ドラマ 「働きマン」の最終話の最後の松方のセリフ。
「がむしゃらに働く事は、格好悪い時代なのかもしれない。働きマンになる事は悲しい事なのかもしれない。」
格好悪い、悲しいとは、誰が決めるのだろうか?
時代の流れが決めるのでもなく、周りの人達が決めるわけでもない。
そう感じるのは、そう考えるのは、誰でもない自分自身。
周りの事を気にして、流行りを気にして、自分を偽っている人が多いのではないかと思う。
チームワーク・仲間意識も重要だが、慣れ親しんだ同レベルの仲間同士のぬるま湯に浸かる事で、自分磨きから目を逸らしているのではないかと思う。
自分磨きをする事は、自分に対して厳しさを持たなくてはならない。
切磋琢磨して、お互いを磨き合う仲間なら別だが、同レベルの仲間と変化のない時間を過ごすと言う事は、その厳しさから逃げているにだけにだと思う。
戦後のドン底から、現在の日本を築き上げたのは、その厳しさから逃げなかった働きマン達がいたからだと思う。
戦後は、生きていく為には、どうするべきか常に考え、思考錯誤の繰り返しだったはずだが、今の時代、賃金・待遇・職種などを選らばなければ生きてはいけるはず。
戦後の働きマンは、別の見方をするとハングリー精神を持った働きマン達だと思う。
それが、時代の流れに伴って、働きマンとして必要なスキルも変化してきたのだと思う。
昔と現在と明らかに違うのは、製品の生産に頼る働きマンは、海外の労働賃金が安い国々で必要にされているだろう。
今の日本に必要とされているのは、、ナレッジワーカーとしての働きマンだと思う。
とは言え、今までの仕事の流れから抜け出せない人達は、考え方を変える事はなかなか出来ない。
反対に、考え方を柔軟に変え、時代に対応し、行動に移していった人達が、俗に言う勝ち組の人達ではないかと思う。
格差社会と言われだして久しいが、その社会を作ったのは誰なのだろうか?
今の勝ち組と言われる人達は、普通に仕事をしていて勝ち組になったわけではないと思う。
自分のやりたい事、やるべき事を明確にして、その為には何をすべきか。
今の時代のツールをいかに使いこなすか、思考錯誤をし結果がその地位を生んだのだと思う。
政府に、格差社会をどうにしかして欲しいと頼るのではなく、頼ると言う事は、保護をしてもらっているのと同じだと思う。
それでは、いつまでたっても前時代のビジネスモデルからの脱皮は出来ないと思う。
1人で出来ないのであれば、同じ思いの仲間を見つけ、集めればいい。
ナポレオン・ヒル氏の本には、マスター・マインドと言う言葉が出てくる。
一人の知識・行動には限界がある。
その為、自分では補えない専門知識を持った仲間を加える事が必要になる。
今の時代、信頼出来る広い人脈と深い専門知識を持った仲間を得る事が重要な事だと思う。
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