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池袋フィールドのブログ

ライブハウス 池袋フィールドです。
アーティストとしても活動中の店長・山石敬之が
日々の出会いやエピソードを語っていきます。

分からない事がある。
唄がイマイチな事を分かっていて、
無策に放置しながらライブを重ねている人がいる。
何を訴えているのか意味不明の楽曲を作り、
だが活動が上手く行かないと悩む人達。
そしていつまで経っても持ち曲が増えず、
同じセットリストで何年も演奏を続けてる人達。
どんなメジャーなアーティストでも
常に修正や改善無しには前には進めないというのに。
何故そんなに呑気なんだろう?と不思議だ。
ただ曲を作り、やたらライブを繰り返せば、
いつかチャンスが勝手に舞い降りて来て、
気がつけば武道館に立っている、
って本気で思っているのだろうか?
成功者の例は、目にしたり耳にしたりするが、
膨大な失敗者の例はそこら中のライブハウスのゴミ箱の中にある。
それらを覗きこむ事は無いだろう。

 

いつも言うが、少なくとも「自分は絶対成功する!」という
根拠があっても無くても確信の持て無い人間は、
今すぐアーティスト活動をやめて欲しい。
本人を含め、全ての人に迷惑だ。
選ばれたごく特殊な人間にのみ挑戦権がある。
40歳を過ぎて、周りの仲間と楽しみの為の音楽活動をするのは良いだろう。
だが、その境地に至るまではチャレンジするべきだし、
その挑戦権を得るための努力を最大限、死ぬ程すべきだ。
そんな努力と挑戦の繰り返しの先に「手応え」が生まれる。
自信が生まれる。「行ける」という道筋が見えて来る。
この行程を経ずに「何となく」活動を続けるのは、
社会の邪魔だ。本当にやめて欲しい。

 

そして今年も池袋フィールドでは「千本ノック」を開催する。
2日間のオープンセミナーだ。
明日に立ち向かうためには、まず己れの弱点を知るべきだ。
修正点を知り、対策を練り、努力の道筋を得よう。
自力で行ける人はとっとと頑張れば良いが、
霧の中でさまよっているのなら、ボーッとしていてもラチが明かない。
気付く事に何年もかけるくらいなら、
セミナーに参加し「ズバ」っと解決してしまった方が良い。
そしてすべき努力の道筋に立って、先に進むべきだ。
我々から見れば、ほとんどのアーティストの問題点は明らかだ。
特に「唄」の弱点は明確に分かる。
結局は「唄」だ。
他の弱点をカバーして余りあるのがボーカル力だ。
逆に言うと、せっかくの楽曲を君自身の唄が殺しているかもしれない。
そして歌唱については終わる事の無い修行の連続だ。
いくらでも先があり、奥の深さに呆れるばかり。
今、唄が上手いと思ってる人の9割が上手く「張れてる」だけだ。
下手をするとそこが弱点にもなる。「何か、うるさい」って。
本当の唄の上手さは、全然別の所にある。
ハートを伝えるには、ハートだけじゃダメなんだ。
こればっかりは専門家にはかなわない。
人間の身体を楽器に変えるノウハウは、
自力で手に入れるには楽勝で数十年はかかる。

 

そして一番大切なのは君自身の「魅力」を知る事。
最も前に置き、売りにすべき面を知らなくては戦えない。
漠然としている「自分自身」というアーティストを、
明確にするチャンスだ。
伸ばすべきポイントを我々が的確に指摘する。
「良い」と「悪い」を知って初めて戦えるのだ。
そして正しい努力をしなければ、努力自体が無駄になる。
2017年を変革の年にしたければ、「千本ノック」に参加しよう!
池袋フィールドは、アーティストの工房だ。
この東京ライブハウス・シーンで、頭一つ出るためには、
プロの手を借りて、自分を磨こう。
その一歩踏み出す勇気が、きっと君の未来を変えるだろう。

 

「千本ノック」
2月6日(月)、2月7日(火)
共に、18:30 受け付け開始。19:00から22:00の開催。
料金: 6000円/1日   2日間通しは、10000円
お申し込みはコチラ→https://ssl.form-mailer.jp/fms/322d6499236194

 

 

明けましておめでとうございます。
2017年もライブハウス池袋フィールドを
どうぞ、よろしくお願いします。

 

池袋フィールドも今年の10月で5周年。
東京ライブハウス・シーンの中での立ち位置を、
明確にすべき時期に入ったな、という自意識がある
「有りたい姿」と「現実的な問題」の狭間で
四苦八苦の4年間だったが、
それでもやっと「届くべきアーティスト」に
その存在を認知してもらえるようになって来た。
そんな皆さんにとって、より得難い存在として、
主戦場としての役割を果たして行きたい、と心を引き締めている。

 

そして、このブログもより多くのアーティストに届くよう、
更に内容を吟味して行こうと思っている。
もちろん言いたい事を書きなぐる、というスタンスは変わらないが。
特に、走り始めたばかりのアーティストや、
道に迷ったアーティストにとって有用なブログで有り続けたい、と
強く思っている。

 

さて「年間計画を立てよう」というテーマは既に書いているが、
新年という事で改めて提言を。
日々をコツコツと繰り返しながら戦っている人達がほとんどだと思うが、
やはり「目標」や「区切り」は必要だ。
まずはこの新年に今年一年のプランを立てよう。
それを4月に見直し、その達成を評価しながら9月には、
より現実的なプランを練り直し、勝負をかけよう。
ワンマンやレコ発。それがポイントになるだろう。
地方への進出。故郷への凱旋。
コンテストやオーディションへの挑戦も重要だ。
そして何より大事なのは、この新年の計画は、
「調子に乗って風呂敷を広げる事」
「アレもコレもと欲張る事」
「現実的に走らず、ポジティブに背伸びする事」だ。
人はやはりなかなか計画を100%達成出来ない。
が、その達成率がたとえ50%でも、
元が大きければ、手に入る総数も大きくなる。
つまり欲しがらないモノは決して手に出来ない、という事だ。
花火を打ち上げたって構わないのだ。
たとえ達成できなくても、それを悔しがる姿勢さえあれば、
それは決して恥ずかしい姿では無い。
まずは「欲しがる事」、それ無しにはどこにもたどり着かない。

 

まず目標があり、その為の方法論があり、
達成のための努力が求められる。
その目標が大きければ、求められる努力も大きくなるのは当たり前だ。
代償として何かを諦めなくてはいけないかもしれない。
生活を切り詰めたり、バイトを増やしたり、減らしたり。
しかし大抵の場合、単に日々の努力不足である事がほとんどだ。
大きく、そして脳天気にぶち上げた目標をクリアするためは、
今まで「やらなきゃ」と思ってた事を実践するしかない。
言ってしまえば、「目の前のそれ」をやりゃ良いんだ。簡単な話しだ。
もちろん努力すれば必ず届く訳では無いが、
しかし努力無しには100%届かない。これだけは確かだ。

 

今、上手く行ってないのなら、その原因は自分の中にある。
他の要因になすりつけたい気持ちは分かるが、結局それは無い。
全ては自分に返ってる来るのだ。
もし努力の方向性さえ見つからない、と言うのなら、
どこに向かえば良いのか分からない、と言うのなら、
池袋フィールドに来て下さい。
片っ端からみんなの問題点を明らかにしましょう。
みんなが成長し、大きくなるのは、
池袋フィールド自身にとっても大切な事だから。
悩みや困った事を持ち込む「駆け込み寺」だと思ってもらって構わない。
ただ出演して帰る、を繰り返す小屋ではなく、
共に悩み、共に成長し、共に作る「秘密基地」でありたい。
そんなライブハウスが東京にはある、という事を忘れないでいて欲しい。
頼りにしてもらって大丈夫だ。
池袋フィールドはみんなのためにある。
大きくなってもらい、出て行ってもらうために、ある。

 

さあ、2017年。走り出そう!

 

 

 

 

今年もこのブログにお付き合い頂き、
本当にありがとうございました。
2017年もじっくりお付き合い下さい。

 

さて、今回は独り言です。
よろしければお付き合い下さい。

 

2016年が終わって行く。
区切る事にどれだけの意味があるのか、
疑問を覚える人もいるかもしれないが、
目標を立て、その達成を確認する事は大切だ。
時間は放っておけばイタズラに過ぎ、
イタズラに過ぎる時間は何も生まない。
ノンビリ過ごすのは引退してからで充分だろう。
目標があり、その達成へのプロセスを踏み、
前へと進むためには「確認」が必要だ。
そして「一年」という区切りは、それに相応しい。

 

私は57年間生きて来て「上手く行ってる」を感じる事はほぼ無い。
常に足りず、常に修正に追われ、常に何かを試している。
気が短いので、その結果が出る前に「次」に向かってしまう。
そして「どうしたら良いか」は、いつも分からない。
だから思いつく事は、実現可能な事は、ドンドンやってみる。
実際には花火だけ打ち上げ、続く実務を疎かにしてしまう事も多いが。
ま、言ってしまえばそれは「生き方」だ。
しかしアーティストにとっては必要な方法論でもある、と思っている。
そしてこれにはスピード感が重要だ。
「実行力」とは、素早く立ち上がり、手配し、説得する事を言う。
そしてこの中で大切なのは、
上手く行かない事でへこまず、「次」を躊躇しない太い神経が必要、という事。
強いて「脳天気」であろう、と心掛けている部分もある。
口癖は「ま、どうにかなるさ」だ。
だがそれでも「やり逃げ」にはなりたくない。
なのでせめて年の終わりには、自分を振り返ろう。。

 

今年はどんな年だったろう?
今年は何を成し遂げただろう?
ライブは何本演っただろう?
何曲新曲を作っただろう?
アルバムは出したか?
どんな新しい試みにチャレンジしただろう?

 

「そんなに真面目に、ストイックに生きられないよ」。
つい言ってしまう。
だが、そんな奴がどこかにいるかもしれない。
やれば出来るのにやらない、を許さない奴がどこかに。
私はそう考え、焦り、奮い立たせる。
その「奴」に負けたくない、と思う。

 

2012年に池袋フィールドを開業以来、
私はノンストップで生きている。
経営はただのミュージシャンがやるには、思った100倍大変だ。
難局とトラブルの波間でアップアップな日々だ。
だが、その「ノンストップ」の煽りで、
アーティスト的にも止まる事を知らない。
残念ながら今現在も私自身が、池袋フィールドの稼ぎ頭だ。
早く誰かに追い越されたいが、きっと来年は大丈夫だと信じている。
しかし「稼ぎ頭」でいる事に誇りも持っている。
誰かに抜かれたら、きっと抜き返そうと躍起になるだろう。
日々、不安や心配事で予定より早く起きてしまう毎日だ。
しかし同時に「何か素晴らしい事が待っている」という
「脳天気」な予感にも包まれて目覚めている。
昨日より素晴らしい今日。
そう思うため、思えるためには、毎日何かの「種」を植えなくてはいけない。
植え付けがあるから「収穫」がある。
結果、不断の努力が求められる。
ストイックさや生真面目さが必要にもなる。
成し遂げるためには仕方がない。
そうすれば出来る、と言うのなら、努力は一つも惜しくない。
多分他のやり方はこの世には無いだろう。

 

アーティストは人に夢を語る。
ライブハウスはそのための場所だ。
音楽無しでも人は生きられるが、
音楽のある人生は間違いなく豊かだ。
アーティストは皆自分のためにスタートするが、
いつか誰かのために生きるようになる。
生まれた理由をそこに見つけるだろう。
辿り着く日は遠いかもしれないが、
信じて走り続けるしかない。
2017年がそれを少しでも実感出来る年になるよう、
着実な日々を刻んで行きたい、と強く思う。

 

2016年、池袋フィールド、そして山石敬之に関わった全ての皆さん、
本当にありがとうございました!
私自身、そして池袋フィールドが、
皆さんの希望の「秘密基地」でいられるよう、
2017年も全力で走って行きます。

 

さあ、共に走ろう!
共に戦おう!

 

 

 

山石敬之は毎年12月25日にライブを行なっている。
はっきりと意識して始めたのは、1985年から。
つまりは30年以上になる。
なかなか25日が押さえられす、前後する事もあったが、
とにかくクリスマスにこだわってライフを重ねて来た。
それはファンのみんなとの約束のようなものだ。
何があっても、どんな状況だろうと、
12月25日には集まって、共に過ごそうと。
その年の締めくくりを、「お疲れ様」を込めて、
無事迎えられる喜びを分かち合いながら、クリスマスを祝って来た。

 

勢い「クリスマス・ソング」も多く作って来た。
「冬」というテーマも含めれば20曲以上。
演奏出来る期間の実に短い曲達で、
25日過ぎれば演奏し難い曲も多い。
ちょっと聞き、、無駄な感じもするかも知れないが、
これも12月25日への想いの表れだ。
新しいクリスマス・ソングを作る度、
気持ちも新たに12月25日を迎えられる。
本日の「FIELD TV」では、私が初めて作ったクリスマス・ソング、
「一人で聞くChristmas Song」を配信する。
1985年、クリスマス・ライブを始めた年に発表した楽曲だ。
私の音楽人生の「12月25日」という切り口での
旅のスタートの曲をぜひ聞いてみて欲しい。

 

そしてスケジュール的に迷走する事も多々あったクリスマス・ライブも、
2012年以降は池袋フィールドを始めたおかげで、
安定して12月25日を迎えられるようになった。
加えて音的な部分はもちろん、照明や演出面、舞台装置という側面も含め、
一層充実した内容でのライブを作り上げる事が出来るようにもなった。
極論すれば、池袋フィールドはクリスマスに向かって一年を過ごしている。
そこで培ったモノ・事を、通常のイベントにもフィードバックしている。
言い換えれば12月25日のライブは、
山石敬之と池袋フィールドの一年間の完成形、総仕上げだ。
この為にライブハウスを始めた、と言っても過言では無い。
理想の夜を毎年バージョンアップしながら作り上げている。

 

クリスマスは20代の頃は恋愛中心のイベントだ。
楽しい、美しい想い出もあれば、
切なく痛い想いも作ってしまうのが若き日のクリスマスだ。
しかし歳を重ねる内にその色合いも様々に変化し行く。
仕事に追われていれば、忘れて過ごす事もあるだろう。
家族中心にシフトし、ふと待ち合わせの恋人達を見かけて遠い目になる事も。
しかしいつの時代も街はクリスマスを演出し、
否が応でもその季節を感じてしまう。
そして暮れの忙しさの中、この華やかなお祭りは、
少しだけ心を洗ってもくれる。
大切な人達と過ごすこの夜は、どうか暖かく幸せであって欲しい。
仏陀の生誕日「4月8日」が偶然私の誕生日だ。
そしてもう一人の生誕日「12月25日」。
春の桜と冬の聖夜。
私と私の仲間達にとって、この季節を感じる事は生きる証だ。
そんな大切な夜を持つ、という事はこの上ない人生の喜びなのだ。
そして今年も12月25日がやって来る。
当たり前のように、そして奇跡のように、
私は今年も唄います。

 

池袋フィールド出演者には、音楽専門学校卒のアーティストが多い。
優秀な学校もあれば、そうでも無い所もありそうだ。
そして日本には、残念ながら即戦力のアーティスト、ミュージシャンを
育てられる専門学校はまだ無い、というのが結論だ。
結局は本人の取り組み方次第だが、
ぼんやり言われた事を繰り返していても、爆発的な成長は無い。
まして「あの学校卒」というだけで一目置かれる、何て事は無いし、
もちろんそれだけで仕事にありつけるなんて事は絶対に無い。

 

しかし、じゃ2年間は無駄なのか?と言われれば、一概には言えない。
ベーシックな技術や音楽知識は身に付くだろう。
戦う為の基本的な部分は鍛えられると思う。
(本来はそんなの中学、高校時代に自力で手に入れるのが
我々の世代では当たり前だったけど)
譜面が読める、書ける。曲を書き、詞を書き、アレンジをする。
楽器の基本と歌の基本。
つまりは手に入れるのは「基本」だ。
アーティストとしてどう生きるか、何を歌うか、は教えてくれない。
「個」と向き合い、見つけ伸ばす、は専門学校の範疇を超えているのだろう。
他の誰とも違う「君自身」を見つけ作るのは、
卒業後、自力で、という事になる。

 

だからなのか、8割の専門学校生は卒業後、音楽に進まない。
2年間で満足するのか、「無理だ」を知るのか、
もっと他の自分に合った何かを見つけるのか。
分からないが、その後も頑張ってるアーティストは一握りだ。
何という無駄。
何という無益な時間とお金なんだ。
本来はその2年の間に「自分はこうだ」を見つけなくてはならない。
その時間だったはずだ。
それを手に入れなかったために、卒業後は進むべき方向を見出せない。
で、やめる。
それは与えられなかったからなのか、
求めなかったせいなのか。

 

現役音楽専門学校の生徒の皆さん。
今やるべき事があります。
自分の脚で立てるアーティストになろう。
求めれば答えは其処ら中にある。
そういう環境に今いるのだから。
もし君の学校が物足りなければ、
外に、ライブハウスに出て、より本物を求める、という手もある。
学校内での実力がどれだけ通用するか試すのも良いだろう。
そしてもし卒業後に音楽を諦めたとしても、
40歳を過ぎたくらいで、きっとまたやりたくなる。
「何であの時もっと、もう一歩頑張らなかったんだ」という
苦く切ない後悔を抱きながら、必ずそうなる。
それはもちろんガツガツした上昇志向では無く、
落ち着いた自分自身の楽しみの為の音楽になるとは思うが。
「夢見た未来とは別の場所にいる」
歌でもよく使われる、この命題は、実際にはただの「言い訳」だ。
夢追う者は、常に夢自体をアップデートさせながら、「次」へと走って行く。
だから決して「18歳の時、夢見た未来」へと到達する事は無く、
しかし様々に形を変えながらも現実的な未来を構築して行くものだ。

 

君達はチャレンジする為に入学したはずだ。
で、チャレンジしてるか?
成りたい自分に近づく努力をしてるか?
与えられるエサを期待するヒナのように、ただ口を開けて待っていないか?
その「与えられたモノ」さえ無駄にしてないか?
もし日々が楽しかったら、それは出来てない証拠だ。
足らない自分、出来てない自分を見つけ向き合う毎日は、
ひたすら苦しいはずだ。
「上」を見上げながらもがく日々は、しかし生きてる実感を感じるはず。
求めるハートが強ければ、努力は惜しくない。
「学ぶ」とはそういう時期だ。
2年間を無駄で終わらせないためにも、よーく考えて欲しい。
人間形成という意味でも、18歳から20歳という時期は重要だ。
この時期、人として、アーティストとしての「骨格」が出来る。
いや、作っておかなければいけない。
今を楽しく、しかし無為に過ごせば、
そのしっぺ返しが「空虚な2年間」という形で帰って来る。
卒業後何をするにせよ、胸を張って歩き出せる自分でいよう。
そしてその後はライブハウスに任せてくれ。
君達が真の音楽と向き合い、学ぶ場は我々が用意する。
手を伸ばせば「今を越える為の答え」は目の前にある。
その手を伸ばしさえすれば。