ここでは何度も書いていると思うが、
「歌唱」のあり方について、改めて掘り下げてみよう。
音楽はとても主観的だ。
ある人には大好きなアーティストが、
ある人には嫌いな場合もよくある。
だから例え今評価が低くても、
それは「ピッタリな人達」にまだ出会えてないだけかも、
と考えるのもあながち間違いではない。
ただ、そんな事を言ったまま、
何年もボーッと過ごす訳には行かない。
なので自分の魅力を磨き、説得力を増して行くしかない。
楽曲のクオリティー。
演奏力のアップ。
そして歌唱力。
人が誰かに「振り向く」きっかけは、
やはり「唄の力」だろう。
全ての楽器の中で、最も破壊力があるのが「唄」だ。
シンガーソングライターなら、誰もが
唄が上手くなりたい、と思っているはずだ。
だが実際「唄の上手さ」をどれだけ理解しているのだろう?
「上手さ」だけなら、カラオケの採点で分かるのか?
だが、カラオケで100点を連発したところで虚しい。
そんなもの、誰も評価しない。
「凄いね~!」で終わりだ。
100点出せば、ミリオンヒットが飛ばせるのなら、苦労は無い。
楽曲作りでも、楽器の演奏でも、もちろん歌唱でも
我々が演ろうとしてるのは、「聴く人の気分を作る事」だ。
「別世界へと連れ去る」事だ。
それは雲を掴むような話だ。
前述した通り、人は様々な感性、価値観を持っている。
そんな人々の気分を作るなんて、どうすりゃ良い?
答えは、「まず自分の気分を作れるか?」だ。
自分の奏でる音で、声で、
自分自身が別世界へと飛んで行けるかどうか、だ。
それは実はそんなに難しい事でも無い。
誰もが何度かライフ中に、自分自身の演奏で、
懐かしい場所や人、空気や匂いを感じた事があるはずだ。
ほんの瞬間でも、まるで理由は分からないが、
それは魔法のように訪れる。
しかしそれは、間違いなく「君の発した音」で作ったマジックだ。
つまり「実現可能な事」なのだ。
だから「どう演ったんだろう?」を探ろう。
どう弾くと、どう唄うと「あの気分」になるんだろう?
これが「表現力」だ。
君に「ピッタリな人達」とは、君の感性と共鳴する人達だ。
ならば、君自身を「震わせる」演奏が出来れば良い。
君自身を別世界へと連れて行ける楽曲を作れば良い。
君自身を「ウットリ」させる歌唱をすれば良いんだ。
そうすれば、君の感性に反応する人々の、
心を掴む事が出来るはずだ。ファンをゲット出来るはずだ。
つまり「唄の上手さ」とは、
そんなごく限定的で、パーソナルな感性に
訴える歌唱が出来れば良い事になる。
だがここで壁が立ち塞がる。
「あの感じ」を作る歌唱が、どうしても安定して再現出来ない。
ライブの後半では、息切れし、声が枯れ、喉が言う事を聞かない。
低いパートはモゴモゴし、ハイボイスはひっくり返る。
つまり「自分をコントロール」出来ない。
それは、すなわり技術が低いからだ。
雰囲気で漠然と演奏して来たからだ。
自分のイメージ通りの歌唱をするためには、
間違いなく「唄の技術」が必要だ。
それ無しには安定して「気分」は作れない。
これが出来る事が「唄の上手さ」と言うのなら、
やはりそれは絶対に必要だ。
だが君にとってのそれは「一般的な唄の上手さ」とは、
ジャンルも質も違うんだ、という事に気付いて欲しい。
アーティストにとって「個性的で魅力的な感性」は何より必要だ。
それが「作りたい」という想いを走らせる。
だが、頭で思い描くその世界を現実化するには、
どうしても技術がスキルが、必要だ。
どこかの誰かに評価される「唄の上手さ」は要らない。
君自身が納得出来る力があれば良い。
もしそれが無いのなら、どんな方法でも良いから、手に入れよう。
見回せば、方法はいくらでもある。
だってそれ無しには、君は君を表現出来ない。
君の前に立ち塞がり、いつも君を邪魔してるのは、
この事なんだ。
さあ、やるべき事が分かったはずだ。
まずは自分を聞こう。
全てのリハーサル、本番を録音し、
聞こう。
そこにご機嫌な自分とダメダメな自分が共存している。
お気に入りの自分をキープし、増やし、
ダメな自分をゼロにまで減らして行こう、と決心しよう。
「良い感じ」は常に「良い状態」が作る。
その「良い状態」をいつでも作れる技術を
「唄が上手い」と言う。
君の「唄の上手さ」は、君だけが知っている。
さあ、始めよう!