振り返り パート30です。
本来なら、パート30で終わらせるつもりでしたが、もう少しお付き合いをしてもらえると幸いです。
さて、名前に関して振り返る事があるのかと、普通の人ならそう思うだろう。
自分の場合はあったりする。
それは、なぜかと言えば、自分は、小学校の2年生の時に名前を変え、中学校を卒業する時に戸籍に記載されている名前に戻している。
なので、小学校・中学校の卒業文集・卒業アルバムには、書いたモノや写真は載っているが、名前は違う。
まさに、存在はしているが、存在していない状態。
誰もが疑問に思うだろう、なぜ、名前を変えたか。
自分が覚えている限りでは、誕生日が終戦記念日と言うこともあり、運が悪いと言う理由らしい。
とはいえ、小学生の時に両親が離婚しているので、本来なら名字も変わるはずが、名字はもとの父親の名字を今でも使っている。
本来の流れであれば、名字も名前も、二回は変わっている事になる。
この時点で、姓名判断は、自分にはまったく意味がないものになる。
もし、姓名判断を信じるのであれば、何度、運命が変わったことか。
自分にとって、名前は、ただの呼び名であって、それ以上の思い入れは何もない。
自分が自分である為には、名字や名前で認識されるのではなく、どのような付加価値を持つかということが大切と言うことになる。
例をあげれば、会社の名前(ブランド)で仕事をもらうのではなく、自分の名前(付加価値)で仕事をもらう事ということになるだろう。
名前であれ、名字であれ、それらに輝きを与えるのは、自分自身でしかない。
では、どのようにして輝きを与えるか?
その為にも、自分が生かされている本当の意味を悟る必要があるのではないかと思う。
自分は、自転車に乗っている時に一回車にはねられ、三回車で後ろから追突され、運転席側の後ろのドアに追突を一回されている。
これほど、事故に遭っていながら、たいした怪我はしていない。
これを悪運というのだろうが、見方を変えれば、見えない誰かに生かされている事になるのではないかと思う。
話がそれたが、名前がいかに変わろうとも、本質的な自分自身が変わるわけではない。
自分自身を変えることが出来るのは、誰でもない自分のみ。
他者を頼るのもいいかもしれないが、最終的に頼れるのは自分自身。
自分自身の軸を強く意識し、行動し続ける事によってのみ、自分の名字・名前に輝きを与え続けることが出来る。
今、使っている名字の父親とは縁が切れているので、自分が元祖ということになる。
元祖うと言うことは”0”と言うことであり、自分が”1”を創り出す立場である。
”0”から”1”を創り出すには、自分の本質である自分軸を見据える必要がある。
その為にも、コーチング・スキルは最適であり、これまで歩んできた道筋は、宿命的な道筋だったのではないかとスピリチュア的な考え思い浮かんだりする。
振り返り パート31へ続く。