以下ネタバレあり、注意。)
20××年、突如銀座に出現した異世界との回廊、通称『ゲート』。このゲートから出てきたのは、ドラゴン、ゴブリン、翼竜を操る騎兵、悪鬼、中世の騎士のような軍勢。銀座から霞が関にかけて、東京は殺戮の海となる。緊急出動した自衛隊により、魔物たちは撃退されたが、凶悪な世界と地続きになった日本政府はてんやわんや。各国首脳は、ゲートの先に、広大な世界があり、そこに金、銀、銅、レアメタル、レアアース等の無限の埋蔵資源の可能性を感じ、日本政府をけん制する。日本政府は、再び敵が攻めてこないように、ゲートの向こう側に五稜郭のような堅固な防御要塞を建設。戦争は小康状態になった。
一方、その異世界は、いくつもの小邦が存在するのどかな中世レベルの文明が存在する。その小邦を束ねるのが帝国。帝国は、失敗に終わった先制攻撃の後、ゲート付近にできた敵陣地に、諸王国軍を糾合し、総攻撃をかけるが、10万の軍は、自衛隊の近代兵器の前に壊滅する。
物語は、ここら辺から始まる。
主人公は、伊丹二尉。超おたくの彼は、『食う、寝る、遊ぶの合間に、人生をしている』どうしようもない隊員。しかし、最初の襲撃の際、そのおたく知識をフルに使い避難民の誘導、森(皇居だけど)での迎撃作戦をすすめ、一躍、時の人となる。そして、そのあふれるおたく知識から、敵領内での偵察隊任務を仰せつかることになる。
著者は、元自衛官。そして現役おたく?軍事おたくも、ファンタジーおたく、猫耳おたくも、魅了するキャラが満載だ。現役自衛官ファンもたくさんいるよう。ヘリによる急襲作戦では、コッポラの名作『地獄の黙示録』だったり、主人公の信条が『機動警察パトレーバー』だったり、映画好きも、アニメおたくも、楽しめるディテールが満載。『エイリアン2』の女性海兵隊員のようなキャラも登場。
そして一番感心するのが、自衛隊そのもの。シミュレーション戦記だったら、ドンパチすればいいのだが、自衛隊はそうはいかない。
発足後半世紀を超えた自衛隊は、世界でも特異な軍隊になっている。戦闘で人を殺したことはなく、人命救助、災害復旧、人を活かすための軍隊機能が、組織の本能として完備された軍隊になっている。もちろん戦闘機、戦車、重火器といった、戦闘の装備は、世界一級であるが、抗戦するためには厳しい規則があり、決して戦線は拡大させない、民間人の被害はもってのほか、避難民があれば、救護と、衣食住の世話。これらの活動が、瞬時に判断され実行される。戦地にあっても工作部隊が地ならし、プレハブだが、あっという間に家ができ、炊飯車で、あったかい炊き出しがふるまわれる。この染みついた民間人保護のスキームは見事。(この小説の世界だけのことかもしれないが、多分、イラクのサマーワや、アフガンでしていることと大差ないはず)
アメリカにこの『ゲート』ができたら、あるいは、中国に、ロシアに『ゲート』ができたら、全く違う物語になっただろう。
この心優しき軍隊に、すこしのんびり屋の伊丹二尉が付くのだから、彼が率いる12人の偵察部隊が、トラブルに巻き込まれないはずがない。自衛隊が、ファンタジーの世界にいったらというテーマ以上に、政治家の駆け引き、官僚の思惑、組織内での人的抗争、国家間の駆け引きがある。それは、『ゲート』のこちら側でも、あちら側の帝国内でも渦巻く。テーマは山ほどあるが、伊丹の活躍とともに、物語は進んでいく。
行きがかり上、異世界最強の生物、炎龍(ドラゴン)とも戦う。通常の砲撃では撃破できない厚い装甲のような鱗を持つという設定だから、空飛ぶ戦車のような生物。最少武力でも近代兵器を装備したこの偵察隊では、退けるのがやっと。また、地方貴族の城を盗賊化した敗残兵の猛攻から防ぐ戦いなどミリタリー好きにもサービスを忘れない。
また、戦闘の後に発生した避難民(年寄りと子供)を、収容する難民キャンプを作る。衣食住の提供はするが、自立の道づくりも、提供する。
こんなにすがすがしい連中は、カリオストロ公国に派遣された埼玉県警の機動隊以来だ。
実際の世界では、ここまでうまくいくかわからないけど、自衛隊という窮屈な軍隊の戦争の仕方は、きっとこうだろうとうなずかせるものがある。
物語はあわせて、相変わらず混迷を続ける日本の政治、少数民族を弾圧する中国、ロシア、日米同盟を拠り所に、当然利益の分け前を期待する米国と、現実の大国のエゴをこの物語に投影させる。単なるおたく小説で終わらせない展開が、この先待っていそうである。
物語は始まったばかり、急いで2巻目買わなくっちゃ。