昭和 | 20年以上の倉庫現場経験者が伝える仕事術

20年以上の倉庫現場経験者が伝える仕事術

20年以上の倉庫でフォークリフトを使っての仕事経験を活かした現場で培ってきた仕事術をお伝えします。

「ガイアの夜明け・“昭和レトロ”が人と街を救う 」を見て。(http://www.tv-tokyo.co.jp/gaia/backnumber/preview080805.html


駄菓子バーと言うおお店があるとは思わなかった。

お酒のつまみが、駄菓子とは。

もちろん、店内は、昭和のお店の雰囲気満載。

その他に昭和の時代を模したカラオケバーまであるとは。


昭和から平成に変わり、何が変わったかと言えば、生活スタイルが根本的に変わってしまった気がする。



サンライズエンターテイメント(http://sunrise-e.net/ )は、関東の五ヶ所に昭和レトロの施設を展開している。


なぜ、昭和レトロなのかと言う問いに対して、そこの久保会長は、


「自分の帰りたい故郷と言うのは、こういう人ごみとか、雑踏が僕にとっては故郷なので、僕にとっての故郷を自分の手で作りたいと言うのが最初の想いですね。」


と語っている。

さらに、


「今、お台場だとか、横浜に来ている昭和レトロに来ているお客さんと言うのは、映画やテレビとかそう言ったもので、昭和レトロブームとか言われていて、まぁ、それに触発されて、とりあえず、行ってみようとかと言う若人達が多いですよね。

小さいお子さんだとか、それから、本当にお年寄りの人がたくさん来ているかと言えば、まだまだ来てもらってないと思うし、ニュータウンだとか、住宅地の中に僕らが飛び込んでいくっていうのは、これから、必要な事かなと思ってますよね。」


と語っている。


確かに映画などで昭和に興味を持って、行動出来るのは、行動力があり、行動範囲が広い若い人たちに限られがちなってしまう。


幅広い年齢層に広げる為には、こちらから飛びこまなくてはならない事もある。

これは、どんな事にも言えるのではないかと思う。



高度成長期に作られた大型団地。

その団地も、時代とともに高齢化が進み、そばの商店街もシャッターが下りている店舗が増え、寂しさが漂っている。


団地に住んでいる人達は、食料のほとんどを生協により配達してもらい、商店街を利用しなくなったのも原因の一つ。


その商店街でお店を営んでいる人達も、


「売り上げも落ちましたよ。

前の三分の一ぐらい。

前は、働く若い人と二人も三人もいましたよ。

今は、一人もいないで、お母ちゃんとパートの人とやっている。」


「日本にこう、元気がなくなったと言うの。

そう言うのの縮図みたいな感じはありますよね。」


と語っている。


そんななか、商店街活性化のために動きだした久保会長は、


「僕がずっとやってきた、昭和レトロと言うもので、むしろ、古いものを持ってくる事で、子供の遊びとか笑顔とか、そういった部分で、この街が元気になるような気がしてきて、ここで、やってみようと言う気になったんですよね。」


と語っている。


商店街にもいろいろと言う感じがある。

以前書いた、次世代型ショッピングセンターへ頑張って、変化するところもあれば、現状を受け入れ、動こうとはしないところもある。


環境や状況の違いはあるにせよ、行動を起こさなければ、変化も起きない。

今回、久保会長の参入で動きが起き、変化のきっかけを掴む事が出来たが、もし、久保会長が参入しなければ、変化も起きずに寂れていくだけではなかったのではないかと思う。


商店街に作る昭和レトロの店舗のコンセプトは、お年寄りが主役になれる場所と言う事に決まり、その事を商店会・会長に話を持ちかけに行った。


そして、久保会長は、


「僕らは昭和レトロの事をやってますので、志木市の歴史なんかをですね、十分に生かしながら、お客さんも参加してもらえるような、スーパーとかデパートでは、なかなか出来ない、本当に我々、(地域に)密着している商売人だからこそ、出来る事ってたくさんあるかなと思いまして。」


と語り、

商店会・会長は、


「僕は、やっぱり、望んではいるんじゃないかと思うんですよ。

住民も、そう言う事を。

望んでいると思うんだけど、一歩出るのがめんどくさいと言う一つのね、あるから、商店街が、上手く引っ張っていくものを作れれば一番いいと思う。」


と久保氏の話に賛同した。


完成した店舗は、鉄板焼の飲食コーナーがあったり、駄菓子コーナーがあったりと子供から大人まで世代を超えて楽しめる作りになった。

お店の外では、ベーゴマを行ったりして、世代を超えた交流をしている。


地域住民の為の商売は、やはり、地域に密着した商売人で行わなくては、本当のコミュニティは根付かないと思う。

それをめんどくさいの一言で片づけてしまっては、何も生み出す事は出来ないのではないかと思う。

上手に引っ張っていく誰は、一生現れない可能性だってあるのだから、一人で動く事に自信がないのなら、全体を巻き込んで、全体の課題として投げかける事も必要ではないかと思う。

もし、それでも、動かないのであれば、それは、その人達が選択肢した道なのだから。


世代間を超えたコミュニティに関して久保氏は、


「こう言う場所を提供していく事によって、むしろ、初めて世代間のコミュニティが出来てくる。

コミュニティの優しさとか世代間の優しさとか、そんな優しさが昭和には詰まっていると思うので。

今、欠けているもの。

ニーズって、まさにそこじゃないかという気がします。」


と語っている。


昭和は、柔らかい時代とも言えないだろうか。

地域ごとに小さいコミュニティが存在し、それぞれで受け入れる器と柔らかさがあったからこそ、気心のしれたご近所付き合いも出来たのではないかと思う。


今の時代は、ご近所付き合いする事すら、怖さを感じてしまうのではないかと思う。

硬いと言うか、受け入れ難い状態を作り出しているのではないかと思う。



認知症の治療にも、昭和レトロが使われている。


ある病院で70歳を超える高齢者30人に懐かしい思い出に対しアンケートをとったところ、女性は、お手玉やオハジキと言った子供時代に遊んだものを思い出に上げた人が9割を超え、男性は、飲み屋街の屋台や赤ちょうちんなど、バリバリ仕事をしていた時代が懐かしいと8割もいた。


それぞそが強烈に懐かしいと感じるモノを使って、認知症の治療に役立てようと言う取り組みが行われだした。


番組内で紹介されている千葉市の総泉病院内には、昭和20~30年代の街並みが再現されている。

中に置かれているのは、懐かしいおもちゃや本、それに生活用具などが置かれている。


医学博士・黒田さんは、


「自分で手に取って見る事で、脳の中のどこかにしまわれていた記憶が、やはり、物を触ったりする事によって、昔の記憶が引き出される。」


と語っている。


この治療法は、回想療法と言い、自分の人生の体験を回想させる事で、記憶の活性化を促す療法。


脳に入ってきた情報は、脳のロッカーとも言える海馬に一時蓄えられ、その後、脳のそれぞれの場所に記憶として残る。

ただ、認知症になると海馬が委縮し、情報を記憶として留める事が困難になり、脳の活力も低下してしまい、記憶を引き出しにくくなる。

そこで、回想療法は、懐かしい思い出に触れる事で、脳が刺激を受け、古い記憶が呼び起こされ、認知症に効果があるとして注目されている。


高野先生は、病院内に昭和の街並みを作り、常に昔懐かしい思い出に触れさせる事で、さらに脳の活性化を促そうと言うもので、この療法は思い出療法と名前を付け、学会にも発表している。


そして、この療法に関して、


「快適な事は記憶に繋がっていくと。

そういう昔の事をきっかけにしてですね。馴染みの関係を強力に作っていく。

ですから、思い出と言う事を介して、すべてポジティブに持っていこうと言うのがこの方式と思っております。」


と語っている。



また、愛知県・北名古屋市にある明治時代に建てられた民家を市が買い取り、認知症の予防に利用してる。



認知療法に、昭和レトロが使われているとは思いもよらなかった。

懐かしさは、脳内の思い出に刺激を与える事になるから、シナプスにも刺激を与える事になるのだろ。