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池袋フィールドのブログ

ライブハウス 池袋フィールドです。
アーティストとしても活動中の店長・山石敬之が
日々の出会いやエピソードを語っていきます。

10月から始めた「FIELD TV」も
今夜で10回目の配信を迎える。
生まれて初めての司会業もまだまだ模索中だが、
何とか出演者の新しい面を見つけようと、
そして魅力を引き出そうと、奮闘しているつもりだ。
スタッフも毎回、少しでも良いものを、と
改善や修正を繰り返している。
ぜひチャンネル登録をして頂き、
毎回の配信を楽しみに視聴して欲しい。

 

ライブハウスを始めた頃、よくアチコチで目にしたのは、
日本のライブハウス・シーンは、
出演者に依存し、店側は何にもしない、という批判だ。
出演者にはノルマを課し、ライブハウスはそれにアグラをかき、
アーティストから搾取している、と。
確かに、と思った。
ただ現実を見れば、その出演者のレベルの低さに驚いた。
とても人前でチケット代を取って演奏するクオリティーでは無い人間が、
後から後からやって来る。
それはまるで高校の学園祭レベル。おままごと。アーティストごっこだ。
求められる音楽を世の中に届ける、のでは無く、
「やってみたら意外と出来たので、つい」という感じ。
これでは前述の批判は的はずれだな、現状は仕方ないな、とも思った。
しかし、それでも違和感は残る。
だったら「ポンコツ」は排除し、出さなければ良い。
ライブハウス側の「ハードル」を高くすれば良いじゃないか、と。
ライブハウス・シーンのクオリティーを下げているのは、
レベルの低い出演者も、金儲けの為なら良し、とする
ライブハウス自体の責任だ、と。
なるほど。普通ならこれが結論だ。
だが私はこれにも違和感があり、さらに考えた。
今の現状には、もう一歩先があるぞ、と。

 

私はサッカー好きだ。
日本はアジアではそこそこだが、世界を眺めると、
到底まだまだその足元にも及ばない。
そして強豪国に共通して言えるのはその「裾野の広さ」だ。
高い山に対し、それを支える広くなだらかな裾野がしっかりと拡がっている。
よく「若年層の強化」が唄われるが、それは音楽界にも言える事だ。
つまり「ポンコツ」の中に埋もれた才能にも目を向け、
引っ張り上げられるべき人間にチャンスや機会を作るべきだ。
ライブハウスはそういった「発掘」の場であるべきだろう。
レベルの高いアーティストの登場をただ待っているのも、
それはやはり怠慢だ。
本来は、音楽専門学校の仕事だろう、とも思うが、
現状は違い、卒業後の中途半端な才能が、
ライブハウス・シーンの中でウロウロしている。
やはり受け皿は、ライブハウスしかない。
ポンコツを排除していては、日本の音楽シーンの裾野は拡がらない。
ライブハウスは、彼らの主戦場だが、同時に「道場」でもあるべきだ。
そういう役割を担うべきだ。
そう思った。

 

ライブハウスに出来る事は無限にある。
ならば一つ一つ積み上げて行こう、と決心した。
何か光るものが少しでもあれば、アーティストに声を掛け、
弱点や修正点を伝えるようにした。
それが響いてくれて、次回に活かしてくれると良いのだが、
もちろんそう簡単では無い。
で、さらに一歩踏み込み「音翼塾」という独自のスクールを立ち上げた。
日本屈指のボーカルトレーナー「浅見昂生」を得て、
歌唱はしっかりした道筋に乗れば、確実にレベルアップする事を実感した。
そして積極的に曲作りを指導。とにかく前へ前へと進ませている。
塾生も含め、出演者の音源作りにも協力している。
曲作りから始まり、コンセプト、イメージ戦略。
アレンジ、ミュージシャン斡旋、歌入れまで。
マスタリング後、プレスや印刷物までトータルに手伝っている。
別にレコーディング・スタジオも持っているので、
フィールドと合わせてCD制作は得意分野だ。
また、出演者同士の横の繋がりの強化と、勉強のため、
招待ライブを数多く案内し、交流を深めている。
さらにもっと積極的に出演者のプロモーションを、と考え、
「FIELD TV」を立ち上げた。

 

出演者がただ来て、演奏し、帰る、を繰り返すだけのハコにはなりたくない。
フィールドに出る事で、関わる事で、何かを感じ、得て欲しい。
「自分を実現する」ための手助けがしたい。
本来ならここまで出来るんだ、を実感して欲しい。
そのために足らないモノ・事を用意してあげたい。
だってそれがライブハウスの役割だから。
多くの若者は、結局諦めてしまう。
そうなる前に、やれるだけの事はし、登れる階段を用意したい。
ポンコツがみるみる輝いて行く様を見たいし、
それに喜ぶオーディエンスの拍手や歓声が聞きたい。

 

それがライブハウスの喜びだ。
私の願いだ。

 

そしてそんな心意気の小屋はきっと君の街にもある。
信じられるライブハウスを見つけ、「道場」として活用しよう。
ライブハウスはどんな一流音楽プロデューサーよりも、
日々数多くのアーティストに触れ、曲を聴いている。
音楽の真実を知っている。
だから、メンドくさいオヤジさんのお説教からヒントを見つけよう。
出掛けて行って仲間と夢や現実を語ろう。
今はまだまだでも、君も日本の音楽シーンを担っているのだ。
そんな自意識を持って、一歩でも上に上るため、ライブハウスで鍛えよう。
ライブハウスも努力をする。
だからどうか、ライブハウスを信じてくれ。

 

 

 

 

 

みんなにとって足らないモノの代表は
「お金」と「時間」だろう。
ここでは、東京での一人暮らし、バイト生活のアーティストに絞って、
その対策について考えよう。
あ、もちろん夢のような話ではありません。

 

まず、お金が無いから時間が無くなる。
時間が無いからお金が稼げない。という
悪循環に陥る時がある。
その場合は、その両者を一気に解決しようとすると苦しい事になる。
時間が無いくらい動いているのなら、
バイトやライブを含め、入金する事に集中しよう。
さすがに生活のベーシックを賄わなければ、生活は崩壊する。
しかしそのバランスが崩れるのは一時的な事だ。
そこを脱するまでは、少々無理めな我慢もし、
極力支出を抑え、入金をひたすら待って暮らそう
焦りと疲弊を伴うが、ジッと耐える1ヶ月を越えれば、
大抵の場合は好転する。
そして上向きになった時にマイナスは残さず清算しよう。
またの困窮を怖がってはいけない。
マイナスがマイナスを生み続ける悪循環は必ず断ち切ろう。
そして気持ちに少しでも余裕が出て来たら、
そんな忙しい中でも、時間を作る工夫をしよう。
大きな気力を必要とするが、忙しい時にも出来るのなら通常モードでは楽勝だ。

 

朝起きてからの15分。シャワー中。
電車待ちの5分。移動の電車の中。
歩きながら。夜寝る前の30分。
さすがにそこに時間が無い訳は無い。
そのシチュエーション、分数でも出来る事はある。
まだ入り切って無い新曲の歌詞をさらう。
次のライブのMCの組み立てを考える。
共演者から貰った音源をじっくり聞いてみる。
ボイトレのルーティンを小分けにしてでも実施する。
男性はもちろん、女性でも日々5分の筋トレで、
しっかりした腹筋は手に入る。(毎日続ける、がポイントだが)
ピアノなら「ハノン」を、ギターなら単純な「運指」の訓練を。
また、一週間単位で考えて、この曜日にはコレを、と
決めて取り組むのも良い手だ
ブログやSNSの発信も安定して行う事がポイントになる。
YouTubeへの映像編集や、オケ作りの打ち込みなどは、
一気に完成、よりも日々小さな進み方でも、
手を止めない事が何より大事だ。
ガチガチのルーティン・ワークは、息苦しさもあるが、
怠けたがる自分を後押しもしてくれる。

 

「お金」に関しては、
まず動員とノルマのバランスを考えよう。
「赤」を出し続けていれば疲弊するに決まっている。
不必要なライブは入れない。
前にも書いたが、年間計画を立て、戦略的にブッキングして行こう。
言われて何となく、では無く、計画的にライブハウスと相談しよう。
また、人は必ず他人から見たら「それ要る?」という無駄な支出をしている。
パチンコであったり、ゲームの課金であったり、
一人居酒屋、景品欲しさの商品買い、スイーツ巡り、などなど。
そこには趣味性も多分にあり、人生の楽しみもあるかも知れない。が、
生き抜くため、何かを手に入れるためには、
引き換えに我慢すべき事もあるはずだ。
そして「食費」の支出もキモだ。
外食を減らす事が、経済的にも健康的にも有効だ。
しかも自炊する事。
コンビニ物を家で食べれば良いんじゃ無い。
スーパーに行き、仕入れ、ちゃんと料理して食べよう。
1ヶ月単位で考えれば、これで確実に経費は抑えられる。
別の話だが、コレを当たり前にすれば後年の健康にも確実に繋がる。
もちろん体型維持やダイエットという意味でも。

 

ただすべからく節約に走れば良い、という訳でもない。
自分に投資すべき時もある。
仲間との飲み会を断り続ければネットワークは広がらない。
自分を磨くためのスクールに通うのも人によっては必要だ。
楽器や機材を思い切って購入し、レベルアップを図る場面もあるだろう。
フィールド出演者で、歌は上手いがギターは初心者だったアーティストが、
40万円のギターを「えいっ!」と買い、
うれしさの余り弾きまくっていたおかげで、
目を見張る上達を遂げた人もいる。
つまりは「メリハリ」だ。
「手段」のために「目的」を見失っては元も子もない。

 

とにかく戦うためには「生活の健全化」はマストだ。
そして「健康」は前提の前の大前提だ。
ベーシックに安定していなくては、
人の心を打つ楽曲作り、演奏は無理だ。
日々の鍛錬が長い目で動員に繋がるのは確実だ。
「時間」を「お金」をコントロールしよう。
その安定感が勝負時に力を発揮する。
そのための工夫をしよう。努力をしよう。取り組もう。
我々は「戦士」だ。
その自覚を持って、常に戦場に備えよう。
あ、もちろん、3ヶ月に一回くらいは、
思い切り「バカやる」時もあっても良いけどね。

 

弾き語りアーティストの8割は地方出身者だ。
夢を求めて上京し、バイトしながらの活動。
生活は厳しいが、選ばなければ東京には仕事はある。
山ほどライブハウスもあるので、
ノルマさえ払えば出演するのも楽勝だ。
大きなステーションに限らなくても、
いくつもの駅や街で路上ライブで手応えも得られる。
スタートを切って、2年間は良い感じで活動出来る。
だがやがて「壁」が立ち塞がる。
思い描いていた「夢のサクセスストーリー」が
自分には舞い降りて来ない、という現実と言う名の「壁」が。

 

上京してまず2年間音楽専門学校に通った人達は、まだ良い。
大したスキルは得られなくても、「仲間」は得られる。
そこでユニットやバンドを組んで走り出した人達も多いだろう。
だが、専門学校に行かずに自力の道を選んだ人達や、
専門学校後もソロ・アーティストを選んだ人達には、
必ず襲って来るモノがある。

 

「孤独」だ。

 

知り合いや共演者は、皆楽しそうで、上手く行ってるように見える。
軽い会話はあっても、それぞれの深い所の想いまでは
なかなか語らないし、分からない。
ステージ上のMCでは明るく前向きで、
上手く行ってる、を演じてはいるが、
実際には目の前は霧が立ち込めている。
歌や演奏のレベルが上がらない。
新曲が書けない。
動員が増えない。
そして、気付けば「東京」に飲み込まれ「ポツン」な自分を見つける。
毎月の家賃と楽器のローン、ライブハウスへのノルマに追われ、
ひたすらバイトに明け暮れる日々だ。
で、「何なんだ、これは!」ってなる。
「何にも起こらないじゃないか!」って。

 

当然だ。

 

まずスタート時のスタンスがあやふやだ。
本来音楽に限らず、文学でも漫画でも絵画でもお笑いでも、
その県で、その街で、最低でもその学校で
知らぬ者はいない、No.1の者だけにチャレンジ権がある。
周りの誰もが「お前はやるべきだ」という高い評価が必要だ。
少々の評価や自己判断でのチャレンジは元々無謀だったのだ。
しかし自分は天才だ、という強い自意識があるのなら、
やってみる価値はある。
そんな能天気な自意識さえ持たずに、「何となく」上京したのなら、
待っているのは、「無力感」だけだ。
スタート時のレベルの低さを挽回するため、
「鬼のような」努力を自分に課して、日々を音楽漬けで暮らしていれば、
もしかして可能性はゼロではないかも知れない。
しかし日々の生活は君を「流して」しまう。
頭のどこかに「無理かも」という言葉がチラチラする。
そして「孤独」に飲み込まれる。

 

しかし一番残念なのは、自分の限界まで勝負せずに諦める事だ。
「やるだけやったか?」を自分に問いかけて欲しい。
もし無力感の中、孤独に飲み込まれたら、
そこから抜け出すのはなかなか難しいだろう。
そうなる前に、とにかく動こう。
自分と同じ境遇の仲間がライブハウス・シーンには山ほどいる。
出演じゃなくてもライブハウスに通おう。
池袋フィールドの出演者には「出演者枠」というのがあり、
招待ライブはドリンク代だけで入れる。
そこで仲間を作ろう。顔を出せば自分のライブにも顔を見せてくれる。
感性の合う仲間や友達は宝物だ。
曲作りで煮詰まり、方向性を見失ったら、誰かに師事するのも良い。
自分の力をグイグイ引き出してくれる先生はきっといる。
ダメだ、と思い始めると必要以上に自分を過小評価する。
良くも悪くも自分の「身の丈」を知るには、優秀な指導者が欠かせない。
「習う」という奥の手も考えてみよう。

 

とにかく大切なのは「前に進む事」だ。
立ち止まり、ネガティブな未来ばかり想像しているから落ちて行く。
言わせて貰えば、そんな事は上京前から見え見えだったんだ。
別に今に始まった事ではない。
思い付く全てを試したか?
「やらなきゃ」は全部こなしたか?
時間の使い方に工夫の余地は本当に無いのか?
アンテナを全方向に向け、感性を磨いているか?
今の自分は上京を決心した時の自分に対し、恥ずかしくないのか?

 

さあ、動こう!
やるべき事は目の前にある。
チャンスはその扉の向こう側だ。
さあ、走ろう!
落とし穴に落ちる前に。

 

 

今回はかなり具体的な曲作りのお話し。
先に断っておきますが、
音楽やってない人には専門的で面白くありません。

 

曲作りを始めた初期、
ほぼ全ての人は「2-5」と呼ばれるコード進行で
その大半の曲を作る。
曲のKeyが「C」(ハ長調)の場合、
Dm→G→Em→Am という2度から5度への関係性で、
コードを展開し、メロディーを乗せて行く。
これが実に作りやすい。
そのため、この流れから逃れられず、
Aメロ(平唄)からBメロ、そしてCメロ(サビ)まで、
同じコード進行のまま行ってしまう。
まあ、始めのウチはこれでもなかなか良い曲も作れただろう。
だが、作っても作ってもこの流れのままで、
10曲中8曲は「2-5」でレパートリーが増える。
と、必然どれも同じ曲に聞こえて来る。
当然だ。
もちろん曲ごとに、度肝を抜くような斬新な歌詞が乗っていれば、
そのインパクトで曲の差異も出せるだろう。
しかし歌詞の内容も貧弱、または空っぽなら、
聞いてる方はあっという間に眠くなる。

 

では、ここから脱出するにはどうしたら良いのか?
まず一つ目は「Bメロ」だけでも別のコード進行を工夫しよう。
一旦「2-5」から出てしまえば、サビでまた戻っても変化は付く。
私は「Bメロ」は工夫の宝庫だと思っている。
印象的でちょっと変わってて短め、がベスト。
変化の出し所だ。
また、音楽用語で「クリシェ」というのがある。
これは「常套手段」「ありきたりの手法」という意味だ。
「2-5」はこの範疇では無いが、
ちょっと調べればすぐ分かる。
みんながよく使うコード進行で、使い勝手は良い。
代表的なのは、C→Caug→C6→C7 と
コードのトップの音が半音ずつ上がって行くパターンだ。
クリシェを導入するのも「2-5」脱出の一手だ。
また王道のコード進行で、
C→G/B→Am→Am/G→F→Em→Dm→G7
というベース音が降りて行くパターンもある。
これこそ私は「常套手段」だと思うが、
この流れもかなり強力な戦力になる。

 

つまり「常套手段」だけでも「2-5」を含め、
上記の3種類がある。
ならせめてこれらを組み合わせたコード進行を工夫し、
曲作りをして欲しい。
すべからくクリエイターたる者「工夫」無しに
何かを作り上げるのは「手抜き」だ。
出来れば、聞いたことも無い斬新なコード進行に
行き着いて欲しいが、何もそこまでは求めない。
今欲しいのは「一捻り」だ。
これは歌詞にも言える事だが、
ちょっとした「デコボコ」「歪み」「汚れ」は
上手に使えば「魅力的」に変身する。
気持ちの良い「引っかかり」を作れれば、
そこがその曲の特徴になり、さらに「売り」にもなる。
もちろん失敗すれば単なる「ヘンテコ」で終わる。
だが、人とは違う自分らしさ「オリジナリティー」を求めなくては、
すでに前を走ってる奴らとは戦えない。
世の中が求めているのは「他に無い何かを持った君」だ。
誰かと同じなら、別に要らないのだ。
「魅力」は君にしか無い「個性」の先にある。
そしてその「個性」は、産みの苦しみの向こう側で待っていてくれる。

 

さあ、だからまずその第一歩は、
「2-5」からの脱出だ。
コード進行を、メロディーを、歌詞をこねくり回そう!
「お、良いねぇ!」が出るまで。

元々は政党を見てて、実現不可能な、
夢のような主張ばかりしている政党を私は「お花畑」と呼んでいた。
もちろん政権には程遠く、問題が起きれば対案の無い反対だけを繰り返す。
そしてその実行力の無さゆえに議席を増やせない、
そんな政党だ。
だがそこには「理想論」があり、
「現実的」の前に失われた「あるべき姿」を追い求める意思はある。
そういう意味では存在価値はあるな、とも思っていた。
夢物語のユートピアを求めよう、とブレずに主張し続ければ、
国政の中での一定の存在感はあってしかるべきだと。
理想を忘れた政治もまた不毛だ。

 

そしてフィールド開業以来出会ったアーティストにも
「お花畑派」はいる。
独自の世界観や主張を持たず、
みんなに広く受け入れられたいがため、
ユル〜い内容の歌を、ヌル〜いメロディーに乗せて演奏している。
「みんなを笑顔にしたい」「元気を届けたい」などなど、
もし出来るならぜひやって見せて欲しいが、
大概は「そっちが頑張れ!」と逆に応援されるのが関の山。
もちろん若くルックスの良い女性アーティストの場合、成立しなくも無いが、
結果少数のオジサマに囲まれ、そこまでだ。
それで良いのなら、問題は無い。
とことんオジサマ達の「仮想恋愛」に付き合い、
上手に転がして商売して行く「したたかさ」があるのなら、
一定の成果は上がるだろう。
だが自分は違うと、アーティストとして成長して行きたいと、
もし思っていて現在の状況に違和感を覚えているのなら、
やるべき事がある。

 

人を元気にしたり、笑顔にするのは並大抵のことでは無い。
まずそこに覚悟が欲しい。
「出来ている」と勘違いしてるのなら、
それはきっと元々元気な人たちだったんだ、と思うべきだ。
否定されても、否定されても、何度でも繰り返し説得し続ける、
そんな強い意志が無くては、
「笑顔」や「元気」を必要としている人々には届かない。
つまり言葉だけで足りるなら「頑張って」で済む。
「あ、この人本気で言ってるんだ」と実感出来る説得力が必要だ。
太陽のような人を包み込めるキャラクターが必要だ。
揺るぎない安定感と、決してブレないスタンスが必要だ。
それは考えただけでもゾッとするような、
果てしない難行だ。
前述のような政党がなかなかの苦戦を強いられているのと同じだ。
言い換えれば、「本格派」と呼ばれる独自のメッセージを
送り続けるアーティストの方が、ある意味「楽」だ。
なぜなら彼らは全員に受け入れられる事を必要としない。
一部の「協調者」を得られればそれで充分だからだ。

 

「お花畑」の門は広い。
見回せば、そこに住む住民も多いだろう。
とっかかりは簡単だから。
とりあえずの出来てる感は得られるから。
だがそこで、お花畑で成功する者は本当に少ない。
結論、どの世界でも本気で取り組んでいる人にはかなわないんだ。
そして一番欲しいのが「手応え」だとすれば、
「誰かの太陽」になる、を実感する事の難しさは、
最初から誰でもが分かっているだろう。
どんなにボロクソに言われても、裏切られ続けても、
人を信じ、愛し続けられる計り知れない人間のデカさが、
「お花畑の王者」には求められる。
だが、やって出来ない事では無い。
自分の体温全てを奪われても、誰かを温める覚悟があれば、
頑なな心に寄り添い、説得し、やがて心を動かす、そんな強い意志があれば。
そしてそんなアーティストは確かに必要だ。
人を癒し、元気にする力は音楽にはきっとあると、信じたい。
そんな不可能とも言えるミッションにチャレンジする強者に、
私はぜひ会ってみたい。