振り返り パート29です。
前回の最後に書いた名前に関してではなく、もう少し前回の続きを。
小学校高学年から中学校を卒業するまで、一般的な平凡な家庭環境とは、程遠い環境で生活で生活をしていた。
むしろ、平凡な家庭とは、何だろうかと思ってしまう。
中学を卒業する頃には、母親も再婚したりして、いちおう、家庭環境は平穏なモノになっていた。
とはいえ、誰にも相談しないで、自分の事は自分で決めると子供心に誓った自分としては、変えることが出来ない自分軸が出来ていた。
この自分軸を創ったことで、自分の行動基準が潜在意識の中に埋め込まれた。
もちろん、本人は、まったく気づくはずもなく、そのままなんとなく生きて生きて、なんとなく生活をしている時には、その自分軸は、顔を出さず、潜在意識の中になりを潜めていた。
一番最初に、顔を出したのが、一回目の転職だったのではないかと思う。
それから、メーリングリストのオフ会に参加し、自分でオフ会を主催したりして、いろいろな人と巡り合う機会が増えるたびに、自分軸が顔を出してきた。
仕事の方でも、いろいろなことがあり、自分には譲れないモノがあり、その事に関して、上司と険悪な関係になり、転職などをしていた。
仕事上で、どうしても譲れないモノ。
仕事仲間の為に、いかに気持ちよく仕事をしてもらうか、段取りを組むこと。
そして、最大限サポートをする事。
この二つをやる為には、自分の休憩時間を削ってでもやっていた。
もちろん、やるだけの価値はあり、それによって、仕事の流れがスムーズになり、残業も減った。
ただ、上司には上司なりの考えがあったらしく、その考えを押し付けてきた。
押しつけるだけで、自分ではお手本は見せないのだが。
そんな上司の考えを無視し続けていたときに、一度だけ、上司に向かって怒鳴りそうになったことがあった。
怒鳴る一歩手前で、踏みとどまり、冷静に対応したが、この時に、この上司とは無理だなと実感した。
今考えてみると、こういう考え方の根底には、子供の頃に創った自分軸が関係しているということ。
話を両親との関係に戻して。
今では、母の日・父の日には、両親にプレゼントを贈っている。
これも、コーチングを勉強したからではないかと思う。
コーチングスクールでは、演習で自分と向き合うモノがいろいろとある。
そのおかげではないかと自分は思っている。
振り返り パート30へ続く。